ガイジュウ 〜帝都外世界住人事案対策課〜

@akinu2

第1話 case1 異世界転生系(1)

俺の名前は田中タナカ ワタル。何の変哲もない高校1年生

あの日もいつも通りの通学路を友達と他愛もない話をしながら歩いていた時、

目の前で赤信号の横断歩道から飛び出していこうとしている幼児の姿が目に入った。

その子は多分、向かい側にいる母親らしき人の事しか目に入っていない様子で

すぐ傍まで迫ってきている自動車には気が付いていない様子だった。


「危ない!」


言うが早いか、俺はその時にはもう飛び出していた。

響き渡るブレーキ音。フロントガラス越しに驚愕の表情を浮かべる運転手の顔。

我が子に向かって飛び出していく母親の姿。俺に突き飛ばされて驚いている幼児。

これらが自分でも驚くほどゆっくりとした速度で観測できる不思議な感覚。


次の瞬間には全身に響き渡る衝撃と、自分の身体から軋みを挙げて不気味な音が連鎖して鳴っていくのが全身を伝わっていく。


(あぁ、これは…駄目だな)


自身から明らかに鳴ってはいけない音が鳴るのを体感して、諦観の境地に至る。

吹き飛ばされて路面を転がる身体が何かにぶつかって止まる。

ざわつく周囲の雑音とこちらに駆け寄ろうとする友人達の声を耳に入れながら、

俺は母親に抱えられながら突然の恐怖で泣いてる幼児の姿を確認して、

それ以上は目を開ける事が出来ずに瞼を閉じた。


そして気づく。

見知らぬ光景の中に自分が居る事に。


「ここは…?」


周囲を見渡す。どこまでも広がっている暗い空間の中に、浮かぶように様々な光景がディスプレイのように無数に映し出されている。

それは何処かの草原だったり、人々が行きかう街の風景だったり、見も知らぬ誰かの姿だったり、果ては見た事もないような異様な生物だったりする。


『ようこそいらっしゃいました、勇気ある人よ』


空間全体に声が響く。

それはとても穏やかで慈愛に満ちたとでもいえばいいのか、

兎に角聞いていて心が落ち着く声。

異様な光景に圧倒されていた俺も自然とその声に耳を傾けようと思わされる。

そして、声に続いて目の前が輝きだし、溢れる光の中から女性が歩み出てくる。

波のように流れるような金色の髪、吸い込まれるような青い瞳、薄い桃色の唇、

まるで人形のようなきめ細やかな白い肌、男性の理想を体現したかのようなボディライン。正直、物凄く好みのタイプの美人が目の前に現れた。


『私はメイヴェ。貴方とは異なる世界の神です』


自身を神と名乗る女性は俺に対して穏やかな表情で話しかけてくる。

あぁ、つまりこれは…

となると、彼女が次に告げる言葉は多分。


『貴方の勇気ある行動に私は感銘を受けました。

 ですから消えゆく貴方の魂を私の世界で受け入れましょう』


やっぱり、そういう事だった。

ありがとうテンプレ展開。


「あ、それって一からやり直す感じですか? それとも今の身体で?」


『受け入れが早いのですね?』


「流行りですからね」というのは心の内にしまう。いや、もう流行りでもなくなってきたな? まぁいいか。


『貴方の望む方でよろしいですよ』


俺の心の内をどう捉えているのかは目の前の女神様からは掴み切れないが、取り敢えず答えは決めている。


「今の姿のままでお願いします」


だって、まだ、その色々経験ないし、そこまで自分の顔が悪いとも思ってないし、中の中くらいはある筈。いけない、ちょっと哀しくなってきた。

今からでも言い直すか?


『分かりました、では今の姿のままで受け入れましょう』


迷っている間に締め切り、優柔不断の哀しい性。いや、男に二言はない!

ということにしておかないと結構やっちゃった感が拭えないし。


『さて、貴方を私の世界に送る前に一つだけ贈り物を授けましょう』


お、来ましたね?

