ナナシVSディーン

「学園長室に行ったと思えばあのディーンと決闘とは……バンディットは何をしでかしたのだ?」

「ナナシさんの考えなんて考えても無駄ですよ……それにしてもディーン・ナイトハルト様相手に決闘なんて……本当に何を考えているのやら……」


教室で待っていた2人は戻ってきたナナシからディーンって奴と戦う事になったという説明を受けただけで何故こうなったのかは全く分かっていない。


「む?ディーン相手に決闘を挑んだ理由に関しては分かっているつもりだぞ?」

「え?」

「恐らくディーンとヘリオが来たのは先日の黒魔法の件だろう。騎士団にまで話が広まっているのならこれ以上隠す理由がないと踏んだのだ。だからこそあえて決闘をする事で騎士団に教えるつもりなのだろう。俺は危険だ、深入りするな……と」


ネザーの考察は概ね正しい。

ただ一つ足りないところがあるとすればディーンと戦うのはナナシであるという事。

ディーンはまだ自分の前に立つ人間が、最悪であるという事を分かっていない。



「いいかいナナシ君、ルールは特になし。降参するか相手を殺してしまった方が負けだ。僕が勝ったら先程の言葉は訂正してもらう。一応、君が勝った場合の条件を聞いておこうか」


気付くと闘技場にはあの黒魔法のナナシと緋剣の戦いを見ようと多くのギャラリーが集まっていた。

ディーンの自信のある発言に会場がざわめく。


ディーンはフィーナと同じく自分が負けるなどとは毛頭思っていない。

フィーナとの違いがあるとすれば、ディーンの自信は騎士としての戦争の経験によっての裏づけが大きいという事くらいだろう。


「そうだな、特に考えてねえからこの決闘の後にでもゆっくり考える事にするぜ」

「……ヘリオではないけれど確かに君は口が過ぎるね、自惚れは自分の首を締める事になる」

「さすが金と誇りの為に戦う王国騎士様は言う事が違うじゃねえか。あ、民がなんとかとかも言ってたっけか?」


ディーンはそれ以上話す事をやめて口を閉じ、剣に手を添える。


「善良な一学生に対して随分やる気満々って面だなオイ、そんなにアレが大事か?なんだっけ?王国の?何?チリ?あ、誇りだったか?」

「口を閉じろナナシ君。先手は譲ってあげよう。かかって来るがいい」

「そうか?」


ディーンがそういうとナナシは闘技場の舞台で胡座をかいて座り込んだ。

足に肘をつき、目を閉じる。


「……なんのつもりだ?」

「別に?先手譲ってくれんなら焦って一発出す必要もねえしな、一手目をゆっくり考えようかと思ってな」

「ふざけているならこちらからいくぞ」

「お?先手を譲る話はどうなったんだ?嘘か?騎士としての誇りとかいうのはどうした?」


ディーンはギリッと歯軋りをするとナナシを睨みつける。

しかしナナシはそれを全く気にせず、うーんうーんと唸っている。


そのまま決闘は10分程経過した。

ディーンは剣に手を添えたまま、ナナシへの警戒を解く事をやめない。

ナナシは自分を油断させてその隙をつくつもりなのだ。

ディーンはそう考えていた。


しかしディーンは唖然とする。

自分の目の前に胡座をかいて肘をついているナナシから聞こえたのは『寝息』だった。


スゥスゥと安らかに寝息を立てて、コクコクと頭は揺れている。

この緋剣を前にして

王国騎士団を前にして

御伽話の英雄を前にして

あろう事か目の前で、決闘の舞台で、確かに寝ているのだ。



「…………ッ!!!起きろ!!!!」

「………っあぁ?ちっ、うるせえな。ちょっと考えてただけだろ」

「ナナシ君…決闘を虚仮にするのはやめてくれないか?

