第6話 行ってきます。~行ってきます!~

あの日から、また数日が過ぎた。

あの日、おじいさんから受け取った言付をトヨさんに渡す時、トヨさんにからは、何も言われなかった・・・。


いつもの巫女の仕事をこなす・・

境内の掃除

猫の世話

社務所での販売


ふわふわと地をかみ締める感触がなくて、まるで朧雲になって流されているみたいだ・・・



「・・・・・・ねぇ・・ねぇ!ってば!これ!欲しいんですけど!?ちゃんと起きて仕事してよ!巫女さん!」



「・・・笑里・・ちゃん・どうし・・て?」


おじいさんの話を聞いてからずっと、会いたかった笑里ちゃんがいた。

今日は、白いブラウスにチェックのスカート。ブラウスには、柔らかそうなフリルの襟がついていて、学校に行く恰好には見えなかった。


「どうして?お客なんだけど!もう!巫女さんっていつも仕事してないのね!そんなんで生きていけるの?ほら!これちょーだい!今日は、ちゃんとマジックのインク切れてないでしょうね!」


差し出したされたお金と絵馬とマジックペンを交換する。

笑里は、いつもどおりだった・・・


「今日は、大丈夫だよ・・笑里ちゃんに言われて全部調べたから。」


いつもどおりは、何をすれば「いつも」に当てはまるのだろう・・・

きっと、「いつもどおり」を装えていない顔で返答する・・・


「・・・・ふーん。」


それ以上の言葉は、なかった・・・。

笑里ちゃんには、少し高い机で、強く握ったペンで、願を書く・・・

それは、初めて会った時と同じでそれを見ている自分も同じなはずなのに・・・

どうして、喉がつかえるのだろうか・・・

どうして、目が熱くなるのだろうか・・・


「・・・・!・・はい!これ一番目立つところに掛けて!」


笑里ちゃんは、自分の顔を見て少し驚いたようにも見えた・・・。

絵馬には


「女優になる!」


そう、書かれていた。


つい、絵馬と笑里ちゃんの顔を見比べしまう。

心を決めたの?

おじいさんの事はいいの?

この町に居たいって言っていたのにどうして?


疑問符が目の前に流れてくる。


「・・・なによ・・あたしには・・できないって言いたいの?というか、なんでそんなブスな顔してんの?」


斜め下から覗き込む顔は、少し不満げで恥ずかしそうに見えた。


「ごめん・・。ごめんね。」

自分が泣いている事に気がつき、袖で顔を覆う。

「違うよ・・笑里ちゃんは、きっと女優さんになれるよ・・ただ、・・あの・・」

言葉が澱む・・。

聞きたいけど、聞いていい内容ではない気がして、聞いた処で自分には何もできない。


「話したわ!全部!おじいちゃんの病室にお母さんとマネージャーに来て貰って話したの。そしたら、怒られた・・・。おじいちゃんに・・・初めて、怒られたの・・怖かった・・なんで怒られたのかよくわかんなくて泣いちゃったの・・・そしたら、おじいちゃんが謝ってきたの・・。」


笑里ちゃんの目は、遠くを映している・・

話した時の事を思い出しているように・・・。

それでも、嬉しそうに見えるのは、きっと自分が嬉しいと感じているからなのかもしれない。


「おじいちゃんは、おじいちゃんがここに居るからあたしが東京に行かないって・・それを夢を諦める理由にして欲しくないって・・そうだよね・・・諦めていた訳じゃないの・・・本当は自信がなかったのかな?でも、おじいちゃんの傍を離れたくないよ・・・怒られて気が付いたの・・・諦めたくないって・・お母さん達も応援するって・・・おじいちゃんにはいつでも会いにいっていいって・・・」

始めは、小さかった笑里ちゃんの声は、走り出すみたいにだんだん大きく、強く、揺るがない声になってく・・。


「だから、行くわ!東京!行って、日本一の女優になっておじいちゃんに会いに来るの!その時は、今より身長も大きくなってるからあたしが、車椅子を押して散歩する!それでね、いつか案内する!おじいちゃんが気に入るような東京の街を!その時は、衣天も案内してあげるわ!だから、この絵馬、この町の人が見えるように、一番目立つ処にずっと飾っておいて!」


笑里ちゃんが書いた絵馬からは、笑里ちゃんの決意が見えた気がした。

「分かった・・。目立つ処に飾っとくね・・。」



「行ってくるわ!今から!」


「え・・今から・・東京に?」

神社に響く様な大きな声が木霊する。

突然の決意に驚きで、絵馬を持つ指から温度が逃げていく。

笑里ちゃんの大きな眼からは、初めてあった時よりも、ずっとずっと輝きが増していた。


「今から、オーディションを受けてくる!前から、オファーがあったドラマの役なんだけども、オーディションで勝ち取りたいの!もし、役をゲット出来たら誇れると思うの・・。この町にいた事も、おじいちゃんの孫である事も・・・。」


「勝ち取れるよ・・・きっと・・笑里ちゃんなら・・。」


「もちろんよ!依天!ありがとう!」


泣いていた笑里ちゃんは、もういない・・・。

叫ぶ声も震える小さな手も・・・。

濡れる大きな眼も・・・

もう自分の前には居ない・・・



朱色の少し古びた鳥居から見える笑里ちゃんの走る背中がとても大きく見えた。


「行ってきます!」


車道に止まっているワゴン車に乗り込む笑里ちゃんが大きな声で叫ぶ。

笑里ちゃんの声に応える様に爽やかな風が神社を駆け抜けていった・・・。

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