第11話 姉の着エロDVDを見たのを姉に見られた

「ああああああヒメカっ⁉ ヒメカナンデーッ⁉」


 そんなバカな、いくら何でも帰ってくるのが早すぎる。仕事ある日はいつも十六時過ぎなのに。なんでどうして。


「いや今日の仕事近場だったし撮影も早く終わったからだけど。ていうかさ……」


 訝しむ視線を向けてくる姫夏。その視線は気のせいでなく俺の手元に注がれている。今俺が手にしているもの、それは……。


「えいやああああああ!」


 とっさに手近にあったゴミ箱へ姫夏のDVDを叩き込む。すぐさまそれを抱えてリビングから脱出を試みる。


「おいおいおいどこ行くんだよ」


 たった今ゴミ箱に叩き込まれた写真と同じ女が、しかし熱のない無表情を貼り付けて立ち塞がってきた。


「ななな何だよそこどけよ! おうちにおかえり! 今日の晩ごはんはオムライスだよ!」


「ねえ、今捨てたDVD見せてよ」


「そんななな一度ゴミ箱に捨てたものを拾うだだだなんて汚いってばばば」


「つーかあれヒメカの出てるやつじゃなかった? ちらっとそんな風に見えたんだけど」


「は? んなわけねえじゃん何でお前のビデオとか見なきゃいけねえんだよ」


「じゃ何でそんな隠してんだか。いーから見せろ!」


 押し問答を続ける気はないとばかり、踏み込んで腕を伸ばしてくる姫夏。ゴミ箱を後ろ手に隠すと、そのまま抱きつくような勢いで組み付いてきた。

 そんなことをすれば当然、彼女の体から最も前面に突き出た部位が俺の胸板へと押し付けられてしまう。


 それはもう、それはもう天国のような柔らかさ!


「ひひひ姫夏っ!? 近い近いっ!」


「んだよー近いから何だってんだよー」


 一度意識したらもう止まらない。

 さっき砂浜で躍り狂っていたあの二つの膨らみが、その大きさ温かさ柔らかさをこれでもかと誇示してくる。

 ここまでされるともはや感情とか理屈なんて関係ない。圧倒されるほどの物理的刺激。俺のソレが否応なしに反応してしまうのも条件反射のようなもので、つまりは生理現象、不可抗力。


「おらよーこーせー! よーこーせーっ!」


むにゅむにゅ、むぎゅっ。


「ひゃひぃっ⁉」


 これ俺の声ね。情けないったらもう。

 ちなみに姫夏はこんな悲鳴上げるような恥じらいなど欠片もない。ほんと完璧なのは見た目だけなのだ。


 それでも逆に言えば、顔と体だけは贔屓目に見ても圧倒的なほどの完成度を持つことになる。

 きっと学校では男子からモテまくるに違いない。どいつもこいつも上辺だけ見て近づいたら中身との惨憺たるギャップに幻滅するのだろうけど。


 しかしいずれにせよ、こいつに言い寄ってきた男どもが一人として経験したことのないだろう体験を、よりにもよって俺だけが現在進行形で味わっている。体験というか仕打ちと言えたかもしれない。


 とにかく、かつてないくらいの圧力でもって姫夏のおっぱいが俺の胸に押し付けられた。それであんな悲鳴を上げた。弾みでゴミ箱を庇う動きも止めてしまった。


「っと隙あり!」


 間髪入れずゴミ箱を姫夏に奪われてしまう。直後に飛び退きその中へ手を突っ込んで漁り出す。


「ままま待って! ほんとにやめてくれっ!」


「さーて何のDVDだったのかなァー? もしかしなくてもイタしてたんだろうけど誰のだったんだろなァー?」


 慌てて取り返そうとするも身を翻して買わされる。やめてと言うのに。ほんとにやめてと言ったのに。


 とうとう姫夏がゴミ箱から件のDVDを掴み出す。


「おやァー? いったい誰だろーねこのコ? なんかお前の知り合いにすんごく似てねェ?」


 すんごく似てるという割りにはパッケージの写真と似ても似つかない悪魔の笑み。一度開いた距離を再び向こうから詰めてきて、掴み上げたDVDを俺の顔に押し付けるようにして見せびらかしてくる。

