第6話 case2 悪役令嬢追放作戦(1)

俺が帝都外世界住人事案対策課、通称『ガイジュウ』に勤めるようになって1週間が経過した。まず、俺の勤務内容は初めに散らかしっぱなしの室内の掃除から始まる。

窓には謎の液体や煤汚れ、床にはどこぞの粘性生物の這った後などが付着しているのでこれらを雑巾やモップで拭き取っていく。

ある程度終わって来た位でピース伍長が出勤し、掃除を手伝ってくれる。

拭き掃除が済めば今度は他の隊員の机の上の整理を行っていく、スレア大尉の机にはやたらファッション誌やらコスメグッズ(そもそも使えるのかあのスライムは?)が、乱雑に散らばっているので雑誌はマガジンラックに戻し、コスメグッズは私物入れにしまう。

犬の机の上は意外と整頓されているが、『聖女』さんとのツーショット写真がさも自慢そうに置いてあるのでさり気なく倒しておく。

眼鏡チビの机の上は触ると危険な香りが漂っているのでスルー。

ピース伍長は俺に絶対に机を触らせないのでいまだに何があそこに封印されているのかは俺には分からない。でも、多分、あそこが一番地雷な気配がする。

室長のデスクには山のような書類が積まれており、これには手が出せないというか、

どんだけ早く出勤しようとカンナギ少佐は既に着席していて、いつも書類とにらめっこしているので触りようもない。

本当に帰ってるんだろうか、あの人?


「おはよーございまーっす」

「おはようございます」


今日もいつも通り一番に出勤したつもりで来たけれど、やっぱり既に少佐が机に向かって座って書類を睨んでいる。

流石にもう慣れてきたので特に気にする事もなくロッカーに掃除用具を取りに行こうとして、少佐が顔を上げてこちらに声をかけてきた。


「そうだタイガ二等兵、今日は貴方もこの後の面会に随行しなさい」

「ふぉっ!? は、はい!?」


いつも必要以上の事を喋らない人なので急に話しかけられて変な声が出た。

というか、面会?

吃驚して早くなってる動悸を抑えつつ、少佐に向き直る。


「面会ですか…?」

「あぁ、詳細は現在調査中の為に断定こそ出来ないが我々の対応事案だと思われる」


という事はこの世界に来て、遂に初めての『世界の理の外』から来た者と相対するのか! やっぱ、バトル展開とかあるのだろうか?

口の中が緊張で乾いていくのを俺は感じた。




「はい、ですから私は500年前のオスグロス帝国貴族の娘だったエリア=バーガンティの生まれ変わりなんです」

「そうですか、良い病院頑張って探してみますね…ヒギィ!?」


応接室の机越しに腰かけたきつめの顔が特徴の女性に俺は出来る限り優しく返事をする、どんな相手にも優しさを忘れてはいけないもんね…


直後にスレア大尉のハリセン状にした腕でぶっ叩かれたが。


「ごめんなさいねぇ、彼ちょっと情緒不安定気味なだけだからお気になさらないでぇ」

「え、えぇ…」

「星が…星が見える…」


首が吹っ飛んだかと思った…硬度どうなってんだよあのスライム…

首をさすりつつ気を取り直して、目の前の女性の情報が書かれた書類を眺める。


ユーリア=バーガンティさん、14歳。

元貴族(ちなみに貴族はもう形式上だけのもので権利とかはないよ)の家系で、現在は商家としてそれなりに成功を収めている上流家庭の長女さん。

家族構成は父、母、彼女とその妹の4人家族。

そんでもってこの人、本人の言う通りに500年前の人物の生まれ変わりらしい。


「『悲劇の令嬢』…ねぇ…」


エリア=バーガンティ、享年21歳。

バーガンティ家の才媛として、その将来を熱望されていたが16歳の頃に突如発狂。

凶行を繰り返した挙句、当時の婚約者を自身の手で殺害した罪で幽閉。

廃嫡されて、そのまま陽の目を見る事はなく、21歳の頃に幽閉先にて病死。

だが、後に当時の婚約者が借金を抱えていてバーガンティ家の財産を狙っていた事が判明し、彼女の凶行も全て婚約者による偽装であった事が発覚。

彼女を信じ切れなかった自身らの浅はかさを悔いたバーガンティ家は彼女の爵位の復権を嘆願し、孤独な戦いを終えた彼女の名誉だけは回復させた。


と、歴史には記されているのだけど。


「実際の所、その辺どうなんです?」


歴史の人物に真相を聞いてみるのって割と前からの夢ではあったんだよね。

当時の本人の気持ちとかその辺。


「大分脚色入ってますね」


彼女曰く、婚約者は明らかに財産目当てなのは見え見えだったのでわざと狂人を演じて破談に導こうとしていたらしく、7偽装じゃなく実際にやった事らしい。多いな、おい!

