第217話 信用

 その時、自然と身体が動いていた。


 いつのまにか、俺は前野の前に立っていた。そして、すぐ顔面の直前には、中原の拳が迫っていた。


「な……なんだよ、お前……」


 中原が寸前で拳を止めてくれたため、俺の顔面にストレートは入らなかった。


「……いや、普通に……殴るのはダメだろ」


 俺は内心かなりビビっていたが、なんとかそう言った。俺がそう言うと中原は落ち着きを取り戻したのか、拳を下げる。


「真治!」


 と、今度は横山の叫び声が聞こえた。中原が振り返ると同時に、パシンという乾いた音が響く。


 見ると……横山が中原の頬を思いっきり叩いていた。


「最低!」


 そう言うと、横山はそのまま教室を飛び出していってしまった。


「え……お、おい!」


 中原も慌ててその後を追う。残された俺と前野は……少なくとも俺は完全に呆然としてしまっていた。


「後田君」


 と、前野に声をかけられて俺は我に帰る。


「……あ、あぁ。なんだ?」


「ありがとう。カッコよかったよ」


 そう言って前野は俺に嬉しそうに微笑んでいた。


「……いや、お前……なんであんな煽るようなことを言ったんだよ……」


 思い返してみればどう考えても前野が煽ったから中原もつい手が出そうになってしまったのだ。


「だって、見ててイライラするから」


 と、前野は不機嫌そうにそう言う。


「……は? イライラする?」


「自分の好きな人のことを信用できないなんて、見ていていて情けないと思わない?」


「……それは、そうかもしれないけど……」


「私は違うから」


 なぜかそう強く言い放ったあとで、前野はなぜか俺のことを見る。


「私は、私の好きな人のこと、信用しているから」


 それだけ言うと、前野は俺に背を向け、教室を出ていってしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 と、それから程なくして教室に入ってきたのは――


「……端井」


 珍しく血相を変えて端井が教室に飛び込んできたのだった。

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