第195話 視線

 端井が勝手に去っていってしまってから、少し経って、俺も教室に戻った。


「あ。後田君」


 と、席に座ると前野が俺に話しかけてきた。


「どこに行ってたの?」


「……いや、食堂に」


「一人で?」


 俺はそう聞かれて思わず端井の方をちらりと見る。端井が……見ている。ジッと俺のことを視線だけは確実に感じるのだ。


「……あ、あぁ。一人で」


 俺がそう言うと端井は満足したように俺から視線を反らした。


「へぇ。一人で」


 不思議そうにそういう前野。いや、別に俺はそもそも、一人で食堂によく行っていたのだ。おかしな話ではない。


「ねぇ、前した話、覚えている?」


「……どの話だ?」


「お弁当、作ってあげるって話」


 ……まるで狙ったかのように、前野がその話をしてきた。またしても端井の視線を強く感じる。


「……確かに、そんなこと言ってたな」


「でしょ? あれから、なんかなぁなぁになっちゃってたから、明日、ホントに作ってくるよ」


「……え? あ、明日?」


「うん。いいでしょ?」


 前野は嬉しそうに俺に微笑んでくる。お弁当を作ってきてくれるというのはとても嬉しいのだが……。


 先程から俺はずっと隣から、強い視線を感じる。


「……そうか。でも、大変じゃないか?」


「別に大丈夫。後田君に食べてもらいたいしね」


 そう言って前野は俺に背中を向けた。俺に食べてもらいたいって……直球で嬉しい言葉だった。


 しかし、俺は……どうしても隣の端井の表情を見ることはできないのであった。

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