第67話 踊り子シャールーンとミヌー 1

 マルがオモ先生の学校に通い始めてから一年がたった。その頃、マルは再びオモ先生の馬小屋で毎日夜を過ごすようになっていた。なぜなら馬小屋の壁に取り付けられた棚には、オモ先生がカサン本国から取り寄せたカサン語の絵本がどんどん増えていったからだ。馬小屋にいれば日が落ちてもダヤンティおばさんがヤシ油の明かりを持って来てくれる。マルは油が尽きるまで絵本を読むことが出来た。しかしダヤンティおばさんは、一晩絵本を読み続けられるほどの油は持って来てくれなかった。マルがもっと明かりを灯して欲しいとねだると、

「オモ先生に止められてるのよ。それに子どもがそんなに遅くまで起きていると悪い妖怪に魂を取られちまうよ」

 と言った。だからマルは、油が切れるとそのまま目を閉じて横になるしかなかった。しかし、たいがいさっき読んだばかりの絵本の登場人物の声が聞こえ、まぶたの裏で勝手にお喋りし出すせいで、しばらく寝付けないのだった。

 マルはある日、教室と馬小屋の屋根に骨だけの鳥の妖怪がとまっているのを見て驚いた。それはマルの見た事の無い妖怪だった。オモ先生はそれが「アンテナ」という名前だと教えてくれた。しかしマルがいくら見上げても、アンテナは他の妖怪と違って動きもせず話もしなかった。

「アンテナは、遠くの人の声を届けてくれるのですよ」

アンテナがやって来た翌日、オモ先生は、教室と馬小屋に一つずつ、「ラジオ」という名前の箱を持って来た。スイッチを押すと、驚いたことに箱の中からカサン語の歌や物語が聞こえてきた。

(カサン人にもおら達みたいな物乞いがいるんだ!)

 こう思ったとたん、マルは、本を最初に目にした時のように興奮した。以来、彼には、毎晩カサン語の本を読むことに加え、ラジオから聞こえてくるカサン人の物乞い達の歌や物語を聞く楽しみが増えた。そしていくつかはすっかり覚えてしまった。マルはだんだん、ラジオの向こうにいるカサン人の物乞い達にお礼がしたくなってきた。マルがオモ先生にその事を伝えると、オモ先生は言った。

「あの人達は物乞いではありません。俳優や女優と言われる人達です。あの人達はラジオ局からお金をもらっているので、あなたがわざわざお礼をすることはありません」

「でも、お便りをお待ちしてますってあの人たちいつも言ってます」

「それはお礼とは違います。手紙のことです。あなたがラジオの番組を聞いて思った事を紙に書いて送ればいいのです。もし書けたら私に渡しなさい。送っておきますから」

 マルはオモ先生の話を聞いてなるほど、と思った。マルも自分の話を聞いたナティやテルミが感想や自分の思った事を話してくれるのを聞くのが好きだった。

(よし、おらも手紙を書いてみよう!)

 マルはさっそく、オモ先生からもらった鉛筆を手に取った。マルは字が上手でない上に早く書く事が出来ない。書きたい事は次から次へ浮かぶのに、手が追いつかないことにイライラして、マルは何度も思うように動かぬ手をクネクネ回すのだった。

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