第20話 告白、ふたつ

 授業の間、少し真面目に考えてみる。


 天城の言った通り、もしも完全に初対面の相手から告白されたとして。それに俺はどんな理由から「彼女」を受け入れるのか、あるいは拒絶するのか。


 見た目? 性格? 雰囲気? 女だったら誰でもいい?


 どれひとつとっても絶対と言えるものなどあるはずがない。漠然とした「理想」はあれどそれに合致する相手が現れたとして、即決できるかと言われるとまるで自信がなかった。

 つまりは俺自身の臆病さ、優柔不断さがある。


 今までろくにそんな経験などなかったのだからここまで考え込むのも無理からぬとわかってほしい。彼氏彼女をとっかえひっかえしてるリア充なんてのはいったいどう生きてるんだ。


 ところが時間を経れば経るほどそれ以上に思考の大部分を占有するようになってきたのは、本来この話に関係ないはずのうちの三姉妹のこと。

 昨日あんなことがあってそれどころではないという不謹慎さに似た感情が、あるいは断るかバックレるかするべきだと囁き始まる。


 仮にその声に従ったとして、それでこれから姉ちゃんたちとの間に抱えた問題をどう解決するかなど何の考えもなかったんだけど。


「ああ……もう時間か……」


 気付けばもう放課後。来てほしかったような来てほしくなかったような時間。


 ホームルームが終わるや瞬く間喧騒に包まれる教室。鞄を手に取り席を立つ。すでに足が重い。


「ねえ」


 とうとう一日中何か考え込んでいるようだった天城。その席の前を通り過ぎようとしたところで呼び止められる。


「な、何だよ。止めても無駄だぞ」


「止めないけど、その前に話があるの」


「話?」


「二人だけで」


 そこまで言うや天城もまた席から立つ。鞄も持たず前に出ると俺の右腕を掴んで教室の外へと引っ張っていく。


「おいおいおい何だよ! 引っ張るなって!」


「黙ってついてきて」


「痛いわかった痛いから痛い痛いっ!」


 今朝の取り乱しようはどこへやら、奇妙なほど落ち着いた天城にずんずん引きずっていかれる。抵抗しても痛くされるだけなのとそもそも振りほどけそうにないくらい強い力だったため、すぐに素直に従った方が賢明だと踏んだ。


 廊下に出、すれ違う生徒たちから向けられる好奇の目の数々を抜けて、俺は特別棟にある空き教室まで引っ張ってこられる。どこの授業や部活でも使われていないらしく、積まれた椅子と埃臭さがあるばかり。


「何だよ話って。あんまり長く時間取らせるようなことは……」


 ようやく俺の腕を離した天城は、教室へ入った勢いそのままに俺から数歩距離を開けた。だが背を向けたきり振り替えることなく、俺の問いに返事もよこさない。


 もっとも俺とて内心ではこの優柔不断に流されるままな時間がもっと続いてもいいとも思っていた。こいつの話とやらに付き合わされる間はとりあえず手紙の送り主との対面を遅らせられる。


 あと五分、あと五分とずるずる布団から抜けられなくなる朝のような後ろめたさと先のない現実逃避と言えたか。


 あるいはぬるま湯のようなもの。


 俺と天城の関係にしたって、昨日の出来事を思えばなおのこと彼女は俺の「日常」の象徴とも言える存在なのかもしれない。


 毎朝、学校で顔を合わせるたび減らず口を叩き合って。たまに行き過ぎてどつかれたりもするけど。でも本当に困った時は助けてくれる程度には互いに信頼も築けている、つもり。


