第2話 case1 異世界転生系(2)

俺の名前は田中渡改めタイガ。

人助けの果てに死んだらしい俺は女神様の計らいで彼女の管理する異世界、「コルナハト」に転生した。

女神さまにより、俺だけ加速する事が出来る能力、もう殆ど世界を停滞させるといっていいレベルのその力で軍人に攫われそうになっていたケモ耳少女チャロを助けた。

彼女は俺が異世界から来た人間だと察したらしく、俺を勇者と呼び、自分の住んでる所に案内してくれるといったのだが…


俺は今、ガチムチのケモ耳集団に囲まれております。


「はははは、おいどうした呑まないのか!!」

「アッ、ハイ、未成年デスノデ」


俺の背中を物凄い勢いで叩きながら、木製のジョッキを片手に持ったおっさんが上機嫌で絡んでくる。 悪気はないんだろうなぁ…めっちゃ怖いけど。


「そうかそうか、お前はチャロの恩人だ! 遠慮せずにいってくれ!」


笑いながらそのおっさんは俺から離れていく、体育会系のノリだ。

まぁ、経緯としては単純な話でチャロに案内された洞窟のような場所で待っていたのは明らかに殺気立ったこの数十人の男女を含むケモ耳ガチムチ集団だった訳だけれど、チャロが自分の恩人でしかも俺が『勇者』だと説明すると、集団は一気に打ち解けて宴会を開く流れになった。


そして今に至る。


「あれ、こういうの苦手だった?」

「う~ん、というよりはちょっと落ち着かないというか」


俺の分のジョッキと自分の分のジョッキを机に置き、隣にチャロが座る。

あっ、飲むんですね君は。同じくらいの齢に見えるけど。


「みんな気さくでいい連中だから、そんな畏まんなくていいと思うのに」


チャロは片手を口に当てながら楽しそうに笑う。

チクショウ、可愛いなこの娘は!


「そうは言われても、すぐには慣れないかなぁ」


気を逸らす為にジョッキに手を付けて、覚悟を決めて一気に呷る。

あ、これジュースだわ。変えててくれたのか、気配りが過ぎる…

嫁にしたい。


「ところで、タイガはどんな不思議な事が出来るの?」


机に頬杖をついたチャロが興味津々といった様子で尋ねてくる。

隠しておくかどうか悩んだけど、異世界人ってのはバレてるみたいだし別にいいか。


「簡単に言うと、俺だけ物凄く速く動ける力かな」


というか、こうとしか説明は出来なかったりもする。


「じゃあ、あの時も?」

「うん、チャロ達よりも早く動いて、解いて、逆にあいつらをふんじばった」

「……すごっ」


チャロの俺を見る目が驚愕の眼差しに変化している。

フフフフフ…こういうのも悪くないね。


「何か条件とかはあるの?」

「ん~、ただちょっと意識するだけ、能力を使ったデメリットも今んとこは感じないかな?」


少なくとも、今は自分の身体に調子の乱れなんかは感じられない。

そういえばMPみたいなのもあるのかな?

気になったのでチャロに確認してみる事にした。


「この世界って魔法とか、魔力みたいなのってあるの?」

「タイガの力みたいなの? ある事はあるけど、そっちは一般的ではないかな?」


有るんだ。でも、一般的ではないとは?


「それって選ばれた人しか使えないとか?」

「ううん、そういう訳じゃなくて、能力を使うのが一般的じゃないだけ」

「どゆこと?」


首を傾げる俺にチャロはどう説明したものかと悩んだ様子だったが、立ち上がると宴会する仲間を押し抜けつつ、俺を厨房の方に手招きする。

手招きされた先にあるのは円筒形の1m位の物体に蛇口がついているもの。

傍目には鉄のような物で出来た樽にも見える。


「これにね、力を込めて動かすと…」


チャロがそう言いながら蛇口を捻ると、そこから水が零れ出してくる

…って、これって!?


「ウォーターサーバーじゃん!?」


よく見たら完全にそのまんまである。


「捻る方向と込める力の加減で冷水と温水を切り分けられるよ」

「やっぱウォーターサーバーじゃん!?」

「うん」

「うん、て!?」


想定外の、しかも割とどうでもいい方面での文明の利器が出てきて、思わずのけ反りながら全力でツッコミを入れてしまう俺。

文明は進んでないって言ってたじゃん女神さま!!


