第12話 裸エプロンの姉が来た

「姉貴ー、雪音姉貴ー、晩飯できたから出てきてくれー」


 時刻は十九時を回った頃。務めであるがために晩飯を作らないわけにはいかず、そして作ったからには食べなければならない。


 こんな日に限って桜花姉ちゃんは仕事が遅くなるとのことで帰ってくる目途が立たず。そして頼りの雪音姉貴は未だ部屋にこもって原稿と格闘しているらしかった。

 何が嫌だって、このままだと姫夏と二人きりの食卓になっちまうということだよ。気まずいったらありゃしない。


「姉貴ー、食べないと体に悪いし効率も落ちるからぁー、姉貴ぃー」


 呼びかけること幾度。ドアへのノックを指から握り拳に変えてなおも繰り返す。やがてついにドアが開かれた。


「さっきからうるせぇんだよクソバカタレ集中切れるだろうがこれで原稿落としたらお前のせいだぞ責任とれんのかクソバカバカタレッ! こちとら締め切りギリギリキリキリだから邪魔するなって今朝言ったろーがクソクソバカバカタレタレッ!」


「でもあの、おむらいす」


「食えばいいだろ勝手にッ!」


 血走った目でひとしきり怒鳴り散らすと、ドアはぴしゃりと閉められてしまった。間もなく今の憤激ぶりはどこへやら、お経のような姉貴の声が聞こえてくる。


「いのちみじかしこいせよおとめ……あかきくちびるあせぬまに……あいははてしなきばいおれんす……」


 躁鬱気味なくらいには相当追い込まれているらしかった。普段は飄々としてるのにたまにこうなるのがもう。


「オトアキィー早くご飯にしようぜーお腹すいたァー」


「えっあっうん」


 一階への階段からひょこと顔を出した姫夏に思わず声が上ずってしまう。彼女は俺の反応を追及してくることもなくそのまま引っ込んだ。


 今の口調や雰囲気にしてもいつも通りだったし、さっきのことはもう忘れているか気にしていないかなのだろうか。もしかして引きずってるのって俺だけ?


 実際、食卓に着いている間も姫夏はおかしな素振りを見せない。もともと食事中に俺とこれといったやり取りをするわけではなかったが。


「ぎゃははははは」


 などとテレビのバラエティ番組を見てけらけら笑っている姫夏。これとていつも通りの姿のはずなのに。

 いやいつも通りだからこそ何かが引っ掛かるというか。


「ん? どしたのオトアキ」


 ふと俺の視線に気づいたらしい姫夏に問いかけられる。何を思うでもなくきょとんとした表情。


「え、ああいや、何も……」


「もしかしなくてもさっきヒメカのDVDでイタしてた途中だったからもどかしくてしょーがないんでしょ」


「違うよ! だからしてないって!」


「ふーん? へーえ? ほーん?」


 にやにやしながらオムライスを切り崩していたスプーンで俺をつつくように指してくる。行儀が悪い。


 ……けど、さっき見せたあの表情。俺の言葉に歯ぎしりして鋭い目を向けてきた時の感情らしきものは、今の姫夏からは感じ取れなかった。

 まあ何か怒ったりしても飯食うか一晩寝れば大概忘れるやつなので、やっぱりいつも通りなのかもしれない。


 そりゃそうか、こいつがいちいち俺の言うこと気にするタマにも思えないし。


「それにしてもオトアキがオ●ニーかァ」


「食事中ッ!」


「昔一緒に風呂入ったりしてた時のはあれでしょ、かむってたんでしょ? 女みたいな顔してるけど今じゃすっかり一皮むけて……」


「女の子ォ!」


「ぎゃーははははは!」


 口を開けてげたげた笑う姫夏。なぜ俺はこんなやつをあんなにエロいとか思ったのだろう。



   *



 結局、散々いじってきた以外はこれといって異変もなく、食事を終えた姫夏は食器を台所に片付けると二階へ上がっていった。この流れとていつものこと。


「はぁ……」


 疲れと安堵が混ざったため息を着きながら洗い物。


 いや安堵している場合じゃない、俺が姫夏のDVDでオ●ニーしたと誤解されたままだ。いや全くの誤解ってわけでもないんだけど、しかし結果的にはしなかったわけだしやっぱり誤解だ。

 といっても、あのぶんじゃこちらの話を信じてくれそうにないし、今度はそれを証明できるような手立てなんか皆目見当もつかない。ほとぼりが冷めるまでおとなしくしてるしかないか。


