スチール缶・コーヒーカップ・レモン

 甘酸っぱい恋の味なんて言葉がある。ほろ苦い恋なんて言うのもある。なんだかんだで人間の表現できる刺激は味覚のが占める割合が高いのではないのかと思う。それとも食べ物を口に入れた時の感覚はみな同じと思っており、共有しやすいからなのか。どちらにせよ、恋愛における感情の機微きびは味覚によって表現され易い。

 近頃ファミレスなどのドリンクバーがあるお店に行っていなかったのだが、久しぶりに言ってみるとその小さな変わり具合に驚いたりもする。その場で引き立てのコーヒーを入れてくれる機械の導入とか。少し昔だったら、非難の声が大きかったと思われるドリンクバーの飲み物を混ぜることを推奨するPOPとか。使いまわしが前提だったのに、衛生面の問題で一度使ったカップやグラスに入れなおさないでくださいと書かれた注意書きとか。全部ドリンクバーの話になってしまったがそういった小さなことだ。

 その変化に驚きつつもそんな小さな変化にばかり目が行ってしまうのも歳をとってしまってせいなのか。そんなことはもっと年齢を重ねないと分からないような気がするし、重ねたからと言ってわからずじまいな気もする。

 目の前に置かれたコーヒーカップにはドリンクバーに置いてあるテーバッグで入れらた紅茶が並々と入っており、その上にはどこから出したのかわからないがレモンが添えられていた。レモンティーなのだろうが、そんなに飲みたかったらティーバッグレモンティーの物を最初から持って来ればいいような気もするがそこはこだわりなのだろうか。いや、そんなこだわりがあるのならファミレスなんて選ばなければいいのにと思わないでもない。

 とはいえ、一顧客に高級なカフェに誘い出すのもおかしな話だし、契約の内容からして妥当と言えば妥当な金額だ。まあ、契約内容の説明もしやすい空間だろうし、よく利用しているのだろう。

「では、お客様の保険の内容を簡単に説明させていただきます」

 正直聞いたところで覚えられる気がしない量なのだが、わかりましたと宣言しない限り解放されないこの様式美な説明を一体どんな気持ちで聞いていればいいのだろう。これも飲み物の感覚に例えられないのだろうか。

 コーラとコーヒーを混ぜた時の何とも言えない甘苦さ。

 ウーロン茶とカルピスソーダを混ぜた時の言い表せぬ気持ち悪さ。

 紅茶とメロンソーダを混ぜた時の美味しいと素直に言えない気難しさ。

 ふむ。混ぜることを推奨するPOPに引きずられてしまったが、まあそんなところだろう(?)

「ご理解いただけましたでしょうか」

 そんな見当違いの妄想をしているとはつゆ知らず、説明を終えたお姉さんはお決まりの文句を言ってきて。はい。と言わないと終わらないのを百も承知なので。はい。と分かっていないまま頷く。

 そこからまとめてもらった資料をいくつかもらい受けるとお会計を済ませて外に出た。そこには自販機が置いてあって。ファミレスの前に置くなんてなかなかだな。とよくわからない感想を抱きながら。ついつい缶コーヒーを買ってしまう。スチール缶に入ったそれは先ほど飲んだ引き立てのコーヒーに比べるといくらか味気ない気がしたがこれはこれで美味しいし。また飲みたいと思ってしまう。

 懐かしい味というのはやはりいつまでたっても味わっていたいものだと、自分にツッコミを入れたい衝動にかられながらそう思ったのだ。

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