江戸川乱歩・ピーターパン・高床式倉庫

 家の倉庫は少し変わったつくりをしてる。それに気が付いたのは小学校の社会の授業を受けているときだったのを今でも覚えている。

 高床式倉庫。そう呼ばれる、地面に床が付かず、ネズミや湿気から守るための人類の知恵。それが家にある倉庫だと写真を見てクラス中に言いふらしたのがきっかけだった。その日はだれも信じてくれず、いつか家に招き入れることを決心したのも同じ日だった。

 倉庫は書庫だ。ぎっしりと本が詰め込まれていて、その空間はいつ入っても異世界に飛ばされたような不思議な空間だった。その空間にいることが特別な時間にだったのは言うまでもなく、その空間が他の人からすれば貴重で、その中で過ごせるなんておこがましいと思ってしまうほどに希少なものだとは知る由もない。

 クラスメイトの誤解はすぐに解けたが、それにあこがれを持つような小学生はいなく、本当だったという話だけがクラスに広まった結果。高床式住居に住んでいるという話にすり替わった。

 書庫の中で最初に夢中になったのは江戸川乱歩だった。少年探偵団にあこがれて、いつでも事件が起きても解決できるようにと普段から鍛錬を続けていたが、ついに事件は身の回りで起きることはなかった。事件が身の回りで起きなかったことが良かったのか、せっかく身に付けた探偵力が発揮されなかったことが悪かったことなのかは今となっても分からない。幸いなことに事件の死神にはなれなかったようだ。

 それでも、書庫にある本は読み続けたし、夢中になって食事すら忘れることも多かった。

 次第に大きくなって外の世界に物語を求める様になっても、本を読むのは書庫と決まっていた。親の承諾を得て、自らが買い集めた棚をもらったりもした。その棚に自分のお気に入りの本を入れていくのが本当に楽しみな時間だった。

 しかし、そのことばかりに夢中になっていきいつしか、自分の異変に気付いた両親に病院へと連れていかれた。そこで自分に病名が付いた。

『ピーターパン症候群』

 正式な病名ではなかったがその兆候が強いと言われた。

 確かに大人になんてなりたくなかった。

 ずっと書庫にこもって本を読んでいたかった。

 棚に本を入れ続けていたかった。

 だから……。

 だから、書庫に火をつけた。

 書庫と一緒に、子供のまま。

 ピーターパンの様になれるならと。

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