18 白と黒の境界
☆
トカゲ人間たちやその他、獣人と言う連中がキリキリ働いている島の港。
俺はここで営業許可をもらって、食材の調達やラーメンの試供をすることにした。
さすがに四方が海と言う環境なだけあって、魚やその他カニやエビ、貝類なども豊富に手に入る。
残念ながら昆布はここの市場で取引されていない食材のようだが、海に行けばいくらでも手に入る。
漁船の手伝いをする代わりに昆布取のために船に乗せてもらったり、網に偶然かかった昆布を交渉して分けてもらうなどして、俺は昆布を入手することにも成功していた。
入手するなり天日で干し、出汁に使える加工を施す。
もちろん、干す前に煮漬けて食べたりもする。
なんか、この世界に来てやっと全身に力が戻ってきた感覚。
自分が日本人であることを痛感する日々だ。
さっきまで近くにいた猫舌くんには、これから作るラーメンを口コミで告知するために、停泊している船の作業者たちのところに行ってもらった。
そんな時だ。
「あれー、これって海の中に生える雑草じゃネ!? こんなの食べてるとかありえなくなーい?」
ラーメンやそれに使う食材の仕込みをしている俺に、やたらと失礼で文明開化されていない発言を投げかけてくる奴が現れた。
「なんだコノヤロー、俺の昔のダチは釧路で昆布漁やってた男だぞ。元ヤンで怒らせるとコエーんだぞ。車の運転が荒くて三台くらい廃車にしてるようなどうしようもない男だが昆布バカにするとタダじゃ済まされんぞコラ」
全然関係ない返し文句が出てしまった。
まあ、なんだ。昆布をバカにされると日本男児としては黙っていられぬという話だ。
向き直った先にいる失礼な声の主は、女だった。
全身が浅黒く日焼けしたような容貌の、耳の長い女だ。
「キャハハ、なに言ってるか全然わかんねー。つーかあんたなにもんだよ? 白いのでもドワーフでもないみたいだけど」
「あー、ひょっとしてお前はあれか、黒いエルフってやつか」
「だったらなんだヨ。そんなことも知らねーの!?」
ぱっと見、長い耳以外にエルフたちと共通する部分は多くないように思えた。
褐色の肌に、くすんだような灰色の髪。
そしてなにより、エルフたちよりも体型が、その、むちっといい感じに肉がついている。
肌の上からでも分かる細く締まった腹筋や二の腕。
胴体に巻き付けた、サラシのような布製の服から谷間を主張する、はち切れそうな胸。
豊かで安定感のある腰つき。
腰に巻いたスカート状の布に切れ込まれたスリットからは、太ももから足首へ、見事に細くなっていく美しい脚線が覗いていた。
「ほほう、これはなかなか……」
通報されたらアウトな目つきを俺はしていただろうが、異世界なので気にしない。
今まで出会った普通のエルフは男も女も痩せて平淡な体型をしている。
そんな彼らとは大きく違う個性を持った容姿だった。
なにより、ヘソや耳たぶにはピアス式の金属装飾、そして肩口に入れ墨があった。
今まで見てきたエルフやドワーフには、体を傷つける装飾をしている奴は一人もいなかったから、こういう連中もいるんだなと驚いた。
「ちょ、ジロジロ見んなよ! 視姦!? 目つきがやらしいんだけど!! ありえないんだけど!!」
「すまんすまん。よく考えたら欲求不満なんだった。無理のない生理現象だ、大目に見ろ」
ラーメン一筋と言ってはいるが、そこは俺も健康な成人男性である。
「知らねーっての!! 道端でサカってないでそういう店にでも行けよ!」
「いやあ、どうせ高いだろう、そういう店は」
変なところでケチになってしまう性分の俺であった。
あとでその辺のトカゲ男とか猫舌くんに、そういう店の情報を聞いておくだけは聞いておこうかな。
黒いエルフ女は丁々発止で俺と言い合いをしながらも、怒ったり気持ち悪がってその場を離れようとはしていない。
むしろ笑っているようにも見えるな。変な奴だ。
俺が広げている食材が珍しいってのもあるだろうが。
「なにを騒いでいるんだ。船の上でも降りても落ち着きのないやつだ」
戻ってきた元祖エルフ娘(乳がないほう)が、言い合いをしている俺たちに呆れる。
「……ッ!?」
そして、黒エルフ女を見て、言葉を失い硬直した。
「うぇ。なにオジサン、白いのの仲間?」
「こいつは一応、連れだ。あとな、お兄さんって呼べ」
仲間かどうか問われると微妙なところだが、俺はオジサンじゃねえ!
