第124話 泳ぎ

「……泳げない?」


 昼休み、廊下の隅で横山の口からでてきたのはそんな言葉だった。


「あ、あんまり大きな声で言わないでよ……恥ずかしいじゃん」


「……お前、なんで泳げないのに無人島とか行こうって言い出したんだよ」


「だ、だって!」


 子供のように頬をふくらませる横山。まぁ……別に無人島に行ったからって遠泳するわけじゃないし、泳げなくても良いとは思うが。


「……で、それが相談なのか?」


「だ、だから! 泳げるようになりたいわけ!」


「……そうか。まぁ……頑張ってくれ」


「そ、そういうことじゃなくて!」


 横山は歯がゆそうに俺のことを見ている。なんとなくだが……横山の言ってほしいことがわかるような気がした。


「……つまり、教えてほしいと?」


 俺がそう言うと横山は恥ずかしそうにしながらもゆっくりと頷く。


「……別に俺、水泳部とかじゃないぞ」


「最低限……泳げるようになればいいから」


 俺は正直どうしようかと思ったが、前野が伏し目がちに俺のことを見てくる。


「……ダメ?」


 ……捨てられた子犬のような目で見られてしまっては、さすがに断れなかった。


「……わかったよ」


 俺がそう言うと横山は嬉しそうに微笑む。


 ただ……またしても面倒なことになってしまったと思うのであった。

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