お待ちかねのチートのコーナー。


『貴方が体験した全てがゆっくりと流れていたような感覚を自由に起こせる能力、そして貴方だけがその空間の中で自在に適応でする事が出来る力です。

 そうですね…『加速アクセラレイト』とでも呼びましょうか』


「つまり、俺以外が全部スローモーションになるって事っすか? …ゔっ!」


女神の説明を聞いていて、あの時の体験を思い出す。だが、それは同時に、

あの時の全身の骨が砕ける音と鈍い痛みがゆっくりと全身を伝うような感覚を思い出させて一瞬猛烈な吐き気に襲われる。


『あぁ、申し訳ありません。不遠慮が過ぎましたね、貴方にとっては先程の出来事でしたのに思い出させるような説明をするのは…』


女神が俺に対して目を伏せて表情を暗くする。


「…いえ、大丈夫っす。それはどういう風に使う感じですか?」


口元を抑え、若干青ざめているだろうけど心配をかけさせないように自分に今できる精いっぱいの笑顔を浮かべつつ、女神に能力の使い方の説明をお願いする。


『ただ強く意識して『加速アクセラレイト』と唱えるだけで大丈夫ですよ、始めは短い時間でしょうが、慣れていくにつれて能力も鍛えられていくでしょう』


「成程、簡単なのは有り難いっすね。あともう一つ」


『どうぞ』


「女神さまの世界ってどんな感じですか?」


やっぱりこんな能力くれるくらいだし、剣と魔法の世界を想像する。

あんまり原始的な世界だったらどうしようかとちょっと怖くなる。


『文明でいえば貴方の世界でいうと中世や江戸時代と呼ばれていた時代に留めてますね。貴方達と似た姿の人族と呼べる種族以外にも様々な人型種族が混在しています。

 また、他生命に害を為す獣が存在します、これらを私の世界では害獣と呼びます』


概ね予想通りの世界が女神様から語られる。ただちょっと腑に落ちない点もあるが、

俺と女神さまの認識の違いなのかもしれないので黙っておく。


「大体分かりました。それで、俺はその世界で何すればいいんすか?

 魔王を倒すとか? それとも、その害獣を駆逐するとか?」


『魔王は存在しますが倒す必要はありません。害獣もまた生態系の一部なので駆逐するのは以ての外です』


「は? じゃあ、何すればいいんすか?」


「自由に私の世界を楽しんでください』


女神様は穏やかな笑みで俺にそう告げる。

その顔があまりにも素敵過ぎて何かの映画を見てるような気持になりつつ、俺は気恥ずかしさから頬を掻く。


「…まぁ、分かりました。じゃあ、女神さまの作った世界を楽しませて貰いますね」


『えぇ、そうして頂けると私も嬉しいです』


女神様が何もない空間に手をかざすとそこに扉が出現する。


『この扉の先が私の世界、『コルナハト』へと繋がっております』


ごくりと生唾を飲み込む。

この扉を潜れば俺はチート能力で無双しつつ、色んな女の子とキャッキャウフフを楽しめる(予定)の世界が広がっているのか…


「じゃあ、行ってきます!」


扉に手をかけて押し開けていく。

女神様は俺を変わらずに優しげな微笑みで見送ってくれている。

扉の先から光が溢れ出し、俺の身体は半分はもうその光の中に飲まれていく。

さぁ、どんな冒険が俺を待っているのか!


『くれぐれもにはお気をつけて』


「え?」


背後で女神様が奇妙な事を言った気がして振り返る。

しかし、そこに広がっていたのはあの奇妙な空間ではなく広大な草原だった。


「ここが…」


その光景に息を呑む。以前、テレビで見た事がある外国の牧草地の風景に似ている。

ぽかぽかと暖かな気候と涼やかな風が頬を撫でる。


「マジか…これで地方の田舎でしたとかいうオチじゃないよな?」


割と宮城とかだと普通にこういうド田舎の風景あるからな(主観)。

だが、そんな俺の最悪の予想を覆すように頭上を大きさでいえば1m位はありそうな

鳥のような見た目なのに首が2本ついた奇妙な生物が飛びさっていく。


「マーーージーーーだーーーー!!」


これはもう完全に異世界である。俺の突然の雄叫びに驚いた野兎のような生物が慌てて逃げていく。


「はぁ~…やったぜ、俺にもチャンスが訪れた」


ぶっちゃけ、前の世界じゃただの一般高校生である。成績も運動神経も並。

顔は以下省略。だが、お約束であるならば俺はこの世界でならば…!

