第14話 学校、束の間の安息

 月曜日。

 学校へ行っている間は姫夏と顔を合わさずに済むのでようやく気の休まる思いだった。教室の席に着くやどっと疲れが出て机に突っ伏してしまう。


 そりゃあんなことがあってからの日曜日。よりにもよって1日中家にいやがる姫夏をどうやり過ごすかに俺は苦心した。


 あの後あいつが雪音姉貴に何と言ったのかは定かでないが、それから帰ってきた桜花姉ちゃんが何も知らない様子だったので口止めのひとつでもしたのかもしれない。あるいは共有するのもバカバカしいと姉貴に思われているか。

 姫夏も姫夏で、あれから俺に対してちょっかいをかけてくることはない。それどころかまともに口さえ利かなくなった。


 もっともこれは俺自身があいつを避けているというか、どう接すればいいのかわからないのが大きいと思うけど。


 そりゃ実の姉にほとんど逆レイプされかけたようなもんだし。


 向こうにしたって一時の感情に逸ってのことで、落ち着いてから思い返してすごく後悔しているのかもしれない。後悔しているとして、それが俺に向けたものか自身に対してだけのものかはまた別だけど。


 とにかく言えるのは、家にいる間あいつと顔を会わせるのが気まずくて仕方がないということだ。


「よう乙秋! どうだった例のアレは?」


 と、頭上から降ってくるバカ野郎の声。もう顔を上げる気力もない。


「純夫……二度と余計なことするな……俺がものを頼んだら頼まれた分だけやってくれりゃいいんだ」


「おい嘘だろお前おっぱい星人だから絶対ヒメカちゃん気に入ると思」


「次その名前を言ってみろ舌を引き抜いてやる」


「いったい何があったん……あっやべぇ天城だ!」


 だから周りに聞こえるような声で変なことを言うんじゃあないよこいつ。


 で、突っ伏したまま顔を上げてないので姿は見えないが天城が教室に入ってきたらしい。純夫にとってはすっかり天敵と化したというか、もはや恒例となりつつある光景。


「またやらしい話してたの? 朝から飽きないのね……」


 金曜日以来の天城の声はいつも通りのつんとした響き。機嫌を直してくれたあたりちゃんと謝っておいてよかった。

 

「純夫がいたらまあそう思い込むんだろうけど、いきなり決め付けるのはどうかなって」


「だって聞こえたんだもの。あんたがナントカ星人だとか」


 がばと顔を上げた。声こそいつも通りに聞こえていたが、俺を見据える目はまるでワゴン売り500円のZ級映画にでも向けるような冷ややかさをたたえていた。


 つまり、俺がおっぱい星人などと言われたことを聞かれている。それを信じ込まれている。


「あ、天城……あれは純夫が勝手にだな」


「何で弁解するの? 別に異常性癖ってわけでもないしむしろ普通でしょ。それに何事も小さいよりは大きい方が好まれるだろうし」


「お、大きさだけが全てじゃないよ」


「何でそれ私に言う必要ある? 何のつもりで私に言ってる? ねえ? ねえ何で? 歯に衣着せないで言ってみなさいよ」


「いやあのそんな俺はそんなつもりじゃほんとに」


「ふん、これだから男は……」

 

 ぷいとそっぽを向いてしまう天城。自分の体型と照らし合わせたせいかまるで聞く耳を持ってくれなさそうだ。やはり相当自身のサイズを気にしているらしい。


 ちなみに昨日あんな目に遭ったけど、別に俺は極端な巨乳好きというつもりはない。そこは先日自覚した通り、おっぱいはおっぱいだからこそ正義なのであって、大きさなどで優劣を測れるものではない。みんな違ってみんないい。


「玲愛ちゃんおはよー」


 今日も面白いくらい胸を弾ませながらやってくる山守。

 ごめんなさい大きいのは大きいので確かに好きです、はい。


「おはよ……」


「あれ、またなんかご機嫌百八十度?」


「百八十度ってそれどんな状態よ……」


「あれー? 豊四季くんとはもう仲直りしたんだよね?」


「仲直りって、あんた何を言って……まさか」


 そこで金曜日の件を山守に問い詰めるのではなく、ぎろりと俺を睨んでくるのはどうにもおかしいと思うんだ。


「なな、何で俺を見るの」


「金曜のこと、あんたにしてはどうりで話運びが早いと思った。全部詩子の計らいだったんだ」


「まあ山守に助けてもらったのは確かだけど」


「だって玲愛ちゃん、あのままじゃ豊四季くんの話聞いてくれそうになかったんだもん。それに豊四季くんも謝りたいって言ってたし、私はちょっと背中を押しただけだよ。あ、豊四季くんおはよう」


「お、おう。おはよう」


 思い出したようというよりタイミングをやっと見つけてくれた感じのあいさつだったので悪い気はしない。

 だが山守の言葉を受けても天城は面白くなさそうな表情を貼り付けたままだ。


「まあ別に……それはいいんだけど」


「じゃあ何でそんな突っかかるんだよ」


「だって! それじゃ何で私があんたに怒ってたのか詩子に話したってことになるんじゃ……!」


「……あっ」


「『あっ』じゃないこいつ! そこ動くなひっぱたく! まず右のほっぺた差し出せ!」


 なんかあの時は自分の中の気恥ずかしさばかりだったのと山守の話術に説き伏せられたのもあって、天城本人のことなど建前同然に瞬いただけだった。


 そりゃ気にするよね、なんたって俺が天城の……。


「まあ気にしちゃうよね、なんたって豊四季くんが玲愛ちゃんのおっぱ」


「「わーーーわーーーわーーーっ!」」


 俺と天城とで合唱よろしく叫んで山守の台詞を遮る。純夫じゃあるまいになんてこと言おうとしやがる。おかげで教室中の注目を浴びてしまった。


 ちらと向こうに目をやると、その純夫が羨むような愕然とするような、これまた何とも形容しがたい顔をして俺を見つめてきている。

 ほんとこういう話題になると百メートル先に落ちた針の音を聞き分けるようなデビルイヤーなんだからもうこいつ。

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