じょうろ・ディフェンス・古代ローマ

 じょうろは手触りが良いものに限る。孝仁たかひとにとって大事なことのひとつだ。じょうろの持ち手を握っている指に必要以上に力が入る。でもそれを受け入れてくれるようなそんな安心感がそのじょうろにはあった。流石は長年ともに戦ってきた相棒だと思い、その握る指にはさらに力がこもる。負けられない。その思いがより一層、強固なものになっていく。突然現れた目の前の強固なディフェンスに足が止まった。

 全国じょうろ選手権予選大会は、近くの公園の芝生広場で行われていた。オフェンスとディフェンスに分かれて行われるこの競技は相手の陣地あるプランターに水をくべるのが条件だ。しっかりと水を与えられたら得点が入る。逆入れすぎると入った得点が減点だ。どうやってそれを判断するかというと、プランターに土が入っている。何も植えられてはいない土だけだ。もんだいなのはその下。小さな穴が無数に空いていて水が浸透するとしからぽつりぽつりと水滴が垂れてくる。これが垂れた時点で得点だ。そしてその下に垂れた水滴が溜まる水槽がある。そのある場所に線が引いてあり、その線を越える水が溜まってしまったら減点だ。得た得点はすべてなくなってしまう。つまり、土に浸透するちょうどよい水分をそこに入れる必要があるのだ。

 じょうろに入る水の量を感覚で覚えてしまえば簡単なこの競技だが、それをそうさせないためのディフェンスがいる。ディフェンスも同じプランターに水を入れることが出来るのだ。ディフェンスの持つ水の量は非常に少なく、その量をどれだけ入れるのかが勝負のカギだ。これを交互に行い、多く得点したほうの勝利となる。今はオフェンスだ、ディフェンスが目の前でこちらの動きを食い入るように見守っている。がしかい、これはチーム戦だ。プランターは3つ。オフェンスは3人。しかしディフェンスは1人。したがってディフェンスはどのプランターにどれだけの水を入れるかをひたすらに悩まなくてはならない。ディフェンスがこちらだけを見ているなら今のうちに他の二人が適量の水を入れてしまえば問題ない。

 問題があるとすれば土のコンディションだ。湿気や土が保有する水分量で適量が変わる。そして今は梅雨だ。非常に分かりにくいコンディションと言える。

 頼む。得点してくれ。そう願うしかない。そして、自分も適量を入れなくてはならない。このディフェンスを掻い潜りながらだ。

 慎重に水を入れ始める。渇いていた土が湿り始める。まだだ、まだ湿らせているに過ぎない。よく浸透させて、下まで送るためにはもっと……。

 その時ディフェンスが動いた。同じプランターに水を入れ始めたのだ。速い!速すぎる。いくらなんでもそんなことをしたら不利だ。こちらもその分、水を入れるのを躊躇すればいいだけのはず。いくらなんでも判断が速すぎる。

 しかしこれはチャンスだ。ここできちんと得点すればほかの二人も得点できる可能性が高い以上、勝利に近づく。

 しかしディフェンスがまたしても思いもよらない行動に出た。入れる水を止めてほかの二人のプランターへ向かったのだ。こちらに水を入れたのはフェイク。しまったと思ったときにはすでに手遅れだ。ほかの二人は適量の水を入れ終えた後で、様子を見ているところだった。適量を入れてしまっていればディフェンスが水を注ぐだけで、水槽の線を越えてしまう。

 くっ。悔しいが自分の手元をおろそかにするわけにもいかない。こちらはちゃんと得点しなくてはならいのだ。じょうろと一体になれるように指先に集中する。水の重さを少しでも感じれるように。

 結果として、ディフェンスのフェイクが効いて孝仁たかひとが得た1点だけとなった。次はディフェンスの番だ。気合を入れなおし、フィールドに出る。

 勝負はまだまだ続いていく。

 これが古代ローマから伝わるじょうろ使った由緒正しきスポーツである。と、ルールには書いてあるが誰も信じてはいない。古代ローマにじょうろがあったという記録は残っていないのだから。

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