 つまり俺にとって天城は友人のはずだったし、彼女にとってもまた俺はそういうポジションにあるものだと思っていた。


 ……前置きが長くなったけど。やがて振り向いた彼女は俺が並べた御託の数々をまとめて吹き飛ばす一言を放ってきたのだった。


「……あんた、私と付き合ってくれない?」


 放課後に浮かれる教室棟の喧騒も届かない静けさをもってしても、一度聞いただけではその真意を俺は理解しきれなかった。


「え……え? え? えぇ⁉ なななな何て⁉ 今なんつった⁉」


「ふざけるなバカ二度と言わないこんなこと。ていうか絶対聞こえたでしょ」


「いやもしかしたら聞き間違いかもしれないしそのあの……!」


「はぁ……ほんと反応が思ってた通りっていうか子供だなぁ」


 そんなこと言われても。

 だって一日に二回も告白されるなんて。一生にもう二度とないかもしれない。というかあるはずがない。


 それも、それも……相手は天城だ。天城だからこそ。


「かか、確認しとくけどその『付き合う』ってのは買い物とか何かの手伝いって意味じゃなくて……」


「わざわざここまで連れ出してまで言うと思う?」


「じ、じゃあその、やっぱり……でもなんで、なんで俺に!? それもこのタイミングで……」


「なんでって言われても、それはむしろあんただからというか」


「あっあっあっ」


 どうして真顔でそんなことが言えるんだ。こそばゆさのあまり聞いてるこっちの顔から火が出そうだ。


「それに、あんたはこれからあの手紙を書いたやつのところにいくわけだし。最終的にあんたがどんな選択をしようとそれを止める権利はないけど、もしもってこともあるわけだから」


「もしも?」


「あんたがそいつと付き合うことになるかもしれないってこと」


 とても告白しているとは思えない毅然とした面持ちで、彼女はこうすっぱりと言ってのけた。


「言わないで後悔するより、言ってから後悔する方がずっとマシ。今この場で答えを出してとは言わないから、あんたには選択してほしい。どっちを取るのか、どっちとも取らないのか」


「ど、どっちを……なんて……」


「もしかして選ぶまでもない? 私と付き合うなんてあり得ない?」


「そ、そんなわけないよ! あっ……」


 つい口をついて出てしまう。はっきりと彼女の告白を肯定したわけではないけど、しかし認めたともとれる発言をしてしまったと気づいた瞬間、顔中が充血のあまり爆発しそうだった。


「ふーん。ならよかった」


 天城がこちらに向かってきたので思わず身構えてしまったが、彼女はそう短く呟いただけで俺の横をすれ違って行った。


「こういうの長々と待たせる男は最低だと思うけど、でも私は待つから。あんたが納得のいく答えを出すまで。たまに催促はするかもしれないけどね。じゃ」


 告白ってあんなに平静を保ってできるものなのだろうか、あるいは演劇部の鍛錬の賜物か。何でもないようにそう言い残して、彼女は教室から出て行った。


 今朝の手紙のことさえ忘れかかるほどの衝撃を受けて、俺はしばらく一人で立ち尽くすほかなかった。



   *



 それでも呼び出しの場所には向かった。


 けれど頭の中は天城の言葉だけに占められており、これから向かう顔の見えない「彼女」のことに思いを巡らす余裕などあるはずもなかった。


 とにかく、会ってみよう。場合によっては相手にも事情を話して待ってもらうことになるかもしれない。いよいよ自分の優柔不断さに嫌気がさす。天城でなくとも最低と言われようが反論できそうにない。


 時刻は十六時にかかる頃。呼び出し場所は体育館裏だったが、部活の真っ最中らしい生徒たちの声やボールの弾む音などがすぐ傍から聞こえてくる。

 一応、体育館の中からこの場所は見えないようになっていたし、よほど大声でも上げない限りは何をしゃべっているかも聞こえまい。むしろ中の喧騒のおかげでほとんどかき消されてしまうように思う。

