第16話 妖怪ハンターの子ナティ 8
仕事を終え、四人が荷物をまとめていると、先程ここまで案内してきた使用人の男が再び姿を現した。そして床下と屋根の上の仕掛けをざっと見渡すとこう言った。
「今日の支払いはそこだ」
男が指差した先の地面には、葉っぱに包まれたお金らしきものが置かれていた。
「へい」
父ちゃんとブーマ兄ちゃん、サビル兄ちゃんが頭を下げた。サビル兄ちゃんに腕をつねられ、ナティは渋々、首をすくめるように頭を下げた。
その時、母屋の方から、一人の女がサンダルの音を立てて近付いて来た。角張ったいかつい顔の女だった。彼女もこの家の使用人だろう。
「敷地内の妖怪は皆殺しにしたのかい?」
「殺しちゃおりません」
「それじゃ駄目じゃないか! みんな殺してきれいにしてくれなきゃ!」
「へえ、ですが、妖怪よけはしっかりと作りましたので、ほぼ大丈夫でございます。あとは部屋の真ん中ではなく端の方で寝る事、それから吸血女は光物が嫌いですから、鏡やナイフを近くに置いて寝ること、これだけ守れば襲われることはまずありません」
父ちゃんは汚れた手で汚い腰巻をさすりながら言った。
「それじゃあダメだよ。この辺を妖怪がうろついてキーキーわめいたりしちゃ奥様が安心してお産が出来ないじゃないか」
女はそう云い捨てて去った。
「そういうことだ。金は妖怪を退治し終わった後まとめて後で払う」
使用人の男は葉っぱに包んだ金を拾い上げ、そのまま立ち去った。二人が視界から見えなくなった直後、父ちゃんはチッと舌打ちした。
「父ちゃん、妖怪を退治すりゃ金が余計にもらえるんだろ? いいじゃん、やってやろうぜ! 俺も手伝うよ!」
ナティが父の腕をつかんで揺さぶった。
「仕掛けも作ったし、ちゃんと注意すりゃ妖怪は襲ってきやしねえんだ。それを殺せだなんて」
「人間に悪いことする妖怪なんだろ? いいじゃねえかよ!」
「人間に悪さする妖怪だってわざわざ殺すことねえんだ。そんなことしたらこっちが妖怪に恨まれる」
「そんなことでびびってるからダメなんだよ! 父ちゃんのバカ! 弱虫! 腰抜け!」
「やめろ、ナティ!」
ブーマ兄ちゃんが言った。
「父ちゃんは母ちゃんのことがあるから、あんまり妖怪を刺激したくないんだ」
「知らねえよ! 母ちゃんなんか覚えてねえし!」
「うるさい!」
父ちゃんが怒鳴るように言った。
「もう黙れ! ……やらなきゃならねえんだ……地主様の命令だからな……」
父ちゃんは、肩に竹のやりを抱えて歩き出した。
吸血女をやっつける方法は二つある。一つは夜中、吸血女が下半身を切り離して上半身だけで飛び回っている間、木の下に残された下半身を切り刻んで焼くのである。下半身を失った吸血女はやがて衰弱して死んでしまう。二つ目は昼間、木の下で眠っている吸血女の急所を竹のやりで突く。上半身と下半身がくっついている時やるのでそっちの方が危険だ。けれども今は昼間だから、二つ目の方法で殺すしかない。父ちゃんは、屋敷の周りの木が茂っている方に進んで行った。そして時折立ち止まると、いきなり竹やりを持ち上げ、素早く草をかき分けた。ただやみくもに探したって草の中に潜む吸血女を見付けられるわけじゃない。コツと勘がいるのだ。そして吸血女が目覚めないようにやらないとこっちが襲われることもあるから注意が必要だ。
「ついて来るんじゃねえ!」
いきなり振り向いた父ちゃんの強い言葉に、ナティは思わず足を止めた。父ちゃんはザッザッと藪をかき分けながら一人先へ先へと進んだ。進みながらぶつぶつこんなことをつぶやいていた。
「殺さなくてもいいもんを殺せだなんて……いつか天罰が下るぞ……俺たちだけじゃねえ、村全体に災いが起こる……今に、村全体が焼き尽くされるようなことになっても知らねえからな……」