自分の部屋の壁をハンマーでぶち抜いて部屋を脱出したり、厩舎の馬を盗んで草原を爆走したり、同性の学友を壁ドンして堕としたりとか、わぁアグレッシブお嬢様。

婚約者も業を煮やして強引に手籠めにしようとしてきたから、抵抗したら打ちどころが悪くて事故死。

故意か事故死かの相手側との係争中の為、世間体から逃れる為に一旦廃嫡扱いにされて保養地での謹慎中に流行り病で普通に死んでしまったらしい。

どうやら、その死後に婚約者の悪事の証拠が露見したので無罪だけは勝ち取れたようだけど遅きに失した感は否めない。


「信じてくれなかった恨みとかはあるのかしらぁ?」

「いえ、両親はあの時点での必要な措置は講じてくれていましたので恨みはありません。悔いがあるならば両親よりも早く逝ってしまった事くらいですね」


彼女は差し出された紅茶を口にしながら、懐かしむような表情で話す。

奇行のインパクトを事前にお出しされてるので、年齢に分不相応なその優雅でいて物憂げな雰囲気も台無しなのはハリセンが怖いので言わないでおく。


「それでぇ、貴女が記憶を持ち越して生まれ変わったんだとしたらぁので間違いないのよねぇ?」


そうだった、ガイジュウに持ち込まれる案件は特殊だ。

彼女みたいな『世界の理の外』にいる人物は望むも望まざるも特殊な能力や何らかの環境変化を引き起こしてしまう。

カップを机に置き、彼女は深刻そうな表情を浮かべる。


「はい…今年で8歳になる妹が冷たくなってきているのです…」

「ただの反抗期では? ヒギャー!?」


本日2度目の物理的な衝撃に襲われる。首!?俺の首ついてる!!…付いてた…良かった…


「いや、普通そう思うでしょ!? 叩く事なくないですか!?」


これは正当な主張である、眼光がものすごく怖いけど負けないからな!


「ハァ…でもそれもそうねぇ、ちゃんと説明しておくわねぇ」


スレア大尉の顔に眼鏡が生える、それいる?


「彼女のような『前世持ち』のケースの場合、何故かは知らないけれど、ある日唐突に家族関係が急速に冷え込んでいって最終的には断絶してしまう事が多いわ」

「あ~…」


いつもの甘ったるい口調を止めて女教師じみたキビキビとした口調で説明を始める大尉。やっぱキャラ作ってんじゃねぇか、このスライム。

それはそれとして、確かにそういうの見た事ある気がするなぁ。


「彼女みたいに晩年が不遇だと重篤になりやすいわ。ただ関係が断絶するだけならば申し訳ないけれど不幸だったで終わるのだけれど」

「あぁ、分かった! んですね!」


俺の答えに大尉は頷く。


「えぇ、家族間で彼女を対象とした迫害に繋がるわ」


大尉は真剣な様子で答え、その無情な説明を受けたユーリア嬢は顔を蒼褪めさせる。


「ごめんなさいね、でもこれも私達の説明義務として必ず伝える事になってるから」

「…あっ、本人の前でいう事じゃなかったっすよね…すいません!」


大尉はユーリア嬢に申し訳なさそうな表情で軽く頭を下げる、俺も俺で軽率な発言を彼女に詫びた。


「いえ、大丈夫です。私も前世を自覚してから色々と調べて皆様やこういった事象の末の事も承知していますから…」


14歳とは思えない落ち着いた雰囲気で彼女はそれを制してくる。

今は14歳でも元は21歳だったから精神年齢だけでいうと35歳になるのか?

年上として扱った方がいいのだろうか、非常に悩ましい所である。


「それで…私はどうしたらよいのでしょうか?」


彼女の様子は切実だ。

そりゃ確かにそうだ、前世の記憶があるとはいえ、彼女はただの人でしかも家族の事は愛している。

しかし、その家族の方が彼女を貶めようとし始める事が確定している。


想像すると、とんでもない地獄だな、これ…


「確認するけれど、今の症状が出始めているのは妹さんだけ?」

「えぇと…それと母も最近は妹にかかりきりで冷たくなってきたように感じます」

「それは貴方が思春期なだけで…グワーッ!」


自分のツッコミ属性を呪う、隣に物理ツッコミ属性が居る時にやるもんじゃないぞ!

でも流石に3度目なので大尉のハリセンアタックにも慣れてきた、ちょっと痛気持ちいいまである。軽いトリップ現象的な?


「あ、あの大丈夫なんですか彼…ちょっと目が据わってますけど…」

「気にしないでぇ、多分大丈夫よぉ」

「は…はぁ…」


年下(精神年齢は遥かに上)に心配される俺。


「お父さんは今の所は変わりないのでいいのかしらぁ?」

「あ、は、はい、そうですね。父は以前と変化は見られません」


俺を無視して淡々と聴取は続いていく。

俺はと言えば反省の意味も込めて正座させられているのだけれど。


「進行度も初期の初期だし、これなら対症療法で何とかなるかもしれないわねぇ」


聴取を纏めた大尉はユーリア嬢に穏やかな様子で語りかける。


「ほ、本当ですか!」


大尉の言葉にユーリア嬢の表情も柔らかくなる、顔がきつめだから何とも悪役っぽい印象を受けるけど、普通にいい子なんだろうなぁ。


「えぇ、その為に貴女の他のご親族とかも詳しく説明して貰ってもよろしいかしらぁ?」

「えぇと、それは祖父母や叔父叔母などの親戚の事でしょうか?」

「そうよぉ」


親戚関係とか詳しく調べ上げて何をする気なんだろうか?

俺の疑問をユーリア嬢も感じているらしいが素直に大尉に説明していく。

一通りの説明を受けた大尉は頷くと、


「分かりました、では、今後我々主導で貴女をします」


素っ頓狂な発言を繰り出した。

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