「……」
エルフ娘は悪いものでも食べたような顔つきで、黒エルフ女を睨みつけていた。
☆
「って言うかー」
俺、エルフ娘、黒エルフ女が顔を突き合わせ、沈黙していた。
その空気を破ったのは黒エルフ女だった。
「なんで白いのがこんなところにいるわけェ?」
こいつのしゃべり方、微妙にムカつくな。
浅黒い肌のせいもあるが、一昔前にテレビで取り沙汰されていたガングロギャルとかそういう印象に近い。
俺の学生時代にも黒ギャルたちがいて、クラスの中ではやかましくて気の強い日焼けした女子が覇権を握っていて、男どもは教室の隅で戦々恐々としていて……。
嫌なことを思い出してしまった。忘れよう。
「貴様らの島に立ち入っているわけではないのだから、私たちがどこにいようと貴様らの知ったことではない」
冷たく言い捨てるエルフ娘。
もともと発言がぞんざいな奴だが、いつも以上にトゲがあるように感じた。
相手の目を全く見てないしな。
「じゃあ俺から質問だが、黒いエルフたちは結構この島にも来るのか? 何年か前までトカゲたちとケンカしてたんじゃなかったのか?」
俺はとりあえず疑問に思ったことを聞いてみた。
「んー。それって親の世代の話だしぃ。うちらには関係ないって言うか。この島にはちょくちょく買い物で来るよ。ドワーフが出入りしてるじゃん? だから指輪とかの細工物を買いに来るかな。ドワーフが作らないと、やっぱ銀細工とかでも全然イケてないし」
戦争を知らない子供たちか。
そしてこんなところでもドワーフ製品の評判がいい。
道行くトカゲ人間たちを見ても、特に黒エルフに対して敵愾心を持っている様子はなかった。
周りに構うより、自分たちの仕事で忙しい、と言う感じか。
それならこの島の住民が武器を増産している、それで出稼ぎに来ているドワーフの景気がいいってのは、どういう理由なんだろう。
俺にはわからない異世界なりの理屈があるのかもしれないな。あまり他文化の政治的事情に口をはさむべきではないので黙っていよう。
黒エルフ娘は乳ナシの白い方を睨みつけている。
乳ナシの白い方は巨乳の黒い方を見ようともしない。
なんだか微妙な空気が流れているが、そのおかげで俺は一つの着想を得た。
もちろんラーメンに関することだ。
「そうだ、塩とんこつと富山ブラックだな……」
説明しよう。塩とんこつと言うのは、某有名フランチャイズの看板商品で、全国のコンビニでカップめんとしても大々的に売られている、見た目がまぶしいほどに白いラーメンだ。
すみれが俺の対戦時に作ったものに近く、濃厚な豚骨の旨味と切れのある塩味が見事なコラボを果たした人気のスタイルである。
対して、富山ブラックと言うのは半ば暴力的ともいえるほど醤油の黒さを強烈に打ち出したラーメンだ。
黒さを強調するために黒コショウをどばどばふりかける、あるいは海苔をトッピングする場合もある。そのまま食うにはしょっぱいので、ライスと一緒に食うのがポピュラーな楽しみ方だ。
幸いにも醤油は失われることなく俺の手元にある。
海苔は……板海苔(普段食べている紙のように薄く加工された海苔)を手に入れるのは不可能だろうが、岩場を見れば岩海苔が貼り付いているかもしれない。
「なあ、黒いねーちゃんよ」
「え!? なに?」
俺にいきなり呼びかけられて黒エルフ女が面食らった。
「魚は好きか?」
「まあ、好きだよ。一番好きなのはイカかな? 黒いし」
「……!? なにを言っている。イカは白いだろう」
黒白でエルフ二人の言うことが食い違っていた。
イカを黒いと表現するのは、獲れたての新鮮なイカは肉の部分が限りなく透明に近い。
そのため、体内のスミが透けて黒光りするのを常日頃から見ているからだろう。
逆に、漁獲してから時間が経ったイカは肉の透明度がなくなり、いわゆる普段見慣れたイカの白い肉質に変わる。
表面には多彩な色素を持った薄皮があるが、それを含めた体全体の透明度が下がるのだ。
当然、内臓やスミ袋が透けて見えることはほとんどなくなるから、イカは白い身を持った物だということになる。
海の近くで育っている者とそうでない者の典型的な認識の差異だ。
「白と黒。豚骨としょうゆ、そしてイカ。うむ、これは面白いラーメンが作れるかもしれねえぞ」
女二人が微妙な雰囲気を出しているのを特に気にすることもなく、俺は二種類のラーメンを作り始めた。
「へえ、オジサン、料理のお店ここで開くの?」
「ここで開くと決まったわけじゃねえが、本職は料理人だ。そしてオジサンって呼ぶな」
俺が本格的に調理を始めると、黒いのが興味津々にあれこれ質問してきた。
白い貧乳の方はまたどこかへ見物および散策に行ってしまった。
腹が空けば戻ってくるだろうから特に気にしないことにする。
☆
「おお、結構集めてくれたんだな、助かるぜ」
「他のドワーフたちも手伝ってくれたからね」
猫舌くんが宣伝を終えて帰って来るころに、俺は港町でアピールするためのラーメンを完成させた。
もちろんこれから増える来客に合わせてどんどん作り続けなければいけないが。
「ドワーフさんもこのオジサンの知り合いなの~? 顔広いね!」
黒娘はなにが楽しいのか知らんが陽気でテンションが高い。
時刻はちょうど夕食にふさわしい頃合いだ。
集まってくれたトカゲ男やウサギ女やネズミ、オオカミ、数は少ないが別の黒エルフなど、なにが始まるのかという多少の期待の目でこっちを見てくれているのがわかる。
「あっちの鍋は真っ白いスープが入ってるな。牛乳か豆乳かな」
見物しているトカゲの一人がそんなコメントをくれて少しうれしい。
牛乳も豆乳もどっちも入っていないということは、客の予想を裏切れるわけだからな。
「別の器には真っ黒いスープが入ってますよ。イカスミでしょうか?」
メガネをかけたウサギ人間が興味深そうに覗いてくる。
こいつ、俺が港に来たときに手続きや許可がどうのと口うるさく言ってたやつじゃなかろうか。
店を広げるにあたっての正当な許可は、面倒臭い思いをしながら全部取ったはずなので問題ない。多分。
俺が今回のラーメン作りを自分なりに楽しんでいるのは、一つ特別な理由があった。
二種類のラーメンを作ってはいるが、最終的には二種類ではない、オチのようなものを用意しているからだ。
それを披露したときの、ここにいるみんなの反応が楽しみだな。
もちろん、白だ黒だと険悪な娘っ子二人を含めた、みんなが。
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