第291話 たった一人の話し相手
大浴場から出て、俺は少し休憩場で休んでいた。
普通は大浴場から出た後はすぐにそれぞれの部屋に戻るものなのだろうが……俺としては部屋に戻っても別に話す相手もいない。昼間の行動グループと違って、宿泊のときの部屋は完全に適当に割り振られていたからだ。
「……まぁ、あとは寝るだけだし」
……しかし、考えてみると、俺には前野と端井……ついでに外川くらいしか話す相手がいないわけか。
まぁ……前野と関わる前は、誰とも話すこともなかったし、多少はマシになったと想うべきか。
「後田君」
と、そんなことを考えていると、前野の声が聞こえてきた。俺はそちらに顔を向ける。
見ると、浴衣姿の前野が立っていた。前野も風呂から出てきたばかりのようで、白い肌が全体的にピンク色になっていた。
「……お前も風呂入ってたのか」
「うん。大きいお風呂だったね」
そう言って、前野は自然な感じで、俺が座っている休憩場の椅子の隣の椅子に腰掛ける。
「……部屋、戻らないのか?」
「うん。別に戻っても話す相手もいないし」
前野のその言葉を聞いて俺は思わずフッと笑ってしまった。
「え……寂しいヤツだなって、思った?」
「……いや、違う。似た者同士だな、って」
俺がそう言うと前野も納得したようだった。そして、嬉しそうに微笑む。
「いいよ。私、後田君と似ているなら、嬉しい」
温泉から出てきてまだ温かい体がさらに温かく……それどころか、暑くなるような言葉だった。
「……お前、その……言葉の破壊力が一々高いんだよ……」
「そうかな? 別に変なことを言っているつもりはないんだけど」
そんなやり取りをしていると……正直、前野だけが話し相手のこの状況も悪くはないと思えてしまうのだった。
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