第15話 風呂上がりとの遭遇、後はわかるね?

「ただいまー……」


 十六時過ぎ、ようやく帰宅。


 あれから休み時間のたび純夫に根掘り葉掘り聞かれそのたびにクラス中の注目を集めること数回。もはや学校さえ安息の場所ではなくなった。

 あんまり騒ぐもんだからとうとう天城が暴れてしまい、ようやくあいつも大人しくなったものの、いつまでこの調子が続くかもわからない。


「もう帰ってるみたいだな……」


 玄関を見下ろすとすでに姫夏の靴がある。

 通っている学校が俺よりうちに近いうえ部活や委員会もやってないらしいので、直帰だと俺よりも帰るのが早い。

 ちょくちょく友達と遊び歩いたりすると遅くなるのだが、それでも律儀(?)に晩飯の時間には帰ってくる。小学生かこいつは。


 とにかく晩飯の支度もしなきゃならないし逃げたり部屋にこもるわけにもいかない。

 行く先に姫夏がいないか様子を窺いながら家を歩くのも惨めすぎるので、もう半ば諦めてずかずかと洗面所に入った。なぜって、そりゃ外から帰ったらまず手洗いうがいよ。


「おっす、お帰り」


 そこには姫夏でなく雪音姉貴がいた。

 たった今風呂から上がったらしく、頭をバスタオルで拭いている。


 先日の件があったにも関わらず、姉貴は俺や姫夏への接し方を改めたりする様子はない。ロリコン疑惑の時と同じく全て最初からわかっていて、わかった上で達観していたり、時に人をからかったりしてくる。

 だからこそ俺の顔を見るなりいつも通りの調子で「お帰り」なんて言ってくれる。


 うちでは精神的に最も大人かもしれない。

 ついでに胸こそもう二人ほどではないが十分に豊かな実り、そしてすらりとした高身長もあって理想的なモデル体型。体つきまで大人だ。


 そんな大人の体が、一糸まとわぬ姿でそこにいた。


 いつもの声と表情でもって、俺にそれを見られたことに動揺を見せることなく。


 そして俺はそんな風呂上がりの雪音姉貴の全裸をもろに目にしてしまった。


「うわわわわっ⁉ ごごごごめん!」


 見てはいけない、という激しい罪悪感に頭を殴られた気がして、慌てて洗面所に背を向けた。


 目をつむると網膜に焼き付いたその光景が暗闇の中にありありと再演されてしまうので、向かいの廊下の壁を見つめて無心になることに努める。


「いいって気にしないよ。何だ、今まであたしの裸見てそんなになることなかったのに」


「ででででもっ、いやだって……!」


 落ち着き払った雪音姉貴の声。気のせいか近づいて聞こえる。

 確かに雪音姉貴までこんな風に意識するなんて初めてだが、しかし最後に彼女の裸を見たのなんてそもそもどれだけ前だという話。


 真面目に遡るなら……ここまでもろに見たのなんて幼稚園以来とかじゃないか。


「おいおい、こないだ姫夏にあんなことされて目覚めちまったのか?」


 そう囁く声がうなじを撫でてくる。あっと思った時には真後ろに立った雪音姉貴に両肩を掴まれてしまった。逃げられない。

 思わず振りほどきたい衝動に駆られたが弾みで振り向いてしまいそうで、俺は肩を揉みしだかれるむず痒さに身を強張らせることしかできなかった。


「ひ、姫夏のしたこととこれとはその」


「わっかりやすいなぁお前……そんなにあたしの裸ってエロいか? 風呂から上がっただけでずいぶん理不尽だなおい」


「そ、そんな、そんなわけじゃ」


 ていうかもうエロさしかない。

 下の方とかもう、その……生い茂っていたし、鬱蒼としていたし。


「それじゃあ何だな、今夜はあたしがお前のオカズにされちまうのかぁ」


「しないって! 姫夏が変なこと吹き込んだんだろうけどほんとにしてねぇから!」


「でもあいつのDVD見たんだろ?」


「見たのは事実だけどだからといってイタしたとは限らねぇし! 第一家族をそういう目で見てするのとかほんとねぇから!」


「あたしの裸でそんなに慌てといて説得力ないなぁ」


「それとこれとは話が違……」


 なおも弁解しようとしたところで固まった。廊下からひょこと姫夏が顔を出したからだ。洗面所で騒いでいるから何事かと見に来たらしい。


 その白けた目は俺に向けてか、その後ろの姉貴に対してか。いや両方か。


「うわ」


 そう二文字だけ発音して引っ込んでいく。すたすた階段を上がって自分の部屋へ戻っていくのが後から聞こえてきた。


「お前が、お前が引くのか……こんなの絶対おかしいよ……」


 いつもなら全力でツッコミを入れにいくが、もはやそんな気力もなかった。雪音姉貴から逃げられないままがっくり項垂れる。


「うーん重症っぽいな」


「俺のこと言ってる? それ俺のがおかしいって言ってる?」


「いや姫夏もお前もさ。あいつが言ったことは話半分くらいにしか聞いてないけど、まああんなことしてたんだ。そりゃお互いわだかまりもできるし、お前もお前でとうとうこじらせ始めたみたいだしな」


「違う……俺は変態じゃない……こじらせてなんかないもん……」


 俺は家で普通に過ごしていたいだけなのに。


 実の姉をそういう目で見たりしたくないのに。


 なおタチが悪いのは、頭でそう思っていても体が言うことを聞かないあたり。気づけばそれに押し流されるように、理性よりも一時の感情や本能が抑えがたいほどに肥大化していく。

 結果的に気持ち良ければいいだなんてとんでもない。


「どうかな弟くん、ここはひとつお姉ちゃんを頼りに洗いざらい話してみてくれないか」


 そう言いながらふっと肩を掴んでいた手が離れる。間もなくかすかに聞こえる衣擦れの音。とにかく服を着てくれたという安堵が先立って思わず振り向く。


「淡い水色っ!?」


「おい人様の下着にケチつける気か。水色だから何だっていうんだ」


 姉貴はまだ下着しか着ていなかった。フリルのついた薄い水色のブラジャーとパンツ。大人びた見た目と雰囲気に反してファンシーなデザインをしている。

 別にケチをつけるつもりなど全くないのだが、裸を見られたことよりも姉貴はそちらの方にむっとして頬を膨らませた。三白眼が相まっていつも以上に目つきが悪い。


 姫夏にしても天城にしても、つくづく美人を怒らせるとその端正さでもって完成された「怖い顔」になると骨身に染みて思う。

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