第4話 お姉ちゃんは許しません

「んんんぅっ……ふわぁぁぁっ♡ あ、あついのっ、かたくてながくてふといのっ、はいってきてるよぉぉぉっ♡ あぁぁんだめぇぇぇっ♡ そんなにこすったらおかしくなっちゃうのっ、こわれちゃぁぁっ♡ こわれちゃうよぉぉっ♡ おにいちゃんらめぇぇ♡ ずんずんしたららめらよぉぉぉっ♡ おへそのしたっ、むずむずしてせつないのぉぉぉっ♡ あっちゅうっ、ちゅうしてぇぇっ♡ ちゅぱちゅぱっ、んちゅぅぅっ、んむぅ、ぷはぁっ♡ あんぁあああくるっ♡ おくのほうからすごいのきちゃうっ♡ あっらめらよおにいちゃんっ、なかにだしたらあふれちゃうよぉぉっ♡ んあぁぁあああらめらめっ♡ らめなのにぃぃぃぃっ♡ あっあっあっイクイクイクんんぅあぁぁああああああっ♡」


「はいオッケーです、今のでいきましょう。佐倉さくらさんお疲れさまでしたー」


「あ、はい。ありがとうございました」


 私の名前は豊四季桜花。歳は二十六。職業は声優。主な出演作はアダルトアニメやPCゲームなどの「そのスジ」がほとんど。

 いま音響監督さんに呼ばれたのは声優として活動する時の名義「佐倉さくらはな」。さすがに本名でこのテの作品に出る度胸はないので、ほかにも複数の名前を使い分けて身バレを防いでいるというわけだ。


 もともと演劇畑の出身ではなく声優を志したことなどなかったはずなのに、紆余曲折を経てこの仕事で食べている。仕事は仕事なのでやるからにはベストを尽くすけど、さすがにさっきのような台詞を叫んでいると心が虚ろになる瞬間がままある。

 それも今日演じていたのは、見た目が明らかにその……ランドセルを背負っていそうな少女。明言はされないものの形式としては成人しているらしい。まあそこはお約束というか触れてはいけない部分というか。


 ……昨日、あんなことがあったばかりなのに。


「オトくんも、こういうのに興味持つのかしら……」


 オトくん自身はロリコンじゃないと否定していたけれど。

 私も、本当は違うと思っているし、彼の言葉を信じたいけど。


 しかし姫夏がオトくんの部屋から発掘したというあのDVDの山を見せられた時の衝撃が大きすぎて、「もしも」という想定が意識の大半を占有し続けてしまっている。


 もしもオトくんがロリコンだったら。


 もしも将来、それがもとで幼女に手を出すようなことがあったら。


 まさかオトくんに限ってそんなことはしないと信じているつもりだけど、でも私が声を当てているアニメやゲームの、ものによってはその……常軌を逸した度合いというか、いわゆるアブノーマルな内容を趣向する人たちがいるということを知ってしまったがために、男の人の性欲がどれほど強いかは嫌でも理解してしまう。


 理性では抑えが効かない領域もあるのではないか。

 もしも、そうだとしたら。


「はあ……どうしよう……」


 昨日、あれから夕食の席での気まずさといったら。姫夏に至っては部屋にこもってセルフ晩ごはん抜きになってたけど。アホなの?