 ああもうどうすれば。


「いや違うんだ姫夏、これはまたクラスメイトの純夫がっ……」


「あーはいはいはい」


「ほんとなんだって!」


「たとえそうだとしても重要なのはそこじゃないよな? オマエさっきこれ見てたんだろ? 男がヒメカのビデオ見てすることっていったら、一つしかないよなァー?」


「し、してない! 見たのは事実だけどそれはそういえば見たことなかったしお前の仕事ぶりがどんなもんかと思って見ただけでっ! 絶対にしてない! ててていうかしてたら真正の変態じゃねえか!」


「ふぅぅぅぅん? はぁぁぁぁん? へぇぇぇぇ?」


 姫夏のぎらついた笑みはますます濃くなっていく。これ以上ない恰好のおもちゃを手に入れたと雄弁に物語る愉悦か。はたまたその細めた瞼の向こうには今まさに噴火寸前の地獄の業火がたぎっていることか。

 どちらにせよ生きた心地はしない。


 俺が姉の着エロDVDで……オ●ニーしたと思われているっ……!


「オマエ言ってたっけなァ、ヒメカは犬みたいなもんだし、コーフンするなんてありえないとか」


「そそそそうだよ! 誰がお前なんかで興奮するかよ! だって家族なんだからな!」


「それにしてはずいぶん慌ててるけどさァ、何をそんなに隠してんのかなー?」


 背筋が凍った。

 女という生き物はどうしてこういうところを見透かす力に長けているのか。


「か、か、か、かくすだなんてなにも」

「それにしてはさっきからオトアキ、ヒメカが近づくとやたらテンパってるけど?」


 ずんずん近づいてくる姫夏。近づいてくるということはつまり彼女の体がまたしても俺に接触する危険が生じるわけで。そして正面から接触するとなるとまず何が触れるかって、そりゃ彼女の体から一番突き出た部分……ってこれさっきも同じようなこと言ったよな!


 つまり姫夏のおっぱいがこっちに向かってくる!


 またあんなもの押し当てられたらバクハツだ!


 いやさすがに爆発はしないかもしれないけどけどそれに近いところまではイってしまうかもしれない。


 それこそ俺が隠しているもの。姫夏には絶対、命に代えても知られてはならないところまで。


「や、やめろっ! こっち来るなぁっ!」


「なァに逃げてんの? あは、面白いぞコイツ♪」


 まさか姫夏はわかっててこうしているのか? でも俺がオ●ニーしていたと思い込んでいるのなら、確かにあえてそうすることで手玉にとろうというのはわかる。


 でも待てよ。ちょっと考えてみる。


 俺が思うに、もし弟が自分のDVDでイタしていたと知った姫夏が真っ先に取る行動とすると……。


「うわァァァァなに姉のDVDオカズにしてんだ死ねーーーッ!」


 と拳か脚か何かしらの一撃が飛んでくるものと踏んでいた。でなくてもドン引かれて口も利いてもらえなくなるかだ。


 ところがどうだ、結局こいつは怒るというより俺をからかうことに終始している。

 ともすれば心底楽しそうに、あるいは嬉しそうに?


 いやいやいやいや、何で嬉しそうになんか。俺が姉の着エロで興奮する変態だと思っているはずなのに。ロリコンだと疑われた時のあの喚きようを思い出せ。

 逆に考える。俺が近親相姦上等の変態だとして、なぜ姫夏が楽しそうにからかってくる?


