パトラッシュ・激辛・誘拐

 揺れる車の中は車のエンジン音だけが響く、緊張と静寂に包まれていた。

「おい。だれがこのミスをカバーするんだ。いい加減案をだせよ」

 グループのリーダーらしき人が静かだがよく通る声で静寂を破る。

 8人乗りのその商用車には4人の男と私一人が乗っている。商用車の割には工具や機材などは一切おいていなく、殺風景な車内だと思う。もしかしたらレンタカーなのかもしれない。まあ、足が付かないようにしたいだろうからある意味当然なのかもしれない。

「だれだよ、辛いものが好きだって情報手に入れてきたやつ。激辛カレー食べてるからそいつがターゲットだって言ったやつだれだって聞いてんだよっ!」

 誰からも返事がなく、ミスを部下に押し付けようとしているそのリーダーに対して皆の視線は下を向き、だれも発言しようとしない。もしからしたらリーダーが言い出したのではと思わないでもない。バイト先の店長がミスを隠そうとするときの態度にそっくりだから、そう思っただけだ。そうだとしたら部下の3人がかわいそうでならない。

「お前も紛らわしく激辛カレー食べてんじゃねぇぞ!」

 まさかだ。こちらに飛び火するなんて思わないじゃないか。そんな怖い顔をして怒鳴られたら黙るしかない。いや、まあ猿ぐつわをされているので、そもそもしゃべれないのだけど、しおらしく視線を下げておけばいいかと、視線を逸らす。

「なあ……だれかなんとか言ったらどうなんだよ!あぁっ!?」

 今にもどこかを蹴ってしまいそうな剣幕だ。だれかなんとかして。私にはどうしようもできない。とほかの3人にすがろうと視線でヘルプを送ろうとするが、だれ一人として視線は下以外を見ない。いや、運転している人だけは前を見ているけれど、こちらに視線が来るはずもなく。

「パトラッシュみたいにしてやろうか!?」

 蹴った。ついにだれもなにも言わないから車の助手席を蹴ってしまった。全員の身体がびくっと跳ねる。しかし、脅し文句の内容の意味が分からなくて、こらえなくてはならないはずの笑いがこみ上げてくる。しかし声が出るわけではないので、フゴフゴとすることしかできないのだ。それでもリーダーの注意を引くのには十分なくらい静寂には包まれていた。やばいと思ったけれど、もう遅い。

「だいたいてめぇがどこの誰なんだよ!てめぇの親に身代金を要求するぞ!」

 いや、そんなお金どこにもないし。とは言えず、だからと言ってほかに払える対価もなく。身体か?体で払うしかないのか?と少し恐怖を抱き始めてる。

 しかし永遠に怒り続けているこのリーダーをだれか止めてくれと切に願う。ふと、車がどこかの敷地内に入っていく。目的地に着いたのだろうか。

「着きましたよ」

 運転していた人がそうって車を駐車する。

「着いたってどこにだよ。目的地なんてないだろうか」

 そんなことがある?いや、私を……いや本来は違う人を拘束している間に身代金の請求だけすればいいだけだから、それでいいのか?

「いや、もう嫌気がさしたんで抜けさせてもらいます。じゃっ、おつかれです」

 そう吐き捨てる様にいって、運転手が去っていった。

「ちょっ!勝手なこというなよっ!っていうかここどこ……だよ……」

 なにかを察したリーダーは尻すぼみに大人しくなっていく。運転手が入口に立っている警官に話しかけているのが遠目で確認できた。警官が無線で仲間を呼んでいるのも見える。運転手はこちらを一瞥すると逃げる様にその場から立ち去る。

「おい。逃げるぞ」

 リーダーはもう私の事なんて興味がないように車から飛び出していった。部下は誰もそれに続かない。

 鬼ごっこが始まるのを大人がマジで鬼ごっこしてるのシュールだなと、ぼんやりと眺めていた。

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