思わず無限に伸びていきそうな鼻の下を手で押さえつつ、周辺を見回す。

少し先に舗装されてそうな道を見つけたので、この先に沿って行けば町か村は見つけれるかもしれない。

それと自分の装備を確認する。

あの空間に居た時は考えていなかったが、今の自分は轢かれる前の服装。

つまりは学生服を着ている。幸い、血などの汚れや解れは見当たらない、むしろ新品同然の状態になっている。女神様の計らいだろうか?

しかし、ポケットなどを探るも財布やスマホが見当たらない。

つまり、今の自分は完全に手ぶらの状態という訳である。

無論、携帯食料も水もない。


「これ、いきなりハードモードや過ぎませんか女神さま?」


あの穏やかな笑みからは考えられない鬼の所業に一気に気分が落ち込んでいく。

もしかして、脳筋を司る女神様だったのかもしれない。

あのスタイルの維持は大分鍛えてそうだし、そもそも女神がスタイル維持の為に鍛える必要があるのかは謎だが。

取り敢えずは人のいる場所を探そうと思って草原から舗装された道の方へと足を進めていくと、


「離してっ!!」


その道の先から女性と思しき悲鳴が聞こえてくる。

待ってました、第一遭遇イベントだ!

万感の期待を込めて俺は走り出した。


「離せ、離してっ!」


俺の目に映ったのは栗色の髪にぴょこんと立つ犬のような耳が特徴的な少女が二人の軍人?のような衣装の男達に両腕を掴まれて拘束されている光景。


「大人しくしろっ!」


二人組は少女に対して縄のようなもので縛り付けようとしている。

ハイ、来ましたこれはもう決定的ですね。

奴隷少女救出イベントだ!

獣耳の少女がこちらに先に気づいたようで俺に顔を向ける。

それにつられる形で二人組もこちらへと顔を向けた。


「ん…誰だ君は?」


二人組の内の一人が俺に声をかけてくる。

まぁ、こういう時の相手の口上は決まってるので一々相手にする気もない。

それよりも今はあのケモ耳少女だ!


「待ってろ、今助けてやるから!」

「は? 何を言ってるん」


相手が何かを言い切る前に、俺は女神様に教わった事を思い出す。

普通に2対1でやったら俺なんかには勝ち目はないだろう。

けれど、俺にはこの女神様から授かったチートスキルがあるのだから!


