義手・犯罪組織・ガーリックカルボナーラ
慣れない左手で食べるとこにも慣れてきたような気がする。毎日の食事のことだ、嫌でも慣れていく。最初はフォークやスプーンを使っていたがいつまでもそれでは食事に時間がかかりすぎるし、進歩がないなと思い直し箸に持ち替えてから随分と経つ。徐々に上達していくそれは何かを出来るようになる喜びを久しぶりに感じさせてくれるものだったりする。この年齢になって、この程度の成長を楽しめるなんて思ってもいなかった。
ないはずの右腕がしくしくと痛む。ゆっくりと力を加えていき、作られた右腕をテーブルの上に乗せると少しだけ感傷に浸る。
この腕がなくなったのは自分の責任だと今でも思っている。部下には今でもあのときのミスを謝罪する文が毎日のように送られてくる。彼らも闇を抱えてしまっているのだろう。それで少しは心が落ち着くのであればそれでいいなとは思う。しかし、その闇を背負わせてしまった責任はいつまでたっても償えそうにはなかった。
この腕でもとのように仕事がこなせれば彼らも救われるのだろうが、、そうなことはできそうにない。これまで努力をしなかったわけではないが、到底あのハードな日常に戻ることはできない。それは自分自身が一番よくわかっていた。
彼らの心を軽くしてやることすらできないそれだけは申し訳にないと常々思っている。
犯罪組織に立ち向かう正義の集団。警察ではない。民間でのヒーロー気取りの集団だ。正義感だけが強くて喧嘩っ早い奴らが集まっている奇妙な集団だ。そこで長年皆をまとめてきた身としては現場で指揮を取るくらいのことはできると申し出たが、会社はそれを受け入れてはくれなかった。それどころか退職祝と言われ、まとまった金まで用意され、こうやって住む場所まで提供されている。
そこでぬくぬく生活している自分も自分なのだろうが、かつての闘争心は消え失せ、まるで牙を抜かれた狼のようにただただ生きていくことしかできないでいる。
買ってきたガーリックカルボナーラを少しだけ震える左手で口まで運ぶ。
こんな最悪の生活でも美味しいものは美味しいと感じる自分の舌が少しだけ疎ましく思えてくる。いっそのこと落ちることころまで落ちたほうが楽なのかも知れないが、どこかですべてを諦めきれていない自分がいる。
左手で食事をすることで成長を確かめているのもその一部なのかも知れない。
テレビを見るためにテーブルに置かれたリモコンの電源を右手の動かない指で押した。
流れるニュースは今日も犯罪組織の動向を追っている。いつまでも繰り広げられる追いかけっこにうんざりしてしまう。やはり、自分がやらなくてはならないのかと使命感が湧いてくる。
そのためにも少しでも英気を養わなくてはならない。
止まっていた左手を動かして食事を続けた。
いつの日か戦場に戻るために。そう決心しながら。
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