第21話 ヒサリ先生 5
その時だった。沈黙を打ち破るかのような、子供の鋭い声が耳に飛び込んできた。
「ダビ、ここだよ! 間違いないよ!」
「そうだな」
「誰かいるのかな?」
「トンニ見ろよ! 馬だ!」
ヒサリはサッと立ち上がった。視線の先に立っているのは、さっき出会った真っ黒な子供達に比べていくらか年上の二人の少年だった。先程の二人より遥かに清潔な身なりをしている。一人の子は腰巻だけ着けて上半身裸。もう一人の子はこの地域では珍しいシャツを着ている。二人はヒサリの姿に目を留めた瞬間、驚いたように立ち止まった。ヒサリはすぐに、シャツを着た子の方が、川向うのシム先生が勤務する学校で見た子だと気が付いた。
「ここの学校を見に来たのね。さあ、いらっしゃい」
ヒサリは二人にアマン語で話しかけた。初めて会う子の方は、おずおずともう一人の方を見た。以前会ったことのある子は、強いまなざしでヒサリの方を見据えていた。教室の中に招き入れられた少年達は、そこにいる老人に気付いた瞬間、その場に立ちすくんだ。
「さあここに座って」
ヒサリが手招きしたが、少年達は粘土のようにその場に立ち止まっていた。すると、バダルカタイ先生がいきなり立ち上がった。
「この子達が困っているようなので、今日のところは帰ることにいたしましょう」
少年達は、サッとバダルカタイ先生の通る道を開けた。教室の外に出ると、バダルカタイ先生は再びヒサリの方を向き直った。
「『この国の野蛮な因習』では、あの子達は決して私とは同席しません。では」
バダルカタイ先生はそう言って静かな足音を立てながら丘を下って行った。バダルカタイ先生とは、いつかもっとしっかり話し合わなければ……。ヒサリはそう思いつつ、二人の少年に視線を移した。
「さあ、ここに座って」
ヒサリが椅子を勧めると、初めて会った子の方が
「えっ」
と言って首を振った。たった今、平民である老人が座っていたのと同じ椅子を勧められて驚いたのだろう。一方、以前会ったことのある少年の方は、少しの間黙っていたが、やがて
「座ろう」
と友を促し、自分も座った。それを見たもう一人の子も、いくらかためらいながら座った。椅子に座るのは初めてなのだろう。しばらくモゾモゾと居心地悪そうにに体を動かしていた。
「あなた達、名前は何と言うのですか」
「ダビッドサム・デーン・コームナック」
以前会ったことのある子が答えた。
「トンニットサン・スーン・ギッタヤー」
もう一人の子が言った。
「私はここで教師をするオモ・ヒサリです。よろしく。ここでは授業料はいりません。ただし、誰もかれも受け入れるわけにはいきません。真面目で特に意欲的な子に来てほしいと思っています。カサン帝国の仲間として、新しく生まれ変わったこの国のリーダーになれるような子に」
話している間、ヒサリの顔をじっと見ているダビッドサムの名乗った子の強い視線は、ヒサリをたじろがせた。その目は、川向うの学校とこちらの学校のどちらを選ぼうかと厳しく吟味しているようであった。
「この学校では、カサン語だけではなく、カサン帝国人として必要な知識を教えるつもりです。それだけではありません。あなた達が話しているアマン語の読み書きも教えます」
「カサン語、こっちの学校、あっちの学校、もっと勉強できる?」
ダビッドサムがたどたどしいカサン語で言った。何と意欲的な子だろう! ヒサリがアマン語で話しているにもかかわらず、彼はようやく習い覚えたカサン語で必死に話している。しかも川向うの学校よりこちらの学校の方が上達するか、と尋ねているのだ。
「それはあなたがた次第です。あなたに意欲あれば、私はいくらでも教えます。あなたはとてもやる気がありそうだから、きっと大丈夫でしょう。もちろん家の仕事の手伝いなどで毎日は来れないでしょうけど、けれども大切なのは気持ちです。勉強したいという意欲です」
ヒサリの顔をじっと見つめ返すダビッドサムの視線は、まるで自分を抉るかのようだった。やがて横で驚きね余り黙りこくっている友の方を見て頷き、再びヒサリの方を向いて言った。
「家に帰って、父母と相談します」
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