「この世界での魔力ってね、基本的には生活を支える為の燃料として使われているの。昔は魔力で火を吹かしたり、風を巻き起こすって研究もあったんだけど、結論として『割に合わない』って事に落ち着いたんだ」


「え、便利そうなのに?」


俺の素朴な疑問にチャロが苦笑いを浮かべる。


「それでわざわざ2~3日寝込むほど体力消耗してたら意味がないでしょ?」

「え、そんなに!? 俺全然体力消耗してる気がしてないけど?」


実際問題、あと何度『加速アクセラレイト』を使っても余裕だと思う。


「うん、そういう特別な人達がタイガみたいな人なんだよ」

「だからチャロは俺の事が異世界人だって一発で分かったのか…」


成程、剣と魔法のファンタジーな世界を想像していたけど、世の中そんなに甘くないらしい。俺は改めて周囲を見渡してみる。

そうやって見回してみると竈らしき場所には薪を添えるような空洞も見当たらないし、ランタンだと思っていた物による灯りも火と油が燃料ではなさそうだった。


「もしかして、これらも全部魔力で動かしてるの?」

「うん、あんまり無駄に消費すると眩暈とか起こすから、うちだとそれぞれ分担して魔力を通して使ってるけどね」

「何というか…エコだなそりゃ」


電気代や水道代はいらないけど、使った分が全部自分に返ってくるならば無駄遣いも出来ないわな。エコではあるけど、使い所は結構難しい。

チャロ達の住処に連れてこられてから感じていた、全体的にスッキリしている空間という印象も燃料に使うものが以外ないとなれば納得でもある。

でも、家具なんかを見てると鉄の加工とかも一応あるが、基本は木材や石材がメインだし、文明という単位で言えば女神さまの言う通りなんだろうか?


「まぁ、結構値が張るから、完全魔力制御の家とかは殆どないけどね」

「あぁ…いきなり世知辛い事情が飛び出した…」

「うん、だから一般家庭だと薪なんかを使う所も多いよ」


便利そうな道具ではあるが、高価であるなら普及率はそれほどでもないんだろうな。

そういう総合値でいうと文明レベルはそんな高くないって事になるのかな?


「ん、あれそうなるとチャロ達って結構お金持ちなの?」

「まぁ、お金は持ってる方かなぁ」


チャロは人差し指を顎に当てて首を傾げる。

凄くあざとい、可愛いなぁもう!


「でもその割に住んでるのはこんな洞窟みたいな場所なんだな?」

「見たいなっていうか、そのまんま洞窟を改造した場所だしね、ここ」

「…それってあの時に言ってた『帝国』と何か関係あんの?」


そうなのだ、彼女らはお金を持っていると言っていたのに、これではまるで隠れ家だ。というよりも本当に隠れ住んでいるんだろう。

俺の質問にチャロの表情は暗くなる。


「…うん、『帝国』はね、わたしたちの歴史を否定してるの。

それでわたしたちの行ってきた慣習を止めさせる為に、あぁやって軍を派遣してるんだ。あの時、タイガが来てくれなければ私も連れてかれてたと思う」

「なんだよそれ…完全に迫害じゃないか」


チャロの暗く沈む表情で見て、俺の中で怒りが渦巻いてくる。

『帝国』って奴らが何でそんな事をしてるのかは分からないが、自分らの都合で誰かを苦しめる事なんて間違ってる。


「ありがとうね、タイガ。 さ、戻ってご飯の続きにしよ?」


そんな俺の感情が顔に出ていたのか、チャロが少し気まずそうに厨房から出ていく。

こっちへの気遣いも出来るとか、本当にいい子なんだなって思いつつ、俺も後に続いた。



「うぷっ、食いすぎた」


俺は自分が案内された個室でベッドに大の字になる。

あの後は宴会に戻りつつ、俺も出された料理や果実のジュースを味わいつつ、チャロ達の部族の事を説明された。

チャロ達『アルガス族』は女神さまの事を信奉し、古来より続く狩猟文化の伝統を維持していこうと考えている部族らしい。

それに対して『帝国』、正確には『オスグロス帝国』というらしいは、その伝統を否定し、自分達の傘下での労働奉仕に従事する様に宣告しているらしい。

結果、『アルガス族』はそれを拒否し、帝国とは徹底抗戦の構えを示した。

しかし、相手はこの大陸での統一国家らしくどんどんと追い詰められてしまい、今に至っている。捕まえられた仲間の数もかなりの数らしい。


女神さまは『魔王は倒す必要はない』と言っていたけど、つまり魔王よりも厄介な存在が居たって事だったのか。


仰向けで天井の淡い灯りを眺めつつ、今の状況を考える。

女神さまはこの世界を自由に楽しんでくれと言っていたけれど、俺に何か出来る事はないだろうか? その為に俺に能力を授けてくれたんじゃないのか?

思考はぐるぐると回転するが、疲労と眠気からか、だんだん靄がかかってきたような感じになる。


「タイガ、起きてる?」


扉をノックされて、意識がそちらに向いた。


「チャロ? あぁ、まだ起きてたよ」


俺が返事を返すとゆっくりと扉が開く、そこには薄い生地の寝間着で立っているチャロの姿。いけない、俺の鎮まれ俺の息子よ。


「あのね、タイガ…わたし、今日のお礼がしたくって」


お礼…

遂に来てしまった、ご褒美タイム…いやまだこの世界の初日ですけど。

そう言いながらもチャロはゆっくりと部屋の中に入ってくる。

あの後、湯浴みでもしたのだろうか、チャロから汗のにおいはせずに花のような香りが、その身体からは漂ってくる。


「そ、それって…」


俺は上体を起こし、生唾を飲み込む。

いわゆる獣人というものらしいチャロの引き締まった身体や綺麗な栗色の髪や、ぴょこんと生えているケモ耳はやはり可愛らしい。

チャロはベッドに手を置いて、顔を俺へと寄せてくる。

柔らかそうな唇が俺へと迫ってくるのを、俺はもうエンジンのごとく高まる心音と緊張で身動き出来ぬ身体で、無抵抗でただただジッと眺めている。

だって経験ないもん!