「よーしじゃあ確かめてみよっかー?」


「な、何を……」


「オマエがほんとにヒメカでコーフンしないのかどうかってこと」


 すでに勝利を確信したような、勝ち誇った笑い。

 その愉悦でもって何をしようというのか。お前そんなことして恥ずかしくないのか。お前の方こそ恥ずかしくないのか。自分が弟にオカズにされていたということに。


 いやほんとにしてないからね⁉ ちょっと危なかったけどズボンに手をかけることなく踏み留まったからな⁉


「と、というかだよ! お前あんなカッコして恥ずかしくないのか⁉ いやカッコどころかあんなことして! ほとんど裸であ、あんな……」


 迫ってくる姫夏を手で制して絞り出す。彼女の顔から愉悦は消えたが今度はきょとんとした表情が浮かぶ。


「別に、大事なとこはちゃんと見えないようにしてるし。ていうかどこまで見たの? ほとんどハダカで、何してるとこ?」


「そそそそれはあれはこれは」


「なんなら再現してやろっか? このDVDでやったこと一通りさァ。リクエストがあれば応えてやってもいいぜェ?」


 再び愉悦を取り戻し、あろうことか自身のスカートをまくり上げる姫夏。下着が見えるギリギリのところでぱたぱたと扇ぐ。

 その所作にはビデオの中と同じで一切の躊躇がなかった。そこに俺は率直に抱いた感情を叩きつける。


「お、お前な……もうちょっと恥じらい持てよ。いくら売れれば金が入るからって、そんなことまで平気でするとかどういう神経してんだ」


「は? 恥じらいないわけじゃないし。好きでもなんでもない連中に見られようと知ったことないってだけ」


「そういう問題じゃないだろ。ほいほい脱いだりああいうことしたりするお前自身が変な目で見られるだろうが」


「何それ、ヒメカそんなんじゃないし」


「お前がそう思ってても周りはそうとは限らないってことだよ」


 そこまで言うと、姫夏がきょとんとした顔を今度はむすっとした仏頂面に変える。何かが癪に障ったらしい。


「何で今さらんなこと言うの? 今までヒメカの仕事なんとも言わなかったくせに」


「じ、実際に見たの今日が初めてだったからだよ。あんなのだと知ってたら……」


「知ってたら前から口出ししてたって? じゃあ知らなかったから今まで何も言わなかったのかァ」


「だってほんとに知らな……」


「あのさー、オマエくらいの男がどれだけスケベかってことぐらい嫌でもわかるんだよ。ヒメカの出てるビデオが『着エロ』って呼ばれてるのも知ってるなら、それがどんなもんか知らないわけねェじゃん。オマエも男だったらさ」


 確かに、姫夏以外の着エロを全く見たことがないといえば嘘になる。無粋な話をするなら一応は「一般向け」という括りにあるので、純夫に頼まずとも俺一人で買えるわけだ。

 けどこれまで見たものについて「エロいなー」くらいには思っても、今日ほど血流が激しく下半身を駆け巡った試しはない。


 脱いでいるのが実の姉か、今や名前も思い出せないアイドルかの違い。


 けど興奮したのは「姫夏だったから」ではなく、家族の目から見てもそれこそドン引きするほどエロかったと、そういうことだ。

 そういうことなんだってば!


「とととにかくだよ! 仕事は仕事だから俺がどうこう言える立場じゃないけど、せめて家とかでくらいほんとはまともなんだってわかるように振る舞ってくれよ! わかったらもっと離れる! 距離を取る! 距離を取らせろこっち来んなっ!」


「言ってることほんとメチャクチャだな……」


 呆れたような姫夏に肩をすくめられる。俺としたっていくら繕おうにも穴が多すぎてもう転覆することが決まった沈没船のよう。


 ならせめて人の目につかないところで静かに沈めさせてくれと、本命のDVDの入った紙袋だけ手に取って、姫夏の脇をすり抜けようとする。


「ちょっと待ったちょっと待った。どこ行くのさ」


「自分の部屋だよ、もういいだろなんでも。そのDVDいらないから捨てるなりなんなりしといて」


「はァ? いやいやオマエが買うかもらうかしたんだろ。オマエ持っとけよせっかくなんだから」


「いらない! もう見ねえよそんなの!」


「なッ……」


 それ以上追及してくることはなかったが、歯ぎしりしながらきっとこちらを睨みつけてくる姫夏。また何か癇に障ってしまったらしいが、その原因をたどることも、ましてやご機嫌取りをしようという余裕が今の俺にあるはずもなかった。

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