第3話 ファースト・コンタクト

「ぎ、偽装彼女ね……」


「当たり前でしょうが」


 タネを明かせば何のことはない。姉ちゃんたちの前でお互いに恋人同士と言い張るだけだ。


 そういうわけで放課後、俺は天城を伴って帰途についていた。通っていた中学も同じなのでもともと家も近い。行ったことも、逆に来てもらったこともないけど。


 ……つまり今日、俺は初めて天城をうちに入れることになる。


 何なら女子を家に上げるだんて下手しなくても小学校低学年以来じゃなかったか。


「えっじゃあお前これから俺んちに上がって姉ちゃんたちにアイサツしてくってことだよね!?」


「私が昼休みに話した段取りそのまんまだけど、それが?」


「いやでもだって……」


「それ以上は何もないわよ、お芝居なんだから。むしろ何があるとか思ってたの?」


「べ、別に……」


「なんかいやらしいこと考えたんだろうけど」


「ちちち違うよ! 変態じゃ俺変態じゃないもん!」


 本音を言うと、より「恋人らしい」ことでもさせられるのかと思った。具体的にそれが何なのかはわからないけど。


「でも、何でわざわざここまで……俺のために」


「だから、中学の時あんたには助けられたから。そのあんたが困ってるならこれくらいの義理を果たすのは当然。それでいいでしょ」


「いやそれはありがたいんだけど、天城はいいのか? 演技とはいえ俺とその、こういう……」


 つまり、上辺だけでも俺と彼氏彼女の関係にある、と名乗ること。

 うっかりよそに漏れたらまあ面倒なことになるだろう。


 すると天城は不意に足を止め、改まったように俺へ向き直り、びしと右手の人差し指を突き付けてきた。


「言っとくけど!」


「は、はい」


「これは芝居であって! 人助けであって! そして一度きりだから! それ以上は絶対にないから! こんな形でほんとの関係にまで発展するとかそういうのマジで気持ち悪いから! だから余計な心配しなくていいし考えも起こさなくていいっ! 全部私の言う通りに動いてればいいのっ! わかった!?」


「はひ」


 そこまで凄むと、ぷいとそっぽを向いた天城はずんずん歩いて行ってしまう。それから俺の家に着くまで一言も発さないのだった。



   *



 家に着いたのは十六時半頃。ちなみに天城の家はここから歩いて三十分ほどの距離らしい。


「今の時間、真ん中の雪音姉貴は確実にいるけど、下の姫夏は仕事がなけりゃ帰ってるかってとこだな」


「仕事? 姫夏さんは十七歳って言ってたけど、バイトでも?」


「いやなんていうか……モデルというか、アイドルみたいなことやってんだ」


「え、何それ。すごくない?」


 純粋に驚いた素振りの天城。仕事の詳細はぼかすことにした。まあ姉が着エロアイドルとわざわざ紹介したくもない。

 ほか二人にしたって俺がなんとも思わないにしても、世間的にはどうしても偏見を呼ぶ仕事だ。天城がどう思うかまでは定かでないが。


「上の桜花姉ちゃんは仕事ある日は十八時まではまず帰ってこないから、とりあえずその二人とコンタクト取れりゃいいだろ」


「わかった。ていうか、あんたもちゃんと合わせなさいよね」


「合わせる?」


「私のカレシらしく振舞えってこと」


 そんなこと言われてもカノジョなんていた試しがないから勝手がわからない。


 というか、こいつにしたってどう「カノジョ」らしく振る舞おうというのか。普段目にするのがつっけんどんな調子だから皆目見当もつかない。


 そもそも、いたことあるのか? 天城に彼氏って。もちろんこんなことするからには現在進行形の相手はいないはずだが……。


「ただいまー」


「お邪魔します」


 とにかく状況開始。天城を後ろに従え家に入る。


 ひとまずリビングに顔を出すと、おあつらえ向きに雪音姉貴と姫夏が揃ってソファーでテレビを見ているところだった。ふと雪音姉貴が気づいてこちらを見やる。


「ただいま」


「おっす」


「こっち来るなロリコンがうつる」


 平常運転の雪音姉貴と対照的に、テレビの方を向いたまま吐き捨てる姫夏。こいつは昨日の晩も「ロリコンの作った飯が食えるか」とか言いやがった。結局ほんとに何も食べなかったらしいのでセルフ晩飯抜きだったようだ。アホか。


