弟子・詐欺・チョモランマ
チョモランマを無装備で登る。それが最低条件だと聞いた時には死ぬと思った。いや、実際登ったらの話だ。チョモランマ。別名エベレスト。世界で一番高い場所であるそこは人を寄せ付けない環境が整っている。そこは人が立ち入ってはいけない場所。それなのにだ、そこに無装備で登らなくてはならないとは自殺行為も甚だしい。しかもだれにも気づかれずに行けと言われた。旅費や入山料はすべて自分で用意したくてはならないらしい。当然ガイドもつけない。エベレストは単独の登山を禁じているし、無装備での登山できない。つまりは不法に侵入してひっそりと登り、ひっそりと下山しろ。というのが弟子にしてもらえる条件だった。
しかし、そんな実現不可能なことを条件に出されている以上、断られてるのと同義なのだろう。そこで諦められるほど軽い願いではないのだけれど、ここまで厳しい条件を叩きつけられるとは思わなかった。せめて弟子入りしていればそれくらいの条件はこなせる気がするのだが。
それほどの力を忍者は持っているのだと信じて疑わない。忍者である師匠(まだ弟子入りできてないが)であれば簡単にできるのだと噂では聞いた。
師匠と会ったのは偶然だ。月夜の高層ビルの上でバーベキューをしていた時、師匠はビルとビルの間を飛び回っていた。その姿はだれにも見られていないはずだったらしい。しかしそれを目撃してしまった。その飛び回る姿に心奪われてしまったのが運の尽きとでもいうのか、人生の転換期となった。それからというものその忍者の存在を調べつくした。どうやったら近づけるかも、同時に調べた。苦労したが忍者につながるルートの確保にいくらかお金も使った。そのために汚い金にも手を出した。
ここまで来て後戻りなんてできやしない。それはわかっていた。しかしどうやってあの最高峰を登ればいいのかなんて見当もつかない。想像もできない。そもそも何を求められているのか。それすらもわからない。
とりあえず、登山の訓練をすることにする。日本の最高峰に毎日登り続けた。朝、だれもいない時間からのぼり始め、昼前には頂上に着く。そこから、下山して、すぐに二度目の登頂を目指す。これを毎日繰り返した。冬もだ。
そうして一年が過ぎた。ある程度の山ならいつでもいける気がしているが果たして、この山を登れるのだろうか。そう思いながらネパール側からチョモランマを見上げる。
やれる。やるしかない。そう覚悟して一歩を踏み出した時、電話が鳴り響いた。この国の電波には対応していないはずのそれが鳴ったことにより、緊張と戸惑いが走る。ディスプレイを見るがそれは非通知で、だれからなのかはわからない。しかし、出ろ。そう言っている気がする。
「も、もしもし」
声が震えるのが分かる。日本語で良いのかもわからない。
『あっ、もしもし』
自分の名前を確認してきた相手は、忍者になるために作った情報網の要の一人だった。
『君の師匠ね。廃業するって決まったから、後継者だれにするって話で君が選ばれたんで君がこれから忍者なんだけど、仕事依頼してもいいかな』
その相手はとんでもないことを告げてくる。まだ師匠でないはずと伝えても、いやぁ。そう聞いているし。としか返してくれない。
聞けば聞くほど、すでに弟子入りしていたらしく後継者候補だと辺りには触れ回っていたらしい。
まるで詐欺にあった気分だ。そう電話の相手に告げると、相手はまあ夢が叶ったんだからいいじゃないかと軽く返してくる。ふと、師匠が廃業とはどうしたのだ。と聞くと。
『なんでも吸血鬼にやられても自信を消失したらしいよ。よくわからんが』
吸血鬼なんてものもいるのかこの世界は……。忍者もいるのだからそうれはそうなのかもしれないが。そういうことを教えてほしかったような気がしないでもない。
とりあえず一歩を踏み出してみる。
先ほどまで大きくてとてもじゃないが超えられなかった壁が今なら乗り越えられそうな気がした。
後日、エベレストの頂上付近でほぼ生身の人間が目撃されて騒ぎになった。なんでも黒装束のそれはジャパニーズニンジャだったと。そういう噂だった。
それを耳にした当の本人は、見られた時点でまだまだ忍者には程遠いな。と、答えたそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます