第17話 姉の声の耳舐めCDを聴いた

「習うより慣れろって言ったけど、まさか抱き付かれたりしても反応しなくなるまで特訓するとかそんな力業じゃないよな」


 ようやく離れてくれた雪音姉貴の背中に向けて言う。俺としては彼女の提案に半信半疑もいいところだ。


「最終的にはそれを目指すよ。要するにさっきあたしはお前に抱きついたけど、それでお前とセックスしようとは思わないし特段ムラムラもしない。そういう状態にまで持ってくるわけさ」


「男と女とで感じ方って違うと思うけど……」


「まあ思春期青少年の性欲がぶっちぎりで強いのはわかるよ。こないだあんなもの見せられたしなおのこと」


「こないだって……いやあれは純夫が規格外というか、もうあいつ寝る時以外交尾のことしか考えてないから」


「とにかくだよ。今のお前はあたしや姫夏に触れられるばかりか水着や下着を見ただけで反応してる。てことはそれ以前の問題ってわけだ」


 つまりその程度で興奮しているようでは話にならないと。言われれば言われるほど惨めになる。


「けど慣れるったってどうすんだよ。そもそも今の姫夏じゃ触れるどころか話すのだって一苦労なのに」


「姫夏というより、お前の場合まず女そのものに対する免疫を付けるべきだな。先日のニセカノジョといいつるぺただろうとあれだけ慌てふためいてたんだし」


「だからどうやって……」


「まあまずはスキンシップ以前のところから始めよう。つまり声とか匂いとか、そういう要素を何とも思わなくなるまでが第一目標だ」


「別に姫夏の声で興奮することはないけど」


「普通にしゃべってるの聞いただけでみなぎる奴がいてたまるか。つまりはこういうことだよ」


 そう言ってブルートゥースイヤホンを差し出してくる姉貴。


 とりあえず促されるまま耳につけると、彼女がいつの間にか手にしていたランニングマン(アニー社製の携帯音楽プレーヤー。ソップル社のマイポッドなる製品と市場を二分している)を操作する。


『……ふふっ♪ 今夜もシてほしいの? もう、昨日あんなにほじったばかりなのに……すっかりお姉ちゃんに夢中なんだから♪』


「うぉわぁぁなんだぁぁぁ⁉」


 いきなり耳元で囁くような声が聞こえてきた。それも音を聞いただけなのに吐息まで吹きかけられたかのようなリアルさで、背筋が得も言えぬむず痒さに襲われる。慌ててイヤホンをベッドの上に投げ捨てた。


「バカタレ精密機器を投げるな! それけっこうしたんだぞ!」


「ほげっ!?」


 脳天にチョップが飛んできた。それなら人間の頭だって精密機器みたいなもんだからむやみにぶったりしちゃいけないと思う。


「じゃなくて、なんつーもん聴かせんだよ! それとこの話とどう関係あるんだ!」


「今のは耳かき音声って言ってな。バイノーラル録音っていう方法で本当に耳元で囁かれてるような声を再現したやつなんだ」


「はぁ!? 何のために!?」


「お前、耳は男女共通の性感帯の一つだぞ。今の反応だと意識したことがなかったのかもしれないが、しかし十分脈ありとも見える」


「お、俺は変態じゃない! こんなんで興奮なんかしないもん!」


「耳フェチは別に変態っていうほどの性癖じゃないと思うがなぁ。それに興奮しないとまで言い切るんだったら、それを聞いてもなんとも思わないわけじゃないか」


「そういうわけじゃないの! なんかこう……ほんとに息を吹きかけられてるような感じ! とてもじっとしてられねぇよ! 嫌だよ!」


「ははっ。初めて接する性体験にはまずそうした違和感や恐怖を覚えるもんだ」


 にやにや笑いながら、一度俺からとった距離を再び詰めてくる雪音姉貴。嫌な予感しかしない。

 出口のドアまで一目散に逃げようとする。が、床に散乱する物のせいで足の踏み場がなく、バランスを崩してつんのめってしまった。あっと気づいた時にはすぐ後ろに姉貴が佇んでいる。


「や、やめっ……やめろぉぉっ……!」


「あー、姫夏がちょっかいかけたくなる気持ち少しわかったわ。なんつーかこういじめたくなるねお前」


「理不尽だっ!」


「人生なんてそんなものさ」


 言って、俺を背中から抱きしめ体重をかけてくる姉貴。バランスを崩していたところへそう来られてはとても立っていられず、うつ伏せに床へ押し倒されてしまう。


「こうして見ると可愛い耳してるなぁ」


「耳に可愛いもカッコいいもあるか! 離してくれ!」


「本当に耳では感じないんだな?」


 ドスを利かせたような声で囁かれる。俺の返事を待たずして、姉貴の指が俺の左耳に触れた。ひやりとしてしなやかな刺激。


「うひっ!?」


 それがどんな感覚なのか認識するより早く、反射的に声が出た。自分でも何でこんな声が出たのかわからない。


「おやおやぁ?」


「ち、違っ……今のは急に触られてくすぐったかっただけでっ!」


「ほんとお前って凌辱調教ものヒロインが堕ちる前みたいなこと言うよな」


「ヒロインじゃねぇ!」


「怒るとこそこか? まあ何でもいいけど」


「あひゃっ!? うわっ、あっあっ……!」


 急に左から雪音姉貴の声が聞こえにくくなったかと思ったら、今度は指が耳の穴へと滑り込んできた。

 ぴっちりと隙間なく挿さったところで、それから内側を揉みほぐすようにもぞもぞ蠢く。それだけで、体の中から知らない感覚が沸き起こってくる。


「ばっちり感じてるじゃないか。それもあたしの指なんかで」


「ちがうぅぅっ! かんじてなんかないぃぃぃっ!」


「またエロゲーみたいなこと言いやがって……」


「あねきっ、おれもうこれやだっ! はなしてぇっ!」


「じゃあほじるのやめる代わりにさっきの続き聴くか?」


「それもいやだっ!」


「なら指の次は舌いってみようか」


「わかったさっきのきくからやめてゆるしてたすけてぇぇっ!」


 むず痒さに何かが喉元までこみ上げてきたところで、ようやく指が耳の穴から引き抜かれた。こんな感覚初めてだ。

 そういえば耳かきなんて小さい頃を除けば自分の手でしかやったことなかったし、他人に触られたりほじられたりするなんて経験がそもそもなかった。

 だからといって、誰もがこんな感覚を味わされるものなのか。もしかしなくても俺って変態なんじゃないのか?


「安心しろ、耳舐めくらい普通にそういうプレイとしてあるよ。同じ穴をほじるんでもア●ルよりまだ」


「女の子ォ!」


「職業柄っていうかもうあれだね、SNSとかの口調がもう地で出ちゃうからね。別に気にしちゃいないよ」


「気にしろよ!」


 雪音姉貴はうちで一番そのスジの話をすることに抵抗がない。三姉妹の中で最も早くそうした業界で活動し始めたのも彼女だったし。


 何ならこの部屋、壁の本棚には自身の単行本から知り合いらしい漫画家の作品、PCゲームはじめそのテのブツがびっしりと並んでいる。

 もう背表紙だけなら慣れたというか気にしないようにはなったが、やっぱり目のやり場に困るのは確かなので、それもまた俺がこの部屋を掃除できない理由になっていた。


 何というかもう、妙齢の女性としてもう少し自覚を持っていただきたいものである。


「ほらイヤホン。また衝動的に外したりしないようこのままだからな」


 俺を片腕で抱いて拘束したままベッドに手を伸ばし、先ほど俺が放り捨てたイヤホンを回収してくる姉貴。またほじられたりするよりはまだマシと、諦めてそれを受け取った。


「とりあえず現時点では、あたしに耳を触られるのもダメだとわかった。これで声だけでも反応しちまうようならもっと抜本的な対策を考えないとな」


「なあこれほんとに効果あるのかよ……もう姉貴が遊びたいだけだろ……」


「何だとこいつ、あたしが貴重な時間を割いてお前のために協力してやろうっていうのにその言い草は。もっとすごいことしてやろうか」


「い、いえ、けっこうです」


「わかればよろしい。弟は姉の言うこと聞いてりゃ間違いないんだからな。ふふっ」


 なんかどこかで聞いたことのあるような台詞。もうツッコむ気も失せた。


 とにかくはさっきの耳かき音声とやらを最後まで聞けばいい。姉貴に拘束されたままあの言いようのないむず痒さに耐えなければならないのは気が滅入るが、まあそれさえ乗り切れて解放されたら後は彼女が何を言ってこようとうやむやにしてしまえばいい。


 イヤホンを着けると、すぐさま雪音姉貴がランニングマンを操作して先ほどの音声が再開された。


『ふふ、いつ見ても可愛い耳……じゃあ今日は右の方からきれいにしてあげるからねっ』


 今度は音声が右だけから聞こえるようになる。どっちから聞こえてもいちいち背筋をなでるようなこそばゆい音色なのは変わらない。


 ……けど、この声どこかで聞いたことあるような……。


『それじゃあ、弟くんのお耳の垢……いただきまーす♪』


「ちょっ……これまさか! ストップ! 姉貴一回ストップ!」


「何だよこっちは聞こえないんだからお前の反応見るしか楽しめないのに」


「ねぇ今楽しむとか言った!? やっぱり遊んでんじゃねえかよ!」


「まあまあ。こういう世界もあるんだよって後学のためにもだな」


「ち、違う! そういうことじゃなくてこの声はっ……!」


 俺の制止にも関わらず、音声はとうとう俺の右の耳を蹂躙し始めた。


『んむっ……じゅるっ、じゅるじゅるっ♡ ちゅぱちゅぱっ♡ んぷっ、じゅるるっ♡』


「う、うぉぉぁぁっ……!?」


『ん、ぷはっ……♡ ふふ、もう弟くんの肌、舐めてるだけでおいしいよ♡ ちゅぷっ、ちゅるるっ♡』


「や、やめっ……姉ちゃんやめっ……!」


『こーら、そんなに動いたら危ないでしょ? くすぐったくても我慢しなさい♡』


「もう我慢でけん!」


「お、何だイくのか?」


「イかねぇよ! 桜花姉ちゃんの声でイってたまるか! ていうか何てもん聴かせやがる!」


 ヘッドホンを外して後ろの雪音姉貴を睨む。抱きしめられて完全に後ろを向けないので、視界の半分ほどにようやく彼女の憎たらしい笑顔が見えるといった具合。


 で、この耳かき音声とやら。間違いなく桜花姉ちゃんの声だった。こんな風に話しかけられたことないけど、ましてや耳とか舐められたこともないけど、それでも桜花姉ちゃんだった。


「つか耳かきじゃねえじゃんかよ! 耳垢舐めるとかやっぱり変態だろうが!」


「お前うちの姉さまを変態だなんてそんな」


「姉ちゃんじゃないよ! こんな話書いたやつとか作ったやつとか聴かせるやつが変態なんだ!」


「それより論点を逸らすな。結局これで興奮するのかしないのかだろ」


「するわけねーだろ桜花姉ちゃんの声で!」


「さっきあんな声上げてたのに?」


「いやあれは……だから感じてるとかじゃなくて……」


 耳を舐める音声が始まる直前に、それが桜花姉ちゃんの声だと気づかされた。

 わかった上であんな反応をしてしまったからには、何であれ姉ちゃんにもまた俺はそういう反応を起こしてしまうということになる、のだろうか。


 そりゃまあ、こないだ抱きしめられた時点ですでに意識してしまったのだし。


「っていうかその前にだよ! こんなの聴いてるって姉ちゃんに知れたら殺されるよ俺も姉貴も!」


「そのためのイヤホンじゃないか。なあにこの部屋にあるエロゲーだって姉さまが声を当ててるのが何十本とあるんだ、音出さなけりゃバレないよ」


 桜花姉ちゃんは自分の出演した作品を俺たちが見るのを嫌がる。というか怒る。


 前に雪音姉貴と姫夏がふざけてリビングで姉ちゃんの出てるエロアニメのDVD流したら、それはもうこの世の終わりが来たのかと思うくらい暴れた。姫夏はともかく姉貴まで土下座するとかたぶん初めて見たと思う。


 そういうわけで、うちで姉ちゃんの出ているエロゲーやエロアニメの類を見ることはタブーとなっていた。いやまあ姉貴はともかく俺と姫夏はそもそもこういうの見ちゃいけない歳なんだけど。


 そもそも俺はあまりこのテのアニメとかゲームに興味がないのもあってまともに触れてこなかったこともあり、桜花姉ちゃんの仕事ぶりというのは漠然としたところでしか知らない。姉貴曰く二十以上の変名を使ってかなりの本数に出ているとのことらしいので、この耳かき音声とやらもその一部でしかないのだろうけど。


 だから仮に桜花姉ちゃんの演じたアニメとかゲームのそういうシーンを見たとして、どういう反応を起こすかなども定かでなかったわけだ。


「というわけでほらイヤホン着けて、最後まで止まるんじゃねえぞ」


「嫌だよ色んな意味でもう聞きたくない! こうなったら暴れてでも俺は自分の部屋に帰らせてもらう!」


「ほーう、あたしと真っ向勝負すると。弟が姉に勝てると思ってるのか?」


 どこから来るんだその根拠は。


 とはいえ真面目な話をするならいくら俺が男といえど、取っ組み合いになれば体格差的に雪音姉貴にはまず勝てない。いや過去にそうした経験はそんなにないはずなんだけど。だが姫夏でさえ押しのけられない俺だから、雪音姉貴ともなると太刀打ちできないかと思われる。


そうこうしてるうち俺を抱く腕を徐々に下半身へと伸ばしていく姉貴。わきわきと動く指先はどこへ向かおうというのか。


「ちょっやめっ……変なとこ触らないって言ったじゃん!」


「乙秋の体に変なとこなんてないよ」


「んなこと言われてもちっとも嬉しくない! やめてよしてさわらないで!」


「よいではないか! よいではないか! よいっつってんだろ暴れるんじゃあないよ!」


 転げて逃れようとすると背中に覆いかぶさられた。姫夏にされたのとほとんど同じ状況。


 当然、当たるものが当たっている。あいつほど大きくはないけど、弾力があり圧迫感さえあるほどの存在感。これが雪音姉貴の……。


「ちょっと、夜中になに騒いでるの……って」


 頭上から降ってきた第三者の声。気づけばいつの間にか開け放たれたドアの前に桜花姉ちゃんが立ち尽くしている。


 ここに彼女が現れたことは果たして幸か不幸かわからない。

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