 せめて仕事が遅くまでかかれば外食なり、でなくても家で一人で食べるなどして顔を合わさないようにはできるけど。

 でもそんなの、いくらなんでも、家族なのに。


 と。


「あら? 雪音から……」


 収録ブースから廊下へ出た直後、鞄に入れてあったスマートホンがメッセージの着信を伝えた。


 送信元は雪音から。内容はたった一言。


〈乙秋がカノジョ連れてきた〉


「はァァァァァァ!?」


 たった今までの演技の疲れも忘れた大声が出てしまった。いや出さずにはいられなかった。何事かという顔で音響監督さんがブースから顔を出す。


「そんなはずないわよ! あっていいはずがない!」


「さ、佐倉さんどうしたのそんな大声出して」


「弟が姉に無断で彼女とか作るわけないですよね!?」


「え? え?」


「そうですよね!? そうでしょ!? そうでしかない!」


「そ、そうだね……」


「帰りますッ!」


 一応、今日の収録は終わっていたので問題はない。念のため。


「もしもしタクシー会社さんですか!? 一番いいのを頼みます! ええそうです圧倒的に速さが足りているやつ!」



   *



 あたしの名前は豊四季雪音。歳は二十三。職業は漫画家、イラストレーター。主に成人向け雑誌やアダルトゲーム、同人誌での活動が中心。けどこの際あたしの仕事のなんたるかなぞどうでもよろしい。


 いま目の前にある切実な現実的問題。


 まああたしとしては別にどーでもいいっちゃいいというか、ほっといても色んな意味で面白いことになりそうなんだけど、ただ姉と妹は全く余裕がなさそうなので、こうして時折ブレーキをかけるために目をつけておかないとまずいわけだ。


 要するに勢い余って弟が殺されかねない。主に妹の姫夏に。


「ぶっころしてやる! やろうぶっころしてやる!」


 現に今、リビングのテーブルの脚に自分のツインテールで縛り付けられたこいつが喚いている。さっきからずっとこんな調子だ。


「落ち着け妹、まずは姉さまと作戦会議してからでも遅くないだろ」


「ただいまッ」


 言うが早いか、ドアを蹴破る勢いで桜花が帰ってきた。メッセ送ってから十分も経ってないんだけど。


「オトくんはどこ!? カノジョっていうのも一緒!?」


「ヒメカのハイパー夏色の脚スペシャルをぶち込んで爆散させてやるんだッ!」


「待てよ待てよまず状況を整理しようぜ」


 カノジョ……天城とかいったか? の方はともかく、昨日の今日で弟が袋叩きに遭うのを見過ごすのも忍びない。この姉さまと妹をほどほどになだめて、ついでにあたしとしても今のあいつを取り巻いてる状況を落ち着いて見直すこととしよう。


 だってさ、今まで浮いた話のひとつもなかった弟がいきなりカノジョ連れてきたんだぜ?

 ちょーおもしろいじゃん?


「とりあえずざっくり経緯を説明すると、乙秋とカノジョ……天城とかいうのは同級生らしくて、中学の頃から付き合ってるらしい。ついでにもうヤることヤったらしい」


「あぁぁあぁぁあああぁ」


 ベトナム戦争映画のワンシーンみたいに天を仰いで膝から崩れ落ちる桜花。うーん、前から思ってたけどこの姉さまも姉さまで重症だ。

 

「よく聞けって。あくまでどれも『らしい』ってだけで確定じゃない」


「え……それって」


「あたしの見たとこじゃたぶん嘘だな。唐突なのもあるけど何より乙秋の反応がウブすぎる。ヤることヤっといて今さら乳押し付けられたくらいであたふたするか?」


「そんなことしてたの!? どうして止めなかったの!?」


「コトもあろうにアイツじゃなくてヒメカを止めてたからだよこユキ姉!」


「そりゃコトだわ!」


 あーもう話が全然前に進まない。ある程度は無視するしかないな。


「まあ要するに、あの二人は付き合ってもなければおせっくすもしてない、というのがあたしの見立て。まあカノジョの方はともかく、我らが弟くんはまず間違いなくドーテーのままだろうね」


