第200話 君のために

 その日はまるで授業が頭に入ってこなかった。そもそも、授業なんて普段もあまり聞いていないのだが。


 とにかく、頭の中は本当に前野が俺のために弁当を作ってきてくれているということで一杯だった。


 前野は普通の様子だったが……俺は俺がここまで落ち着かなくなるとは思ってもみなかった。


 何か違うことを考えようと思って、俺はちらりと隣の席を見る。


 端井は……相変わらず何かに落ち込んでいるようだった。何に落ち込んでいるのかはまるでわからないが……とにかく、かなりの落ち込みようだった。


 俺に余裕があれば、話を聞いてあげるところだが……俺としても、前野の弁当のことで頭が一杯で、そんな余裕はなかった。


 そして、授業が終わり……昼休みのチャイムが鳴った。


 多くのクラスメイトがそれと同時に、教室を飛び出していく。俺はゆっくりと前野の方を見る。


「はい」


 と、前野も同時に俺の方に振り返ってきた。そして、俺の机の上に布に包まれた箱状の物を置く。


「……こ、これって……」


「うん。お弁当。後田君のために作ってきたよ」


 ニッコリと笑顔でそういう前野。俺は思わず完全にときめいてしまいそうになるのをなんとかこらえ……俺は布を解いていく。


 中からはピンク色の可愛らしい二段重ねの弁当箱が出てきた。


「あはは……ごめん。ピンク色しかなかったんだ」


 ……正直、色なんてどうでもよかった。俺はそのまま弁当の蓋を慎重に開いた。


「……すごい」


 思わず声が漏れてしまった。俺は両親が家を留守にしがちなので、弁当なんてのは小学校の運動会以来だった。


 しかし、その弁当は完璧だった。俺の想像通りに、おかずや野菜が詰まっている……理想の弁当だったのだ。


「すごい、って……なんか、恥ずかしいな」


 前野は珍しく恥ずかしそうにしている。


「……前野、その……本当に、ありがとう」


 俺はそう感謝してから、箸を持ち、おかずを口にする。


 ……味も普通に美味かった。前野は本当に俺のために準備をしてくれたのだ。


「あはは……そこまで喜んでもらえると、苦労した甲斐があるよ」


 そう言って、恥ずかしそうに頬に手を当てる前野に指は……絆創膏だらけなのであった。

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