 だがこの際どこで告白されようと、ほかの誰に見られようと、これから迫られる選択の前には些末な問題に過ぎない。


 会う前からどれだけ悩んだところで何も進まない。緊張と混乱が行き過ぎて鉛が詰まったように重い足を引きずりながらも、体育館の裏手にたどり着いた。


「あ……」


 遠目からでも、一人ぽつんと立っていた生徒が俺の姿を見とめたことに気づく。動きはしないが、その場でじっと俺のことを見据えてくる。


 あの人が。


 逃げるわけにもいかない、一歩一歩近づいていく。徐々にその顔つきが明らかとなる。やはり面識はなかった。ネクタイの色を見るに三年生らしい(うちの学校は学年ごとにネクタイの色が違う)のでなおのこと。帰宅部の身としては上級生との絡みなど皆無だったから。


「あれ……?」


 ところが、次第に違和感が勝ってきた。


 それは相手が誰だかわからないこと以上に、そこにいるのがどう見ても男子生徒の姿だったことによる。


 ……場所間違えた? たまたまここにいただけで違う人? それとも? あるいは?


「き、急に呼び出したりしてごめん! 一年生の豊四季さんだよね!」


 五メートルほどの距離まで来て、ようやく向こうが口を開いた。緊張に強張った声だったが、それでも穏やかさと爽やかさを窺わせる音色だった。

 顔つきは普通にイケてる方に分類できるだろう、悪く言うとやや線の細い優男。背も高いし女子からもそれなりにモテるんじゃなかろうか。


「あ、はい……そうですけど……」


 一応返事はしたが。

 とても、とてもとてもすごく嫌な予感。


「僕、三年D組の今西いまにし。知らないよね、話すのこれが初めてだし……」


 さっきの天城とは対照的に、すでに今西先輩は顔を真っ赤にして、目をトライアスロンのごとく泳がせまくって、それでも懸命に先の言葉を絞り出そうとしている。


 たぶん、答えは二つに一つ。どっち転んでも俺にとっては不幸な未来しか見えない。


「いきなりこんなこと言って本当にごめん。僕もこんなの初めてで……でも入学式で君の姿を見て、今日までずっと君のことばかり考えてて……だ、だから……」


「えーっと……」


「ぼ、ぼ、ぼぼぼ僕とっ! 付き合ってくださいっ!」


「あの……先輩」


 自分でもビックリするぐらい冷たい声が出ていた。


「一つ確認しときますけど、先輩って……その、ホモなんすか?」


「……え? え? ど、どうして……?」


 あー、そっちね。


「俺、男なんすけど」


 そう伝えられた瞬間の今西先輩の顔といったら。当事者でなければ一生物笑いの種にできたのだろうけど、ホモに言い寄られたとというのでもなかったことが幸か不幸かわからないけど。

 紅潮していた肌がみるみる青白くなって、金魚みたいに口をぱくぱくさせるだけとなる今西。とどめを刺すつもりじゃないけど、俺は言うべきことを言った。


「こんなナリしてますけど、俺れっきとした男なんで。ていうか男子の制服着てるのに」


「そ、そんな……そんなまさか……だってこんなに可愛い子が男子のはず……」


 はいクソー。もう敬語とか使わねー。


「目ん玉腐ってんじゃねえの? ワケあって男装してるとでも思ったの? それとも信じられないなら確かめる? ホモじゃないなら●ンコ見せても襲われないよな」


「あ……う、嘘……嘘だ……僕の、僕の初恋は……」


 もはや哀れにさえなってきた。たぶん悪い人じゃないと思うんだけど、さすがに朝からあんな気持ちにさせといてこのオチなわけだから、俺がこうまで悪態をつくのも察してほしい。

 もう何もかもにうんざりして、すでに俺は踵を返しかけながら言った。


「もう帰っていい?」


「じゃあ……じゃあ僕は男を……男の子を想って昨日の夜もあんな……ああぁぁあぁぁ……」


「えんがちょ」


 これ以上この場にいるといよいよ聞きたくないことを勝手に垂れ流されそうだったので、そそくさと退散した。特に心は痛まなかった。

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