第78話 祈祷師の子カッシ 2

 子ども達がみな帰り、マルが本を大切そうに抱えて馬小屋に帰ってしまうと、ヒサリは教室を片付け、自分の部屋に向かった。

その時だった。ヒサリの目の前に、突然何かが飛び出して来た。

(!!)

ヒサリは思わず叫びそうになった。獰猛な動物かと思った。しかしそれはナティだった。ナティはその視線で突き上げるようにヒサリを睨んでいる。

「一体どうしたというのです?」

 ナティの褐色の頬は赤く火照っている。

「あんたはマルに、ロロおじさんのとこで絵解きや歌物語をやるなって止めたのか!?」

「年上の人間に『あんた』などと言う事は許しません」

「マルにロロおじさんの所に行くなって言ったのかよ!」

「子どもがああいう所でお金を稼ぐのは良くないと思って言いました」

「そんなのあんたが決める事じゃねえ! マルが決める事だ!」

「あの子はまだ幼いですから、正しい判断が出来ません」

 ナティは拳を握り締め、体をブルブル震わせた。ヒサリはそんなナティをじっと見返しているうちに、ふとある事に気が付いた。

(……ひょっとして、この子、女の子かしら!?)

 常々感じていた。この子はどこか昔の自分に似ている、と。もちろんこんな乱暴な口のきき方はしないが、生意気で目上の者に平然と食ってかかる所は自分にそっくりだ。それからマルに対する思い入れの強さも。

「大人だからいつも正しいとは限らねえ。悪い大人もいっぱいいる」

「勿論そうです。だからいろいろな意見を聞いて、学んで、最終的に決めるのはマルです。私はそれを妨げるつもりはありません。私はあの子に私の考えを言ったまでのことです」

 ナティはしばらくヒサリの顔を睨み返していたが、やがてプイッと顔を横に向け、そのままトトトトッと馬小屋の方に走って行った。そして扉の外からこう叫んだ。

「マル! マル! オモ先生の言うことなんかねえ! お前の胸と相談して決めるんだ!

いいな! 」

 ナティはそのままクルリと踵を返し、走り去った。

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