そうして、そろそろ唇同士が重なろうとしていた時に、


激しい振動が洞窟中を襲った。


「きゃっ!」

「うぉっ!?」


思わずもたれ掛かってきたチャロを支える、何が起きてるんだ?

部屋の外も慌ただしくなっていき、皆が走り回っているのが分かる。


「チャロ、帝国の奴らがここを見つけた! 入り口は封鎖されてる!」


宴会の席にいたおっさんが部屋の中へ駆け込んできて慌ただしく言う。

帝国!? 何て間の悪い! じゃない、攻め込んできてるのか?


「お前はタイガを連れて、ここを離れろ。俺たちで何とか活路を開く!」


おっさんはチャロに外着を渡すと部屋を飛び出していく。


「…着替えたらすぐに逃げる準備をするよ、タイガも覚悟を決めてて」


悲壮な覚悟を決めてチャロは部屋の隅に行く、ちょっと目で追った時に着替えるんだと分かって慌てて視線を外す。


「俺、手伝わなくていいのかな?」


そんな質問を投げかけるが、着替え終わったチャロは首を横に振る。


「ううん、そこまではさせられない。それに、貴方が見つかると大変な事になる」


それって、帝国は俺みたいな異世界転生者を探してるって事だろうか?

実際、特殊な力を持ってる人材だったら欲しがるのは当然な事だ。

そういうのの最終的な定番って、人体実験とか奴隷だよな…

俺はそんな自分を想像して身震いする。

少なくとも、今はそんな境遇には陥りたくない。


そんな風に勝手に想像して怯える俺をチャロは抱きしめてくれた。


「大丈夫、あなたはわたしを信じていて」


チャロの身体の温かさと花の香りで気分が落ち着いてくる。


「…わかったよ、俺は君を信じる」


その為にも、まずはこの状況から脱出しなければいけない。



…………………………


時間は遡る。

タイガとチャロが出会った場所に5人の軍服を着た男女とタイガに縛られていた二人組が居る。


「報告をお願いします」


先頭に立つ白髪の痩せた男がタイガに拘束されていた二人に報告を求める。


「はい、何分一瞬の事でしたが!」


そう言って、一人が白髪の男に状況を説明していき、それを受けた男は軽くため息をつく。


「まず間違いないだろうな、それは」


報告を受けた男は、そう断言する。


「そうなると、やはり…」


白髪の男は軽く頷き、背後の4人に軽く目配せする。

その内の一人の屈強な男が歩み出て、おもむろに軍服を脱ぎ始める。


「相変わらず、見た目的には最悪な絵面よねぇ」


その様子を眺めている青い肌の女がくすくすと笑う。


「うるさい、こうせんと破れてしまうのだからしょうがないだろうが!」


その挑発を向けられた方の男は怒鳴り返しつつも、几帳面に軍服を畳んでいく。


「あ、あの、二人とも…他の方も見てますから」


二人のやり取りを少年にも少女にも見える見た目の小さな子供が止め、


「無駄よ無駄、いつもの事ネ」


そんな様子を我関せずといった感じで眼鏡の少女は手元の機械を弄っている。

二人組はそんなバラバラな様子に何とも言えない表情を浮かべる事になっているのだが。


「始めてくれ」


白髪の男が一言だけ告げる。

それが合図となり、半裸になった男の様子が変化していく。

全身の肌から無数の毛がざわつきながら生え始め、

骨格が人から別なモノへと変異していく。

四肢からは強靭な爪が伸び、全身は銀毛で覆われ、その顔は人ではなく獣のもの。


それは一匹の巨大な狼だった。


「オォォォォォン!」


銀狼が吠え声をあげる。


「うるさ」

「あの、近所迷惑になりますので」

「別にやる必要ないのに毎回ご苦労様ヨ」


それを3人の男女は様々な角度から窘める。


「いきなり、こっちの気分折ってくるのやめろよお前ら…」


銀狼はいきなり3人から責められてシュンとしているが、

コン、と白髪の男が持っていた軍刀の鞘で地面を突く。


「おっと、すまない大将! フム…」


銀狼は鼻を鳴らし、周囲を嗅ぎ始める。

すぐにピタリと動きを止めて視線をタイガ達が向かった方に定めた。


「向こうの方に移動していったようだな、まだ探索は間に合いそうだぜ?」

「了解だ、では周辺部隊にも連絡して合同で作戦に入る」


白髪の男が他の3人にも指示を送り、銀狼にも追跡調査の続行を指示する。


「それでは、我々はこれで」


白髪の男が二人に軽く会釈をして、他の面子を率いて移動していく。

残された二人は集団が去っていった方向を眺めながら呟く。


「すげぇなぁ、あれが帝都のブラック部隊と言われてる奴らだろ?」

「…あぁ、だ」


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