「お、オトくんがまだ童貞……!? ああ、それを聞いただけで心が洗われるような思いだわ……! よかった、本当によかった……」


 弟に女性経験がないことにそこまで感極まられても。


「ままままあそこはヒメカとしても? アイツがそんなわけないよなってのは薄々わかってたけどさ?」


「じゃあ何でそこまで怒ってんだ妹」


「あれだけ煽られたらそりゃ怒るだろッ! それも人のショユーブツに! 貧乳、あんな貧乳の分際でェ……!」


「二人が偽装カップルっていうのはわかったけど……でも、何のためにそんなことを?」


 うん、最大の論点となりそうな疑問だ。

 本当は付き合ってもないのに、ああしてカップルを装い、しかもうちに連れてきた。

 考えられるとすれば。


「たぶんだけど、昨日のアレじゃねーかな」


「昨日のって、まさか……」


「クラスメイトから預かっただけのDVDのせいで、本当は違うのにロリコンだと疑われて信じてもらえない。あたしが言ったようにロリコンじゃないと証明するためには、普通の性的嗜好であることをあたしたちに見せなきゃならなくなった。そこでどういう経緯かは知らないけど彼女をカノジョってことに仕立てて連れてきた。まあ結果としてはあいつの目論見通りに運んだんじゃないか? 見事にロリコン問題が無限の彼方に消し飛ぶくらい騒いでたわけだしな」


 姉と妹、二人してぽかんと口を開けて固まっている。やがて信じられない、という風に姫夏が声を震わせて絞り出した。


「は、はぁぁ……? そんなことのためにわざわざ、あんな……?」


「いやそんなことってどころじゃなかったよな? あいつにしても自分がロリコンだと思われたままでいるのは嫌だろそりゃ」


「じ、じゃあ私たちがオトくんを追い詰めて、こんなことに……」


 そこまで深刻に捉えなくても、というくらい桜花は落ち込んでいる。まあこの調子ならこの姉さまは説得できそうだな。あたしは未だへたり込んだままの彼女の前で屈み、目の高さを合わせて言った。


「よくよく考えてみろよ。仮にあのDVDが本当に乙秋のものだったとして、おまけにやっぱりロリコンだったとしたら、バレた時点でどれだけ慌てたと思う? あんなもんじゃ済まねえだろ。第一小遣いだけで生活してるのにあんな量買えるわけないし、あいつの童顔でそもそも買えるはずないし」


「じ、じゃあオトくんは本当にロリコンなんかじゃ……?」


「そゆこと」


「わ、私……それなのにオトくんのこと信じられなくて、一方的に決めつけて、ひどいことを……」


「そこは素直に謝れば許してくれるだろ、あいつのことだし。それに疑惑も晴れればあんなカップルごっこすることもなくなるんだ。たったひとつ、あいつの潔白を信じさえすりゃな」


 ほっとした素振りの桜花とは逆に、膨れっ面のままな姫夏が尖らせた唇をあたしに向けて言う。


「ていうかなにさ、その口振りじゃユキ姉は最初から全部知ってたってこと? 何で教えてくんなかったんだよ」


「説明しても聞く耳持ちそうになかっただろ。まあ本音は黙ってた方がいろいろ楽しくなりそうと思ったからというのがある」


「楽しくありませんっ。もう、お芝居だとはわかっても心臓に悪いわ……オトくんに彼女だなんて……」


「まああたしもあいつがこんなことするとは想像してなかったけどさ。おかげで次の原稿のネタにできそう」


「んなことどーでもいいからそろそろほどいてよこれ! 髪が傷んだらグラドル生命の絶対の危機ピンチだ!」


「わかったわかったヒャクセンレンマ」


「うぉぉぉぉい傷口をほじくり返すなぁぁぁぁ! やっぱあの貧乳ぶっころーす! でなくても泣かす! あんな垂直絶壁女ごときにヒメカのオトアキが堕ちるわけないことを知らしめて泣かせてやるッ!」


 昨日の出来事に思いを巡らせてかしおらしくしている桜花はともかく、この妹に関してはどうあっても血を見なければ収まりがつかないらしい。


 でもなんだか面白いことになりそうだから、机の脚に結んだツインテールをほどいてやった。

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