ナティは少しの間、押し黙って父ちゃんの背中を見ていたが、やがてそうっと父ちゃんの背中をつけた。父ちゃんはしばらくザッザッと草をかき分けていたが、ふと手を止め、狙いを定めるように竹やりを持ち上げた。ナティはサッと父ちゃんのそばに駆け寄った。
「父ちゃん! 俺にやらせて!」
しかし父ちゃんは振り返りもせず、竹やりを振り上げたかと思うと一気に下した。その瞬間、
「キィィィィィ!」
というすさまじい声がしたかと思うと、草の下から黒い体が煙のように膨れ上がった。かと思うと、サッと潰れ、その瞬間にピシャッと黒い液体が周囲に散った。ナティは耳を抑えつつ、吸血女の死に様を見詰めた。
(俺はびびったりなんかしねえぞ……びびったりなんか……)
しかし、それを目にした直後、ナティの胸はザックリとえぐり取られたかのように感じた。吸血女の体が消えて無くなった瞬間、ナティはようやくホウッと息を吐いた。
「一気にやらないといかん。苦しみを長引かせたら、相手は反撃してくるからな。だが、その力がまだお前にゃ足りん」
父ちゃんはうめくように言った。
四匹の吸血女を退治した後、父ちゃんは屋敷の敷地の周りにぐるりと灰を撒いた。吸血女は亀の甲羅を焼いた灰を嫌うので、これをしておけば吸血女は入って来られなくなる。再び使用人の男がやって来た時、父ちゃんは頭を下げて言った。
「敷地内の吸血女はみなやっつけましたんで」
使用人の男はさっそく地面を指差した。葉っぱに包まれた金はさっきより少し増えているように見えた。父ちゃんは金を拾い上げた。ナティは、父ちゃんと兄ちゃんの後にくっついてお屋敷を離れて行く間、口をきくことが出来なかった。たった今目にした吸血鬼の最後の叫びが、ナティの胸をざわつかせている。
(……こんなことで、びびってたまるか……)
ナティはグイッと体をひねり、お屋敷の方をもう一度見た。すると、先程見た使用人の男と女が、壺を抱え、中の物をすくってはまきちらしているのが分かった。
「あれ……?」
ナティは父さん達の方を向き直って言った。
「俺たち、さっき魔よけの灰をまいたよな。それなのに、あの人達、まだ何かまいてるよ!」
しかし父ちゃんも兄ちゃんも口をきかないままずんずん歩いて行く。
「ねえ、父ちゃん、あの人達まだ何かまいてるぜ! 俺たちがまいた魔除けの灰、少なかったんじゃねえか?」
その時、ようやくブーマ兄ちゃんが振り返った。
「あれは塩をまいてるんだ。清めの塩だ」
「清めの塩?」
「穢れたものが入ってきたから、清めてんだよ!」
「入っちゃいねえじゃないか。そのために仕掛けも作ったんだし」
「バカだな。穢れたものってのは、妖怪じゃなくて俺らのことだよ!」
「え!?」
ナティはとっさに息を呑んだ。
「さっきだってあの人はお金を地面に置いて行っただろう? あの人達は絶対にお金を俺らに直接手渡さない。俺らに触れると穢れるから」
「それって、どういうことだ?」
ナティの膝がガクガクと震え始めた。
「どういうことだよ……!」
ナティはその場にへたり込んだ。父ちゃんも兄ちゃんもナティの方を振り返ろうとはせず、ずんずん遠ざかってゆく。
「チクショー! どういうことなんだよ!」
ナティはその場に足元からガクガクと崩れ、地面に膝を付いていた。そのまま、大地の飛び込むように、バッタリとうつ伏せになっていた。
(チクショウ! チクショウ!)
ナティは拳で激しく大地を打った。太陽の熱がまるで重しのように背中にぐいぐいのしかかり、このまま自分は地面に沈んでいくのではないかとナティは思った。
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