「てことはしばらく発散できないことになるじゃんか……はぁ……」


 想定外の事態となったものの、一応本命のブツは手元にあるのに。

 この期に及んで懲りてないのかと言われそうだが、それくらい健全青少年の抱える性欲とは深刻なものだと認識していただきたい。悪いか俺も男だ。


「オトアキー、洗い物手伝ったげるねー」


 不意にそんな声が飛んできた。気づけば視界の端にちらと映る姫夏の姿。


 ていうか今なんて言った? 洗い物? 姫夏が? バカな、飯食ったらその日はその日は二度と台所に入らないこいつが。なんでどうして。振り向かないわけがなかった。


 そこには確かに姫夏がいた。洗い物する気満々なのかご丁寧にエプロンまでつけて。


 それはいい、それはいいんだよ。俺だって今エプロンをつけている。だがエプロンは肌着ではない。俺はちゃんとその下に服を着ている。つまり何が言いたいのかというと、姫夏はエプロン以外に服をまとっていなかった。


 初めて見た……! これが、噂の「裸エプロン」っ……!


「おっおっおまっ……なんつーカッコしてんだ! 服着ろ服!」


「えー着てるよー? ほら」


 躊躇いもなく背を向けてくる。裸エプロンということはもちろん、後ろを向いたら完全に●んぼっちゃまスタイル……もとい丸裸が晒されるわけで、特にその、お尻が……。


「ぶっ……!? な、なななななな……!」


 だが度肝を抜かれたのは姫夏の丸裸がそこにあったからではない。

 言った通り、彼女は一応服を着ていた。

 白いビキニの下だけではあったけど。


 先のDVDで着ていたほとんど紐のようなものではなく、布面積的には「けっこう大胆」なくらい。

 それでも肌の露出が多いことには違いないし、白一色の布地が隣接する彼女自身の肌の滑らかさに溶け込んでいるような光景は、黒のマイクロビキニのコントラストとはまた違った趣を醸し出していた。


「せっかく人が気まぐれ起こしたんだからこき使っちゃいなよ。あでもヒメカどのお皿どこにしまうとかわかんないから、丸投げしないで一緒にいてね」


「そそそんな気まぐれ起こさなくていい。それに今日は食器二人分だし俺一人ですぐ終わる。だから手伝わなく……」


「んもーわかってないなァー、手伝わせろって言ってんだよー」


 あっと思うと、距離を詰めてきた姫夏が俺の左腕に抱き着いてきた。

 当たってるとかでなく、明らかに意図して自身の胸を押し付けてくる。

 いやすでにその谷間を駆使して腕を挟み込まれていた。


「うあぁぁああぁああっ」


「あはっ、バクハツしそーなくらい真っ赤になっちゃって可愛いんだ♪ それとも、バクハツしそうなのはもっと下の方かにゃ?」


「ななっななななにいってってってっ」


「えー? 何て言ってるかわかんないのそっちなんだけどー?」


「うひゃううっ!?」


 俺の口元に耳を近づけるように身を乗り出す姫夏。そんなことしたら腕が、俺の左腕がっ……!


 だって知らないんだもん! 知らなかったんだもんこんなに柔らかくて気持ちいものがこの世にあるだなんて!


 しかもこの感触、エプロンの下には本当にブラも水着もつけていない! エプロンの布たった一枚を隔てただけのこの衝撃! この威力!


「オトアキィ~、ヒメカすんごくお皿洗いしたいんだけどォ、よくわかんないから手取り足取り教えてくんなァい?」


 鼻の先でそう凄む姫夏の顔に恥じらいや愛らしさなど微塵もない。しかしそれを補って余りある壮絶な物理的刺激が俺の下半身の血流を鉄砲水のごとく加速させる。


「ていうか言うこと聞いてくんないと、ヒメカがオマエに手取り足取り教えてあげちゃうし?」


「おし、教えるって何を……」


「あ、その顔は期待してるなァー?」


「ししししてねえって! だから何をだよ! 何をだってば!」


「立場ってやつさァ。弟は一生姉の言うこと聞いてりゃいいって、その体によォ」


「か、か、からだに、どうやって」


「そりゃもう、グーで」


「何だよ武力行使かよふざけんなクソが! 痛いのはもっと嫌だっ!」


「ぎゃーはははははは!」


 げらげら笑う姫夏、その間も俺の左腕を離してくれそうにない。これ以上ないくらい二つの膨らみの柔らかさを教え込まれている。これならテストがあっても百点満点だ。もうなんだかよくわからない。


