第133話 それぞれの進む道 3
マル自身も、以前から自分の将来については思い悩んできた。なんせ、ある時期から夜寝ようとするたびに、スヴァリがやたらとこんなことを言うようになったのである。
「ねえ、あんたは末っ子だから、父さんや母さんが生きていればずっと一緒に暮らしていけたはず。でもね、あの人は母さんとは違う女。きっと大きくなったあんたを追い払うわ。まあ、あんな怖い女の所からさっさと出て行く事よ。もう気を遣うこともないし、あんたは自由になれるのよ!」
マルは夜な夜なこんなスヴァリの言葉に悩まされながら、考え込んでしまった。ラドゥはもうじき結婚し、生まれた家を出て妻と二人で家を持つという。自分は結婚なんて考えられないけれど、ヒサリ先生のもとから離れて自分の力でお金を稼いで生きていくことを考えなければならない。食べるためだけならほとんどお金は必要無い。けれどもヒサリ先生の馬小屋を出て、自分はどこに住めばいいのか。さらに、今のマルにはどうしても、高価な本を買って読みたいという欲求を抑えることが出来なかった。悩みはそれだけではなかった。自分は大きくなったら歌物語をするのだと思いながら生きてきた。けれども今では歌物語を聞きたがる人も少なくなり、市場でも物乞いが出来る場所がほとんど無くなってしまった。それならば自分は一体どうやって自分の「務め」を果たしたらいいのだろうか?
マルはある日、かつて自分に「絵解き」をやらないかと誘ってくれたロロおじさんの元に、もう一度やとってもらえないかと頼むために出かけた。ロロおじさんはマルの顔を見るなり言った。
「おお、マル! お前がしばらく来ないうちに出し物はすっかり変わったぞ。もう昔のような事をしてるんじゃあ儲からない。まあ見てみな。びっくりして目を回すぞ。おかげで毎日大入り満員さ。さあ、お前のための特別席もあるからな!」
そう言われてマルはテントの中に入った。出し物はこれまでのように踊り子や歌手や人形遣いらが順番に出て来てそれぞれの出し物をやるのではなく、一続きの物語の中に芸人が次々出て来て歌ったり踊ったりするのだ。その中にマルのようにぼろをまとった者や皮膚病の者や目が見えないとか足が動かないような者はおらず、皆きらびやかな衣装を身にまとっていた。
(凄い。なんだか目が眩みそう……)
出し物の間、ただ呆然と舞台を見詰めていたが、終わると観客が席を立ち始めるよりも前に小屋の外に出た。
小屋の裏では、シャールーンがジャイばあさんに怒鳴りつけられながら踊りの振り付けを覚えていた。ミヌーリーを含む他の踊り子達は、木陰に座り込んでキンマの葉を齧っている。ミヌーはマルを見かけて声をかけた。
「どう、見た? すごいでしょ。音楽劇っていうの」
「君はシャールーンみたいに踊りの練習をしなくていいの?」
マルは尋ねた。
「いいのよ。あんなの頑張るより舞台裏で殿方といい事してる方が稼げるんだから。シャールーンは嫌なんだって。だからああやって踊りを頑張るしかないの」
マルはミヌーの言葉の意味が分かった瞬間、素早く体の向きを変え、早足で歩き出した。嫌な事を聞いた、と思った。シャールーンは気の毒だと思った。自分のやりたい「務め」が出来ないのもつらいけれども、やりたくない「務め」をさせられるのも嫌に違いない。
マルには、ロロおじさんの小屋で働く事が叶わないなら別の考えがあった。それはメメの母親のネビラおばさんに教わって葬儀の仕事をするということだった。マルは寡黙だが物知りなネビラおばさんのことが好きだった。家に行けばいつも気持ちよく迎えてくれた。何か美味しい物を出してくれるわけでもなかったけど、とにかく居心地が良かった。それでもマルは、ネビラおばさんに「歌物語を聞かせるのではもう食べていけないから、代わりに葬儀の仕事をしたい」と言う時は少し勇気がいった。ネビラおばさんが自分の仕事に誇りを持っているから、「あんたには出来っこないよ。この仕事をそんなに簡単に考えるんじゃない」と怒られるかもしれないと思った。けれどもネビラおばさんはあっさりと
「いいよ。教えてあげる」
と言ってくれた。
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