かんざし・缶蹴り・カンガルー
蹴り上げた缶は公園の外まで飛んで行ってしまった。力いっぱい蹴ったつもりはない。子どもの頃の感覚のまま蹴ったからどうやら力加減を間違えたようだと気が付いたのは一緒に遊んでいた子どもたちが驚いた表情でこちらを見ていたからだ。
「やるじゃん」
リーダー格の男の子がそうってサムズアップしてくる。その無邪気な表情はとてもかわいらしい。本人言ったら仏頂面になってしまうので決して告げることはないが。
「そら隠れろ」
その子の号令と共に子どもたちが散っていく。それをただ眺めていたら服の袖を引っ張られる。
「こっち」
大人しそうな女の子が隠れる場所を案内してくれるようだ。鬼はまだ、遠くまで飛んで行った缶を探しに行っている。それでも戻ってくるのは時間の問題だろう。早く隠れなければならないので、女の子の案内は非常に助かる。しかし、子どもと大人だ。簡単に隠れられる場所なんてこの公園にあるのだろうか。まあ、囮くらいにはなれるかも、なんて最初から消極的なことを考えてしまう。仕方ないじゃないか、この年齢で缶蹴りに参加するなんて思っていなかったし、缶蹴りの勝敗一つで一喜一憂できるほど若くもない。缶を蹴り上げた時の爽快感はよかったがそれだけだ、この後は走りまわったりする元気なんて残っていようはずがない。
女の子が案内してくれたのはカンガルーの滑り台だった。お母さんカンガルーのお腹から階段で登ってしっぽに向かって滑っていく遊具。その階段の下に少しだけスペースがあった。そこにしゃがみこんで隠れるらしい。子どもでも小さいような気がするそのスペースにしゃがみこむと無理やり体をねじ込むように入れ込んだ。出れなくなりそうな恐怖と少しだけ戦いながら女の子が嬉しそうにとなりにちょこんと座ったのを見て、頭をなでてしまった。
突然のことに女の子は少しだけ驚いた顔をしたが、それも一瞬のことだすぐに笑顔になってくれた。ふと、じっと女の子がこちらの頭を見つめているのに気が付いた。頭に何かついていたかと髪の毛に手を伸ばす。するとそこには髪を纏めていたかんざしがあった。
そっか、これが気になったのか。かわいいと思ってもらえたなら幸いだ。スッと髪の毛からかんざしを抜くと女の子に見せてあげる。
「ちょっと大きいけれど付けてみる?」
女の子の髪の量だと止めるのは難しいしそもそも大きすぎて止めたりなんかしたら痛くなってしまいそうだったけれど、女の子があまりにも食い入るように見つめていたのでそう提案してしまった。
「うん!」
おいおい、隠れ居るんだから大きな声は出さないでおくれよ。そう思いながらもほほえましいその笑顔にかんざしを動かなければ落ちないくらいい止めてあげると、スマホのカメラで撮影してあげる。そして画面を見せてあげた。
「わぁ」
感想が言葉に直結しているその様子をみて、心が軽くなる。こうやって思ったことがそのまま口に出ることがどれほど大事か噛み締める。ちゃんとそうしてればよかったのかな。そう後悔しても、もう遅いのも分かっている。それでも考えることを止めることはできそうになかった。
「泣いてるの?私がかんざし取っちゃったから?」
女の子が心配そうに見上げてくる。泣いているのか私。
心配をさせるわけにはいかないと無理やり笑顔に戻す。
大丈夫だから。
それは女の子にいったのか、自分自身に言った言葉なのか。
「みーつけた!」
鬼である男の子に大声で名前を呼ばれてふたり一緒に、缶の元へと向かう。これで、囚われの身だ。
囚われることで少しほっとしていた。あのまま二人きりだったらまた泣いてしまいそうだったから。元気に走り回る子どもたちを眺めながら、蹴った缶が大きくへこんでいることに気が付いた。こんなに強く蹴ったのか私は。知らず知らずに力が込められていたことに、少しだけ罪悪感を感じる。
なんでもっと早くに気付けなかったのか。缶に蹴りを入れたみたいにもっと思いっきりぶつかっていればよかったのかな。
「缶から離れてな」
ふいに聞き覚えのある低い声が聞こえてきて慌ててそちらを見てしまう。いるはずなんてない。場所は教えないでとみんなにも言ってある。
缶が心地よい音を立てて先ほどより遠くへ飛んでいく。
「ほら、逃げるぞ」
缶が蹴られたら囚われている者は解放される。そんなルールがあったような気がする。伸ばされていた握りやすいその手をつかむ。心が軽くなるのが分かった。そのまま走り始める。年甲斐もなく。
「ねぇ!かんざし!」
女の子がかんざしを手に、叫んでいた。走り出したその足は止まる気配がない、仕方ないまた買ってもらうことにしょう。
「あげる!大きくなったら使ってね!」
それはいつのことになるだろう。そう先の事ではないのかもしれない。そのころにまたここに帰って来よう。でも今は……。迎えに来てくれたこの人の元へ帰ろう。そう決心した。
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