 ダメだ、まともな思考ができないくらいには理性がグラついてきた。だから今日の俺は溜まっているというのに。まだ一発もシていないんだから。ほんとにもう、まったくもう。

 素直にこいつの言う通りにするのが、ひとまずこの場を切り抜ける道と踏んだ。


「わ、わかったから! 好きなだけ皿洗うなり拭くなりしてっていいから!」


「最初からそう言えばいいんだよ、バーカ」


 今日一番に愉快そうに笑うと、ようやく姫夏は俺の腕から離れてくれた。まだ挟み込まれていた柔らかな圧迫感と生温かさが残留している。それが次第に薄くなっていくことに名残惜しさのようなものを覚えて、俺は愕然とさせられた。


「それでー? 何すりゃいいの?」


「え、えっと……じゃあ洗った皿、そこに置くから。拭いて後ろの棚にしまってくれ」


「ほーい」


 言われた通りに俺の左隣のラックの前に立ち、そこに並べられた食器を手近にあったタオルで拭いていく姫夏。なお手つきははた目から見ても明らかに乱雑だ。かなり拭き残しがあると思う。

 まあそれは後で確認すればいいので、とにかく今はさっさと終わらせてこいつを追い出すとしよう。とうとう下半身の疼きが収まらなくなってしまった。


 それも抱き着いてこないにせよ、こんなカッコで隣にいられたのでは意識せずにいられない。ていうかもう胸と尻にしか目がいかない。


 おちけつ、おちけつ……相手は姉なんだ。たかが姉なんだ。家族なんだ。


 ……でも、姉だから? 家族だから、なんだ?


 いやいやいやいやいや! その発想だけはありえないししちゃいけないやつだよ!


「ねーオトアキー、これどこー?」


 拭き終えた皿をひらひら振ってしまう場所を聞いてくる。


「あ、それは一番下の扉開けたとこ」


「ほいよ。んじゃこれは?」


「右上の棚に同じくらいの大きさのやつでまとめてあるから、そこに」


「どこ?」


「そこ」


「ここ?」


「そこじゃないここ」


「んだよーわかりづらいんだよー」


 ぶつくさ文句を垂れてくる。普段ならあまりのうざったさに半ギレだが今回ばかりはむしろ気を紛らしてくれるので感謝。


「ていうかさァ、拭くたびいちいち聞くのめんどいんだけど」


「いつも全然家事とかやってないからだろ。俺一人でやった方が早いし、もういいよ」


「何だよその言い方ァ。んーでも……あ、そうだ!」


 何か思いついたらしい、嫌な予感しかしない。


 そう思った直後、姫夏が今度は俺の背中に抱き着いてきた。


「ほわぁぁ!?」


「こーしてオトアキが洗ったやつヒメカがすぐ受け取ってさァ、その流れでどこにしまうか教えてくれたら早いじゃん?」


 たぶんそんなことないと思う。


 思うんだけど、その判断が正しいかどうかを整理する余裕などとっくに脳内から消え失せている。あるのは全力の理性でもってこのすさまじい物理的刺激に自分の中のケダモノを押さえつけようとする意識のみ。


 ていうかこの耳元で囁かれるのやばい。もうこれだけでごはんおひつでイける。イってしまう。


「ほーらー早くお皿洗えってェー。でないとヒメカ手持ち無沙汰で何すっかわかんないぞー?」


「あっやめっひうっ!?」


 わきわきと指をしならせ俺の両脇腹をくすぐってくる。神経がダイレクトに股間へ直結しているような衝撃。


 脇腹を這う指たちはそれぞれ俺の体の正面に回り、へその下まで来ると、そのさらに下の下まで……。


「だぁあああぁぁあああああぁぁほべっ!?」


 全力で姫夏を振りほどいて転がった。あまりに勢いがつきすぎて壁にぶつかる。


 痛みに悶絶するが、おかげでまた少し気が紛れた。だが気づくと姫夏が腹を抱えて笑いながら俺を見下ろしてくる。


「ぎゃはははははっ! 今日のオマエ今までで一番面白いなァ! もっともっとからかっちゃうぞォ?」


「やっやめっやめてくれったすけてっ」


「おーいどこ行くんだよー! 洗い物全然途中じゃんかァ!」


「あとでやるからゆるしてっ」


 もはや恥も外聞もない、四つん這いのまま台所から逃げ出す。そんな有り様なので追撃されたらあっさり捕まってしまっただろう。


 だが姫夏は追いかけてくることなく、代わりに一声で俺を絶望の底に叩き落とした。それは追い込んだ獲物を逃がすまいと確信した笑みだった。


「オトアキィ……さっきオマエが言ったこと、絶対許さないかんなァ」

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