第204話 牽制

 そして、前野が俺に弁当を作ってくれた次の日。


「あ、後田さん!」


 昼休みに、前野がいなくなったことを見計らったように、端井が切羽詰まった様子で俺に話しかけてきた。


「……な、なんだ? 急に」


「そ、その……こ、これ……」


 そう言って端井が取り出してきたのは……小さな弁当箱だった。


「……え? あ、あぁ……昨日言ってた……」


 端井は真剣な表情で俺のことを見ている。端井は弁当箱を開けてほしそうに俺のことを見ている。


 ゆっくりと弁当箱を開ける。その中には……不揃いな形のおにぎりが3つ入っていた。


「……これ、俺のために?」


 俺がそう訊ねると、端井は小さく、恥ずかしそうに頷いた。


 ……2日続けて女の子から弁当を作ってきてもらえるというのは、なんだか、一生の中で使える運をかなり使い果たしてしまっているようにも思える。


 俺はゆっくりとおにぎりを一つ手に取り、口の中に入れる。


「……梅干しだ」


「え……梅干し、嫌いでしたか?」


 端井は不安そうな顔で俺のことを見る。


「……いや、嫌いじゃないけど」


「そ、そうでしたか……味、どうですか?」


 形はかなり不格好だったが……美味しかった。


「……うん。美味しいよ」


 俺がそう言うと端井は安心したように微笑んだ。端井のそんな表情は俺は始めてみた。


「あれ? 後田君、そのおにぎりは?」


 と、いきなり背後から前野の声が聞こえてきた。端井がギョッとしてその場で飛び上がる。


「……あ、いや、これは……」


 前野は何も言わずに俺と端井のことを見る。それから、急に弁当箱のおにぎりを一つ手に取り、口にした。


「うん。美味しいね。ねぇ、後田君」


「……え? な、なんだよ?」


「これと、私のお弁当、どっちが美味しかった?」


 前野はニッコリと微笑んでいるが、俺にはっきりと回答しろという暗黙の言葉が聞こえる。


 俺は端井のことを一瞥する。端井は申し訳無さそうに顔を背けていた。


「……両方。同じくらい」


 俺がそういうと、前野はしばらく俺のことを見たあとで、フッと不敵に微笑む。


「後田君、優しいよね。そういうところ、好きだよ」


 そう言って前野は振り返らずに前に座った。


 端井はただ、申し訳無さそうに残り一つのおにぎりが残ったお弁当をゆっくりと回収した。


「ねぇ」


 と、不意に前野がこちらに振り返ってきた。


「……な、なんだよ」


「やっぱり、毎日作ってあげようか?」


 そう言う前野のその目は本気にしか見えなくて……俺は苦笑いするしかなかったのであった。

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