悪に足ると言うならば

ディーンとの戦いが始まったのが授業が全て終わった後の夕方頃の事である。

そこからナナシの【完全超悪・魔眼】がディーンを捉えるまでは5分もかかっていない。


そしてナナシからディーンへの攻撃が始まって今に至る。

辺りから日は既に落ちており、闘技場の灯りを灯さないと見えないほど暗くなっていた。


横たわるディーンの姿は見るに耐えないものとなっていた。

顔面は潰れており、優雅に纏っていたマントは土と血で汚れている。

腕や足は正しい曲がり方はしているものの完全に骨は砕けている。


しかしその決闘に割って入るものはいない。

いや、入る事ができるものがいないと言った方が正しいだろう。

闘技場内でまだその決着を待っているのはネザーとメアリー、そして学園長であるセレスとディーンと共にきたヘリオと数人の生徒と教師だけである。



「はは、もう声も出なくなってら。おう、起きろカス。お前の提案したルールのせいで降参してくれねえと帰れねえんだよ」


そう言いながらナナシはディーンの顔を踏みにじる。

折れるだけ折り、壊せるだけ壊し、砕けるだけ砕いた。

ディーンは横たわりながら虚な目でナナシを見ている


「お、まだ睨むだけの意地があったか」


ナナシは口に手を当てて少し考え込み、ニヤリと笑みを浮かべるとディーンに近づく。



ーーーバサッ



ナナシがディーンから騎士の誇りである赤いマントを奪い取ったのだ。


「……あ…………マ………」


ディーンはまともに声も出ない身体でマントを返してくれと懇願しているのだろう。


「参ったと言え、さもないとこのマントを破り捨てる」


勿論、ディーンが参ったと言えるわけがない。

幾度となく顔面を殴打され、首を蹴られているディーンの喉はとっくに潰れているのだ。


「………残念だ」



ナナシはそう呟くとディーンのマントを二つに裂いた。

先程まで横たわりながらも顔を上げ、ナナシを見ていたディーンの顔が地面に伏せられる。

ディーンの顔からは涙が流れており、ポタリ、また一つポタリと地面を濡らしていく。


ーーーーー


「見るに耐えぬかロッドよ」


客席で決闘を見ながら僕はロッドに問い掛ける。


「……い、いえ………わかっていた事ですから……ナナシさんの側につくという事はこういう事だと……」

「ふむ、しかし貴様の表情はそう言っておらぬな。あそこまでしなくても、もっと別のやり方が、とでも思っている表情だ」


ロッドは決闘から目を逸らしていた。

いくらなんでもここまでとは思っていなかった。

普段ナナシと話しているとナナシは実は捻くれているだけでそこまで悪い人ではないのではないかとまで思っていた。


「……ここまでする必要があったのでしょうか」

「あったと理屈を並べるのは難しくない。だがロッドよ、貴様は理屈の上で納得するべきではない。バンディットの側にいると決めたのだろう。理屈も理由も必要ない、黙って受け入れるのだな。これからもバンディットの側にいるのなら」



僕は理解していた。

ディーンとの決闘を行う理由は3つ。

1つは僕が最初に言ったように騎士団に対する牽制もあるのだろう。

そして2つ目はディーンという人間を潰す事。



そして3つ目、僕とロッドを試しているのだ。

「お前達はここまで悪を受け入れられるか?」

ナナシは僕達にそう言いたいのだろう。


僕はチラッとロッドを見る。

頑張って隠してはいるものの口を噛み締め、表情も少し青ざめている。


バンディットも酷な事をするものだ。

しかし簡単で手っ取り早く、ロッドの悪を見極められる手段。


まだバンディットが僕とロッドに信頼をおいていないのがわかる。

幼い頃から戦争や処刑を見てきた僕ですら呆れるような一方的な戦い、これを処刑と呼んでも疑う者は少ないだろうな。



今まで勇者のパーティーとして悪を見てきたとしてもロッドはそれらをどんな形であれ救って来たのだ。

しかしバンディットの側についた以上、そうはいかない。

救わせない側に来たのだ、自分が見てきた以上の悪にならなければ自分のような人間に殺されるだけ。


ロッドならその事をバンディットや僕以上に理解しているはずなのだ。


それにしてもバンディットの奴には困ったものだ。

王国騎士を敵に回す以上、王国はバンディットの味方をする事はないだろう。


勿論、大臣や商業施設、ギルドまで伝達は行くに違いない。

バンディットが人から慕われるような出世をする事はこれで絶対になくなったのだ。



初めからバンディットは何もかもを捨てて戦っている。


ディーンの【マグマセイバー】に対してもそうである。

殺した方が負けというルールがあるとはいえ、ディーンの剣を止めるために腕を狙っていたディーンの剣が斬る道に自分の身体を移動させた。


緋剣の剣を止める盾に自分の命を使ったのだ。


ディーンが剣を止めたから助かったものの、もし止められていなければバンディットは既に殺されていた。



命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は

始末に困るものなり。


これはある故人の残した言葉であるが、バンディットを見ていると思わずなるほどと思ってしまう。


奴はいらないのだ。

命も自分も立場も金も。


だからこそ悪。

それが例え自分の仲間だとしても全く困ったものだ。


相手にとっても自分にとっても始末に困るというのはなかなかどうして厄介なものである。


ロッドがそこまで考えているかは分からぬがな。


とりあえずこの決闘を見届けようではないか。

バンディットよ、貴様はこの決闘に如何に終止符を打つつもりなのだ?

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