第185話 金魚掬い

「へぇ、結構盛り上がっているね」


 隣の前野が楽しそうに周囲を見ている。


 ……ずるい。ズルいだろう。いつも前野はスカした感じで俺の前の席に座っているのに……どうして、今日は普通の女の子っぽいのだろう。


 これでは俺も調子が狂ってしまう。


「後田君は、この夏祭りって、結構来てた?」


「……いや、子供の頃以来、来てなかった」


「へぇ。じゃあ、私と同じだね。もしかしたら、子供の頃、会ってたかもね」


 ……まるで前野の言葉が頭の中に入ってこない。


 いや、頭では理解できているのだが……なんというか、あまりにも特異な状況に理解が追いついていないような気がする。


「せっかくだし、何かで遊んでいく?」


「……まぁ、別になんでもいいけど」


 すると、前野は少し先にあった出店にかけていく。


「やっぱり夏祭りだったら、ここだよね?」


 そう言って前野が選んだのは……金魚掬いだった。まぁ、たしかにそれはそうかもしれないが。


「……お前、金魚とか、飼えるのか?」


「うん。家に小さいけど水槽はあるよ」


 ……最初から飼うつもりもないのにやるなら反対しようと思ったが、そういうことなら、やってみることにする。


 出店の人に頼み、ポイを2つ分買った。


 俺と前野は隣り合って金魚を掬おうとしている。本来なら金魚に集中しなければならないのだが……どうしても隣の前野のことばかり見てしまっていた。


「あ……ダメだった」


 苦笑いしながら前野はそう言って破けたポイを見せる。


「……下手だな」


「あはは……後田君に期待するよ」


 そう言われると、流石に一匹も取れないというのはなんとも情けない。俺は確実に取れそうな金魚を探す。


 と、端っこの方に小さな金魚が泳いでいるのを確認する。俺はゆっくりと注意深くポイを水に浸し、慎重に小さい金魚を掬い上げ、自分の椀の中に入れた。


「おー、やるね、後田君」


 前野に褒められて今度はもっと大きい金魚を掬おうとしてしまったのが運の尽きで、結局俺と前野が掬えたのはその小さな金魚一匹だけだった。

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