加速アクセラレイト!!」


コツがよく分からなかったので取り敢えず思いっきり全身の力を込めて叫ぶ。

その瞬間、自分でもハッキリと認識できる程に変化が訪れる。

風にそよぐ草花や、周囲を駆ける虫や小動物、そして目の前の3人の動きが殆ど停止しているのに近いくらいの速度で動いているのが分かる。


「成程、こりゃ便利だわ」


俺はその超遅延空間の中を一人だけ自由に3人に向かって歩んでいく。

取り敢えず、先ずは少女を縛ろうとしてる縄をこっちで勝手に解き、

男二人を逆に縄で縛りあげていく。

その際に少女を掴む腕を強引に引きはがそうとして、

明らかに鍛えているであろう男の指をあっさりと引き剥がせた事で、

自分の腕力も以前よりも遥かに高くなっている事に気づく。

女神様は何も言っていなかったけれど、

たぶん高ステータスに俺を改変してくれていたようだ。

ステータスウィンドウとかないのかなと思ったけど、

それは残念ながら分からなかった。

多分、そういう目に見える指標のようなものはないみたいだ。

まぁ、現実でステータスウィンドウとか見えたら怖いしな、うん。

知力とか魅力とか凄く見たくないです。

そんな事を考えていると全身をぐっと引っ張られるような感覚が伝わってくる。

どうやら能力の限界時間が近いらしい。

現実での数秒を俺は大体数分ぐらいの体感で今は動けるみたいだな。

慣れればもっと長くなるとの事なので、余裕がある時に練習を重ねるのもありだなぁと考えているとケモ耳少女は急な支えをなくして前のめりに倒れそうになり、

男二人は理解も及ばないほど一瞬で縛り上げられて路上に倒れこんでいる。

俺はといえば倒れそうなケモ耳少女をさり気なく支えている、我ながら限りなく紳士。ついでに少女の柔らかな体の感覚が伝わって…いや、結構鍛えてますね彼女…

割と引き締まった筋肉の感触しかしませんわ。

それでこの体型保ってんのか。

女神さまといい、この子といい、この世界の女子は努力値高いのかもしれないとそんな事を勝手に考えている。


「「「えっ?」」」


三者が同時に同じ声を出す、綺麗にハモってた。凄い。


「な、何だこれ…? まさか…!」


縛られている内の片方が自分の置かれた状況に驚きつつも何か心当たりがあるような反応をしている。解説フラグ立つやつだろうか?

おっさんにしたり顔で解説されてもなにも嬉しくはないのだが…

そんなくだらない事を足元でくねくねしてるおっさんを眺めながら考えていると


「こっち!」


ケモ耳少女が俺の手を取り、勢いよく引いてくる。


「うぉ!?」

「急いで、ここから早く離れないとあいつらの援軍が来ちゃう!」


少女は焦った様子でとにかくこの場を離れたい様子。

まぁ、確かに援軍とか来られると俺の能力でも結構きつそう、武器もないし。


「お、おい、待つんだ! 君はガイ―」

「早く!」


二人組が何か言いかけているが、少女の勢いが思ったよりも強くて、引っ張られる形で一緒に走り出してしまう。

後方では何かを叫ぶ二人の声、「ガイ」まで聞こえたけど…もしかして「ガイジュウ」って事? あれ、でも女神様はもっと動物的なニュアンスで言ってるように聞こえたけど? あれ、それを俺に対して言うのって…?

意味が分からずに困惑する。

女神さまの意図が分からない、もしかして俺はデスゲームに騙されて放り込まれたのか? だったとしたら上げて落とすまでの速度が速すぎるでしょ。

でも、「お気をつけて」って言ってたよね?

そんな風に思考を巡らせている内に俺とケモ耳少女は草原の中に二人きりで立っていた。周辺には人の気配もない様子。

少女は俺と繋いでいた手を放し、しばらくは肩で息をしていたが、落ち着いてきたのか大きく息を吸い込んで呼吸を整えている。

そして改めて俺の方へと向き直って俺を見つめてくる。

俺の身長は170㎝で日本人としては平均的な高さだけど、目の前の子は大体160㎝位なので形としては下から覗き込まれるような体になっている。

それに、じっと見られているとこのケモ耳少女がかなりの美少女だと分かる。


ゔっ、可愛い! クラス一の美女と言われてた藤原さんが、俺の中で知り合いの美人度ランク急速落下していくレベルであざとさがある。

さっきまでの色々の意味は分からないけれど、ありがとう女神さま。出会いに感謝…


「あなた、もしかして『勇者様』?」

「えっ?」


ケモ耳少女が不意にそんな風に俺に尋ねてくる。

『勇者』…う~ん、異世界転生してくるのって大概そういう感じだよな、そういってもいいのかな? というか、今更だけど言葉普通に通じるんだな。女神さまの力か?


「君の言う『勇者』がどういうのか分からないけれど、少し変わった事が出来るって意味ならそうかな?」

「さっきの気づいたら、入れ替わってたのとか?」

「そう、実際は入れ替えたわけじゃないけどね」


超高速で縄を解いて縛っただけです、めっちゃ物理。

まぁ、説明すると後々面倒そうなので答えられる範囲に留めておこうと思った。


「凄い…私あなたみたいな人、初めて見た…」


ん? 今なんかリアクション変じゃなかった?