「決闘を?……はっ!私を、の間違いだろ赤頭」

「これ以上かかってこないつもりなら本当にこちらから行くぞ」

「お、来んのかよ?小僧相手に小馬鹿にされたくらいで先手譲る約束違えるのか?いいじゃねえか、それでこそ俺は騎士とかいう奴らの誇りを見下せる」



まだ戦いは始まってすらいない、にも関わらずディーンの顔には汗が流れていた。

騎士としての誇り、緋剣としてのプライド、それらがどれだけディーンの力の支えになっていたとしても、ナナシの前ではそれは弱点でしかなかった。


「……私はいつまででも待つつもりだぞナナシ君、君に譲った先手が僕に届くまで」

「……あっそ、んじゃそろそろ行くか」


そういうとナナシは立ち上がり、ズボンに付いていた指の先ほどの小さな小石を下手投げでディーンに放った。


ディーンの服にぽすっ、と小石が当たる。

ディーンは再び口を少し開けて唖然としていた。


「あ、先手譲ってくれてありがとよ。さ、お次どうぞ?」


ナナシはふっ、と鼻で笑った。


ディーンの小さく開いた口はまだ塞がらない。

王国最強と言っても過言ではない騎士である自分に対して、緋剣と謳われる自分に対して、御伽話の英雄と呼ばれる自分に対して。



先手を譲ってやったかと思えば決闘の最中に座り込み寝はじめ、挙句小石を服に放った程度で先手はありがとうなどと無碍にされ。


「……この……ガキ………!!」

「一学生に対して騎士様がガキだって?やっぱ礼節も捨ててんじゃねえか」

「………っ!!」


ディーンはようやく剣を抜きナナシに斬りかかろうとするが、ナナシが少し後ろに下がり1割ほどで黒魔法を纏うとディーンの足は止まった。



「ふ、それが例の黒魔法か。確かに話に聞いていた通りドス黒い邪悪な魔力だ。しかし私にその程度の黒魔法は通用しない!」


ディーンはそう言うとナナシに再び斬りかかる。

ナナシは白魔法で目と足を強化し、ディーンの剣撃を躱す。


「緋剣の力を見せてやろう!【マグマセイバー】」


ディーンがそう唱え、剣に大量の魔力を注ぎ込むとディーンの剣が赤く煮えたぎり沸騰し出す。


「誰も触れられず、どんなものでも焼き切るこの剣。大怪我になる前に降参したらどうだ?ナナシ君?」

「いいからかかってこいよ、後手は譲ってやるからよ」

「……ふっ、殺しはしないから安心してくれ。だが腕の一本や二本は覚悟してもらうぞ!!」


そう叫ぶとディーンはナナシの腕を斬りにかかった。

そう、腕を斬りに行ったはずだった。


ディーンは思わず剣を止めた。



ナナシがディーンの剣が自分の身体を2つに斬るように動いたのだ。


動きが止まったディーンの胸元に入り込み、ナナシは強化した足でディーンの両膝に向けて足を振り抜く。



剣に大量の魔力を注ぎ込んだディーンには身体を白魔法で強化し、守るだけの魔力は残っていなかったのだ。


ボキボキッとディーンの両膝の骨が折れた音が響いたのち、続いてディーンの痛々しい声が響く。


「がああああああああ!!!!」


ディーンは剣を落とすと横たわり、膝を抱えていた。

先程まで沸騰していた剣は魔力の供給がなくなり、ただの剣として地面に落ちていた。



決闘としてはどう見てもナナシの勝利だった。

だが、まだ決着はついていない。


ナナシの事を知らなかったとは言え、ディーンは決闘のルールで言ってしまったのだ。

降参するか相手を殺してしまった方が負けだと。



「【完全超悪・魔眼】」


ナナシは【魔眼】を使った状態で横たわるディーンを睨みつけ続ける。

周りから見ればディーンは今すぐにでも降参する状態だろう。


しかしディーンは降参ができない。

【魔眼】によって身体は動かず、声を出す事もままならない。

ただただ横たわりナナシの目を見て、恐怖を感じる事しかできないのだ。



「……お前が降参するのを待っているんだが」


ナナシは周りの人間達から分からない程度に笑っている。

それに気づいているのはメアリーとネザー、そして戦っているディーンだけ。


「騎士の意地ってやつか?その決して諦めない心は尊敬に値するぜ」


ナナシは【魔眼】でディーンを睨んだまま近づいていく。

ディーンは降参も出来ず、動く事もできず、魔力のコントロールもままならないまま、ナナシが目の前に来るのを待つ事しかできない。


ナナシは横たわり白魔法も使えないディーンの腹に蹴りを入れる。


ディーンはゴボッと血を吐き出す。


「頼む、参ったと言ってくれ」


ディーンの前にしゃがみ込み、ディーンの目を【魔眼】で見ながら問い掛ける。



「仕方ない」



そこからはまさに地獄絵図だった。

折れた膝に幾度となく拳を叩き込む。

強化もできない顔面に強化した蹴りをいれる。


肉が裂け、骨が砕けて、悲鳴を上げる事ができても「参った」の一言を言う事ができない。


既にディーンは髪や目だけでなく身体中が赤く染まっていた。

もう血反吐も出ないほど攻撃され、喉を潰され、もう既に【魔眼】は使用していない。


純粋な身体へのダメージで降参が言えないのだ。

既にナナシとディーンの戦いが始まってから2時間が経過していた。


会場に集まっていたギャラリーはほとんどいなくなり、ヘリオはもうやめてくれと膝をついて泣きながら場外から懇願している。


だがナナシは攻撃する事をやめない。

ディーンが本気で自分を殺そうとした時、おそらく自分は殺される事をわかっているから。


緋剣ディーン・ナイトハルトはここで死ぬ。

二度と戦いのできないほどのダメージを身体に与える。

二度と戦いのできないほどの恐怖を精神に与える。


バキッと腕の骨が折れた音が響く。

しかし今度はディーンの悲鳴は響かない。


既にディーンの心は折れていた。

身体のダメージが完治するのはそう難しくない。

優秀な治癒魔法で10日も治療すれば治るだろう。


しかし心はそうはいかない。

心は折るだけではいけない。

折った心は砕いて捨てる。



もう死人と大差ないディーンを目の前にしてナナシは呟いた。


「そろそろ勝った時の条件を決めるとするか」

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