第290話 湯船にて
俺と前野はなんとかギリギリ遅刻しない時間に、ホテルに辿り着いた。
夕食が終わり、宿屋の温泉に入りながら、ふと、先程あったことを思い出す。
……俺と前野はさっき、互いに告白したんだよな。
いや、俺も間違いなく、明確に、前野に好きだと言ったのだ。
思い返してみると……結構、すごいことを普通にやってしまったのだな。
最初の席替えから考えてみると……ちょっと想像できない。
前野に対して俺が好きだ、なんて言うなんて……ちょっと前の俺が聞いたら絶対信じないだろう。
「おい」
と、横から誰かに声をかけられた。聞き覚えのある声だった。
俺は声のした方に顔を向ける。
「……中原」
そこには中原がいた。ずいぶんと久しぶりに会った気がする。いや、実際、久しぶりなのだけれど。
「お前……今日、ギリギリにホテルに帰ってきただろ。前野と一緒に」
「……なんで知っているんだ?」
「たまたま、お前と前野のことを見たんだよ」
……どうしよう。中原はどういうつもりで俺に話しかけてきたのだろう。それに横山とのことはあれからどうなったんだろうか……。
「……お前、前野と付き合ってんのか?」
「え……」
俺はいきなりそんなことを聞かれて、戸惑ってしまったが、それから少し間を置いてから、ゆっくりと首を縦に振った。
「……まぁ、今日、ついさっき、付き合うっていうか……お互いが好きってことを確認したんだけど……」
中原は少し驚いているように見えたが、なぜかフッと小さく微笑んだ。
「……そうか。まぁ、そうだよな……」
「……その、中原は……横山とは……」
「……まだ、付き合っていない」
まだ、という部分が強調されているように聞こえたのは、聞き間違いではないだろう。
「……そうか」
「まぁ……なんだ。お前には世話になった部分もあるし……がんばれよ」
それだけ言って、中原は俺から離れていった。
頑張れ、と言われても……何をどのように頑張ればいいのだろう。
「……そもそも、付き合うって……どんな感じなんだろう」
湯船に浸かりながら、俺はそんなことを悩んでしまっていたのだった。
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