何が変なのかを考えようとしてる所で


「わたし、チャロっていうの。あなたは?」


少女が俺に瞳を輝かさんばかりの勢いでぐっと顔を寄せてくる。

近い、そして美少女のいい匂いがする…と思ったけど割と汗のにおいがした。

まぁ、走ったしね。でも俺はそっちも平気な方なので問題なかった。


「俺は…タ」

「タ?」


本名を言おうとしてふと思う。

田中 渡って平凡すぎでは?全国の田中さんごめんなさいでも俺止められない。

しかし、すでにタと言ってしまっている。

タから続けられる格好いい苗字?なんだ?

タイガー?タイタン?リングネームかな?

いや、タイガーを伸ばさなければ、いい感じか?


「俺は、うん、タイガだ」


そして両親もごめんなさい。貴方達の息子は女子に格好つけたくて、それっぽい名前に改名しました。結婚を前提にお付き合いを目指すので許してください。

息子は異世界でケモ耳少女と幸せな夫婦になります(未定)。


「タイガね、よろしくね!」

「あぁ、よろしく!」


チャロが差し出した手をこちらからも握り返す。

握手の文化ってこっちでもあるんだね。

自分の手汗がドバドバ出てないか不安になる16歳の俺。


「それで、君は何であいつらに捕まりそうになってたの?」

「…あいつらは帝国の軍人よ」

「帝国?」


ハイ、いきなりヤバそうな単語が出てきました。

定番だよね、帝国。ラスボスといえば帝国って感じで。


「何、変な顔して? あぁ、でもそっか『勇者』だから…」


チャロは俺の返答に不思議そうな顔をしたが、すぐに片眉だけ上げて何か考える。

そして、


「この世界の事、まだ何も知らないんでしょ?」


意外にも俺にクリーンヒットする問題をいきなりぶつけてきた。


「……マジで分かっちゃうの、そういうの?」


あまりにもダイレクトアタック過ぎて咄嗟の返しも思いつかなかった。


「えぇ、聞いていた通りですもの」


チャロは特に気にしている様子もなくあっさりと答える。

この世界での言い伝えみたいなのがあるのか?

俺の困り顔を彼女は眺めながら、不意に俺の両手を握ってくる。


「何も分からないとこれからの事も困るでしょ?

 わたしの住んでる所に案内するからついてきて」

「え、じゃあ、ご厄介になろうかな…」


実際、彼女の言う通りで今後の方針も何も決められてなかったし、それにこんな可愛い子のアプローチに応えない訳にはいかないよなぁ。これはもう義務だと思う。


「うん! ここからだとちょっと歩くけどそこは安全だから!」


俺の返事に彼女の表情が一気に明るくなる。

笑顔が眩しい、何これ無理。異世界レベルたけーなー。

ここにきてからずっとこんな調子で俺の輝かしき第一歩は踏み出された。



…………………………


何処かの部屋の中、机で書類を整理していた男は鳴り響く電話のような

機械の受話器を取る。


「はい、こちら帝都――――対策課ですが」


電話口の先の報告を受けて、男の顔に微かな変化が現れる。

この部屋の中には男の他に複数人の男女の姿が見られるが、

彼・彼女らはその変化を見逃さない。

受話器を置いた男から軽いため息が漏れる。


「案件の発生だ。まだ初期だと思われる」


両目の下に深い隈を作り、白髪を後方に固めたどこか病人めいた雰囲気を持つ男が不機嫌そうな様子で部屋の中の他の面子に声をかける。


「今月に入ってからはまだなかったのにねぇ」

「仕方がないじゃないですか、これも仕事ですよ!」

「ヌハハハハハ! 残念ながら室長殿はそうも思っていないようだがな!」

「でも、書類整理してるよりは外に出たかったから丁度良かったのネ!」


多様な反応を見せる彼・彼女らを男は軽く咳ばらいをして睨みつける。

それだけで、他の4人はすぐに静かになる。

それを確認すると男は厳かに次の言葉を告げる。


「では、出動する」

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