 さてと、俺は極力平静を装いながら、それとないつもりで言い放った。


「あ、今日彼女連れてきたから。悪いけど晩飯、それぞれで何とかしてくれ」


「お邪魔しまーす」


 脇から顔を出して二人に会釈する天城。素材の良さが窺えるさわやかな笑みを浮かべて。


 その瞬間の二人の表情と言ったらもう、揃って口をぽかんと開けて、目を見開いて、ああ姉妹なんだなと思わずにはいられないくらいそっくりな形で固まっていた。

 初動はうまくいったようだ。ひとまず天城を伴って自室へ向かう。


「ちょっと待ったちょっと待てェェ!」


 二階への階段に足をかけようとしたところで、リビングから姫夏が追いかけてきた。


「カノジョとか聞いてないんだけど聞いたことないんですけどっ!?」


「い、言ってなかったからな」


「いやいやいやいやありえないし! オトアキにカノジョとかいるわけないし!」


「でも事実、こうしているわけだし……なあ?」


「初めまして、天城玲愛といいます。乙秋くんとは中学からの付き合いで……」


「そんなことあるわけない! あっていいはずがない!」


 この時の姫夏の顔と言ったら、怒っているというか、絶望してるというかで、ついでに見開かれた目は血走っている。そういえば昨日もこれと似たものを見た気がするような。

 けどわからないのは何がそこまでこいつを駆り立てるのかということだ。


「何言ってんだよ、俺に彼女がいたっていいだろ」


「ウソだウソだウソつくな! 第一オマエはロリコンなんだからそんなはず」


「乙秋くんがロリコン? そんなわけないじゃないですか。もしロリコンだったらこうして付き合ってるはずないんですし」


 天城の芝居はなかなかのもので、本当にそうではないかと思わせるほど自然で滑らかなしゃべりだ。ぎこちない俺とはえらい違いである。


「だ、だ、だとしても! そんなの許さない! 弟が姉に断りもなくカノジョ作るだなんてッ!」


「別に許してもらおうだなんて思ってませんけど。ねえ乙秋くん?」


「え? お、おうッ……!?」


「なぁッ!?」


 天城がやけに煽ることに不安を覚えた矢先、彼女は俺の右腕に抱きついてきた。

 二の腕にかすかな、しかし確かに柔らかな感触が触れる。


 正直天城のナニガシは歳不相応というくらい控えめに見えていたのだが、考えを改めざるを得ない。この世の真理は大きさでないということがわかった。

 わかった瞬間、俺の全身を血液という血液が駆け巡る。顔は上気し、下半身は充血する。モノは硬くなるべくして硬くなる。


 幼稚園児にもわかるよう砕いて言うと、あまぎのおっぱいがあたってこうふんしました。

 それだけでしかないけど、それはもう確かなこと。


 姫夏はとうとう言葉を失って、口をぱくぱくさせるだけとなった。見かねたように後ろから雪音姉貴がやってきたが、さしもの彼女も怪訝そうな面持ちを隠せてはいなかった。


「乙秋、マジなん?」


「お、おう。マジマジ」


「どこまでいったの?」


「え?」


「いや彼氏彼女としてさ、どこまでやったのかって」


「どこまでってそんな……」


「イクとこまでイキましたよ?」


 俺の腕を抱いたまましれっと言う天城。


 空気が凍った。


 比喩とかじゃなく本当に体感温度が下がった気がした。


 え、待って? 何言ってんのこいつ? 芝居だよね?


「あ、天城……お、おまおまなにおま」


「もう、乙秋くんったら。『そういう』時以外も私のこと名前で呼んでって言ってるじゃない」


「う、うそ……うそだ……おとあきはどーてーのはず……」


 真っ青になってマナーモードのように震え出す姫夏。いや確かに童貞なんだけどさ。状況的に天城の言うことに合わせた方がいいんだろうけど合わせない方がいい気もする。もうなんだかよくわからない。

 天城はいっそう俺の腕を抱く力を強めながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い捨てた。


「中学の頃から付き合ってて、今日まで何もないはずないじゃないですか。えっと、姫夏お姉さん、ですよね? もしかしてあなた……『そういう』経験、ないんですか?」


「ぅぅうううぁぁわああぁあぁぁぁぁああああああッ!」


 それは仮にもグラビアアイドルを生業とする女が発していい声ではなかった。感情をそのまま出力しただけの咆哮だった。叫びながら、姫夏は地獄の形相で俺たち目掛け突撃してこようとした。だがすんでのところで雪音姉貴に止められる。


「うぅぅおおぉわぁぁああぁぁ離せぇぇええぇぇッ!」


「乙秋ー、ひとまず逃げろー。この件は後でじっくり話すとしていま逃げないと命がないぞー」


「お、おう。それじゃ天城、行こうか」


「うん。乙秋くんの部屋に逃げようね」


「逃げるんじゃねェェェサシで勝負だァァァッ! ぽっと出の同級生がヒャクセンレンマのグラドルに勝てると思うなァァァーッ!」


「百戦錬磨の処女って何と戦ってきたんでしょうね?」


「おぅぁああぁぁああぁぁぁああああッ!」


 ここまで来ると姫夏の騒ぎようより、過剰なまでに相手を煽る天城の考えの読めなさのが恐ろしい。

 結局、雪音姉貴が姫夏を羽交い絞めにしている間に二階の自室へ。それまで天城は俺の右腕を抱いたままだ。俺の右腕に天城のおっぱいがおしつけられたままだ。ああもうこのままかんがえることをやめたい。おっぱいはやわらかい。はじめてのかんしょく。


 へやにはいってどあをしめると、ものすごいちからであまぎにつきとばされた。


「芝居だって言ってるでしょ何デレデレしてんのよ気持ち悪い!」


 ぼくもうおうちにかえりたい。

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