第320話 小さな綻び

「……真奈美」


 昼休みになって、俺はようやく真奈美に落ち着いて話しかけることができた。


「ん? どうしたの?」


 真奈美は特に何事もなかったかのように、俺にそう聞いてくる。


「……今日、遅刻してたよな?」


「え? あー……あはは……。うん。ちょっと、寝坊しちゃって、ね。ごめんね。迎えにいけなくて」


 ……寝坊。


 真奈美がそう言っているのだから、その通りなのだろう。俺はそれ以上のことを聞くことはできない。


 だけど、どうしてだろう……なんで、寝坊したのか? そう聞いてしまいたい。


「……そうか。なんか……寝不足なのか?」


「え? あ、あはは……。うん。ちょっと、色々してたら、寝るのが遅くなっちゃったんだよね」


「……色々、ってなんだ?」


 俺は思わず聞いてしまった。聞いてからしまった、と思った。真奈美は意外そうな顔をしている。


 しばらくの沈黙の後、真奈美は苦笑いしながら回答する。


「色々は、色々だよ。特に話すこともないくらいのこと。気になる?」


「……いや、別に」


「フフッ。大丈夫。明日は迎えにいくから。あっ。もしかして、この前のこと、怒ってる?」


「……この前のこと?」


「うん。先に帰っちゃったこと」


「……いや、それは別に」


「そっか。ごめんね。ホントに」


 真奈美は軽くそう謝った。俺はまたしても、用事ってなんだったんだ? と聞いてしまいたくなるのを抑える。


「今日は大丈夫だから。一緒に――」


「……悪い。今日は俺のほうが用事あるから、先に帰っていてくれないか?」


 俺は思わずそう言ってしまった。自分でもなんでそんなことを言ってしまったのかわからなかった。


 真奈美は暫くの間、驚いたような顔をしていたが、すぐに元の様子に戻る。


「うん。わかった。じゃあ、しょうがないね」


 真奈美はあっさり引き下がってしまった。どうしてだ? 真奈美は……気にならないのか? 俺がどんな用事があるのか?


 もしかして、真奈美は……俺にあんまり興味がないのだろうか? どうでもいいってことなのだろうか?


 俺の中で生じた小さな綻びは、意味がわからない速さでどんどん大きくなっていく。


「……悪い」


「フフッ。別に謝ることないって。明日はさ、迎えにいくからね」


 そして、俺は自分の席に戻る。ちらりと俺は助けを求めるように……外川の方を見てしまった。


 外川は嬉しそうに俺のことを見ていた。なぜか、俺はその外川の顔を見ていると……安心してしまったのだった。

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