第27話
二十日などあっという間に過ぎた。
第一団、第二団と軍も順調に出発し、サハド国に到着。
そして計画決行前日の早朝、リージェ国が動いたと連絡が入った。
「あちらの規模は?」
「ガルド殿下を先頭に、百名ほどです」
殿下呼びにしたのは、彼が国王になったことを公に公表していないのだから、王と呼ぶことはない。
「国境にはいつ頃着きそうだ?」
「明日の早朝かと」
「かなり急いでいるようですね」
「恐らくは、寝静まっている時間帯を狙っているのでしょう」
城の奥深い会議室。いつものメンバーが揃い額を突き合わせ、状況を確認し合う。
居ないのは既に軍を率いてサハド国に滞在してりる、ダレンとベレニスだけだ。
そんな彼等のやり取りを目を閉じ聞いていたイサークが、口を開いた。
「どこから来るのだ?」
突破すると予想される個所には既に兵が配置されている。
「森を抜けて来ているようです」
「そうか・・・・あの森は、何処の国にも属さない。だが、無謀だな」
その森は『魔の森』と呼ばれていた。別に、人ならざる者が住んでいるわけではない。
凶暴な獣たちが数多く生息しており、誰も近づこうとしない為『魔の森』と呼ばれているのだ。
小さな国一つくらいはある広さに、一度はその森を領土にと思った国もあったようだが、凶暴な獣達の多さに今ではどこの国も手を出す事は無かった。
手つかずの自然には貴重な植物や珍しい動物も生息しており、危険の及ばない範囲では人が入る事もある。
だが、噂は大袈裟だと本来の森の怖さを知らない冒険者など興味本位で入った者は、絶対と言っていいほど生きて戻る事はなかった。
そんな危険な森に対し各国は、国民を守る為に森を囲む様に塀や柵を建てた。
結果的にそれは、弾かれる様に森が色濃く存在感を増し、ある意味獣達の楽園となってしまっていた。
またその森は、数ヶ国を沿う様に存在する為、一々国境を超えることなく短時間で他国へ行く事が出来る。
だが、命を危険に晒してまで国境を超えようとする者はなく、誰も通る事は無かったのだが・・・
その森を通って来ようというのだから、並々ならぬ執念を感じる。
だがそれも想定内だった。何故なら、リージェ国から寝返った間者から報告を受けていたからだ。
彼――レントは見た目もそうだったが、間者には向いていなかったのだろう。
ある時、不審な動きをする者を捕まえてみれば、それはリージェ国の間者のレントだった。
尋問してみればあっさりと白状してしまったのだから、どのような人選をしているのかさっぱりわからない。
あまりに簡単に寝返った為、かなり怪しまれたが、彼が簡単に手のひらを返したのには理由があった。
レントの故郷は当然リージェ国であり、王国に仕える下っ端兵士だった。
そんな彼が何故間者の様な事をしているかというと、ありきたりな理由なのだが、家族を人質にとられていたからだ。
病弱な父親に代わり、薬代を稼ぐために働いていた所に目を付けられ、使い捨ての駒に起用されたらしい。
きっと任務が成功しても失敗しても、自分達は殺されるのだろう。分かっていても、もし上手くいったなら・・・と、一縷の望みをもって帝国に来たのだが、あっという間に捕縛されてしまった。
家族は無事だろうか・・・常に不安が付きまとう。
容姿に似合わず残忍なガルドの事は、良く知っていたから。
だが、こうして捕まり、それがガルドの耳に入ってしまえば家族は殺される。
それが分かっていたから、レントは諦めたのだ。そして、理不尽にも自分達家族を不幸のどん底に突き落とした奴らに、最後に一矢報いたいと思い寝返ったのだ。
元々彼の役目は、帝国内の動向の報告と、奇襲時に森の門を開ける役目があった。
イサークはすぐにリージェ国に居る彼の家族の安否の確認をさせた。
幸いな事に家族は健在である事が分かり、敵に悟られぬよう影を付けて守らせる事にした。
そして彼には、変わりなくリージェ国に報告をさせ、寝返った事を悟らせないよう指示した。
彼以外の間者にも監視をつけ、変わりなく接触してもらい、本日滞りなく寝返った彼以外の人間を全て捕縛した。
「陛下、森の門はどうしましょう」
アランドが広げられた地図上の森の門の上に駒を置いた。
「そうだな・・・壊されては獣共が我が国に傾れ込んできそうだ。開放はできんな」
「だが、リージェ国の兵達が獣達を狩ってきてくれるのではないのか?」
ジャスパーが「そうだといいなぁ」と、何とも気の抜けた事を言う。
正直な所リージェ国の奴らが獣達の餌にでもなってくれたらと皆が思っていた。
せめて、人数が半分くらいになっていてくれたらな、とも。
「門から一kmまでは既に更地にしています」
アランドが地図上で示した。
「森から来るって分かってから取り掛かったから、時間が足りなかったが・・・何とか間に合ったって感じだ」
寝返ったレントからの情報で、その進路がわかったと同時に作業にかかったのだが、如何せん時間が足りなかった。
だが、かなり視界が広がり門の上からは敵が良く見える事だろう。
帝国を守る城壁は石作りでかなり強固にできている。そして、獣返しも付いており獣も人も早々乗り越えてくることはできない。
また、塀の上には常に兵士が常駐し、監視しているのだ。というのも、偶に森に迷い込んだ人間が獣に追われ、助けを求められることもあるからだ。
「さて、森から来ることは確定したが、他の関所も警戒は怠るな」
イサークの凛とした声に皆が頭を垂れる。
「陛下も予定通り森の門へ向かわれますか?」
「あぁ、午後から向かおう」
「承知しました」
アランドが頷くと「それと・・・」とイサークが続ける。
「クロエも同行するからその準備も頼む」
―――えっ!!!?
一同、驚いたようにクロエを見ると、彼女は緊張したこの場の雰囲気など物ともせず、ニコニコと微笑んでいるのだった。
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