第2話 たったひとつの冴えたやり方?

「いや困るよ主にオレが困るよ! あれだけ集めるのにいくらかかったか知らねえのか!」


「知りたくねぇよ」


 翌日、学校で純夫にDVDの件を話すと人目も憚らずに喚きやがった。こいつの変態ぶりはクラス中に周知されてるとはいえ、一緒にいる俺まで誤解されかねないので勘弁してほしい。


「とにかくどうにかして取り返してくれよ! お前いいよな親御さんが出張中だなんてよ、オレがどれだけああいうのに厳しい環境で育ったか知らねえからそんな他人事でいられるんだ! 今まで禁欲が行き過ぎて血反吐どころか口からセーエキ吐きそうになるくらいガチガチな生活を」


「わかったわかったからちょっと黙れほんとに!」


 公衆の面前でセーシとかセーエキとか大声で言うなバカ。


「けどな、姉ちゃんたち俺がいくら言っても信じてくれそうにねぇんだよ。純夫がうち来て説明してくんねぇかな」


「は? やだよそれじゃお前の姉ちゃんたちにオレの性癖を暴露するようなもんじゃねえか。そんな趣味なんかねーし」


「全部の意味でもう手遅れだと思うけどなァ!」


「とにかく乙秋があれを使ってないって証明できりゃいいわけだろ? もっとほかに方法があるはずだぜきっと、おそらく、たぶん、あきらめるな」


 もう見捨てようかなこいつ。もとはと言えばこいつがあんなもの押し付けてこなけりゃ俺がロリコン疑惑を向けられることもなかったんだ。


「朝からなにドン引きするようなことで騒いでんの?」


 と、俺の右隣の席からつんと尖った女子の声。クラスメイトの天城玲愛あまぎれあが鞄を机の脇に掛けながら席に着こうとしていた。

 表情は果てしないくらいの呆れに満ちていたが、まさか純夫だけじゃなく俺にもそれが向けられていまいなと焦る。

 さすがに純夫もこのタイミングで女子に話しかけられたことに慌てるが、こいつの場合もう手遅れだから今さら繕ったところでどうにもならないんじゃないか。


「い、いや天城その、これは男同士の問題だから……」


「ばっおまっ」


 繕うどころかこっちに飛び火するようなこと言いやがった!


「ふーん、豊四季も関わりあるんだ」


「いや関わりというか巻き込まれたというかで……あ俺は違う変態じゃない!」


「おいその言い方じゃ残ったオレが変態みたいになるだろ!」


「変態だろうが実際!」


 もう去勢してもこいつ以外困る人いないんじゃないかな。

 まあこのくらい煩悩が行き過ぎてる奴がいないと、俺としてもそのスジのブツを調達するのに頼れるアテがほかにないので、それはそれで困るのだけど。


「とにかく頼むぜ! ちゃんと取り返してくれたらそっちの欲しいなんか奢ってやるからよ」


「だからそういう話を周りに聞こえるように言うな……」


「何? 欲しいとか奢るとかって」


 退散していく純夫には目もくれず、俺をじっと凝視して追及してくる天城。


「あ、天城には関係ないよ」


「そういう言い方されるとカチンと来るんだけど。まあ今の流れからしてロクなものじゃなさそうね。そっか豊四季も結局は男か……」


「お、男で悪いか! そりゃこんな顔してるけど俺だって……」


「顔? 顔がどうかした?」


「いや……もういい……」


 自分で言うのもなんだが、俺の顔つきはおよそ「男臭さ」というのからかけ離れた作りをしている。

 いくらか客観的に形容するなら「中性的」というやつか。たまに「童顔」とか「女の子みたい」とか言われることもある。

 そのスジのブツが自分では買えないので純夫をアテにするというのも、つまりそういうことだ。


 そういうわけだから、この顔のおかげで得をしたことなんて一度もない。今の天城の口ぶりだって俺のことを男扱いしていたのかしてなかったのか。複雑極まる。


「まあどーでもいいけどね。須田は行き過ぎてるにしても男子の変態度合いなんてどれも似たり寄ったりだろうし」


「お、俺もその中に含まれてる? ていうか、俺も変態に見えてる?」


「こんな話したくないんだけど」


「そだね……うん、やめよう……」


 何をいくら話したところで見苦しい言い訳にしか聞こえなさそうなので諦めた。


 ……ていうか、俺なにも悪くなくね? 昨日のことといい、全部。


「はあ……どうしよう……」


「そ、そんなに落ち込む? 別にあんたのこと本気で変態とは思ってないから……」


「そう言ってくれるの天城だけだよ……」


「何かあったの? さっきの須田絡みっぽいけど。相談してくれたら力になれるかも」


 ずい、と椅子から身を乗り出してくる天城。こいつとは中学からの同級生だが、全容を知らずともとりあえず世話を焼きたがる、あるいは首を突っ込みたがるところは相変わらずだ。


「ありがたいけど……でも女子に相談することかな……」


「そんなにいやらしいこと? それとも須田の手前?」


「いや純夫はどうでもいい。あいつの身から出た錆だ」


「なら遠慮しなくていいわよ。あんたには中学でいろいろ助けられたし、でなくたって困ってるんなら見捨てるのも寝覚めが悪いしね」


 天城のこういう正義感とか義理堅さは素直に尊敬するし、男らしくない俺なんかよりよっぽどカッコいいと思う。



   *



 昼休み、教室棟と特別棟とをつなぐ三階の渡り廊下で天城と落ち合う。露天なこともあって昼休みは生徒にそこそこ人気のある場所だが、開けているので教室ほど話をするのに人目を憚ることはない。


 その片隅で腰を下ろし、広げた弁当をつつきながら昨日あったことを話した。正直女子と、それも食事中に話すようなことではないと思ったが、しかし単独では進退窮まっていたのも事実。藁にも縋る思い。


「とりあえず須田がどうしようもない変態なのはわかったけど……というか、何であんたも引き受けたの?」


「男にゃいろいろあんだよ」


「アホくさ……けどほんとに豊四季はロリコンじゃないのよね?」


「信じてくれないならよそを当たるほかないな……」


「待ってよ、一応確認しただけ。あんたにそういうケがなさそうなのはわかってるから。第一ほかを当たるったってそんなアテあるの?」


「ないけどさ……」


 実際、天城にまで信用してもらえないといよいよ純夫をうちまで引きずっていくぐらいしか手段がない。いや最初からそれでいい気もしなくはないけど。


「そういえば前からそれとなく聞いてたけど、お姉さんがいるのよね」


「ああ、三人」


「いくつ?」


「上からええと、二十六、二十三、十七」


 ちなみに両親は同じ職場で共働き、おまけにどちらも泊りがけや出張が多いくらいには多忙で家に居つかない。今なお二人きりで過ごしていることが多いくらいお熱い様子でもあるらしいが。

 そういうわけで家事ができないことさえ除けば、昔から最年長の桜花姉ちゃんが俺にとって親代わりのようなものだった。


「うーん、まあ……気にする歳なのかな。自分たちの弟のそういう疑惑とか可能性っていうの。けど私も同じ立場だったら、須田のこと話されても苦し紛れの言い訳にしか聞こえないだろうし」


「マジか……変態、俺変態だった……?」


「つまりロリコンとかそういう変態じゃないって証明できる証拠がないわけでしょ? ないなら作るしかないよね」


「いや作るったってどんな」


「だからロリコンじゃない、性癖としていたってノーマルで、普通の女の人をそういう対象として見なす……」


 そこまで呟いて、不意に天城が弁当をつつく箸の動きを止めて目を丸くした。かと思えば箸を握ったままの拳で俺の二の腕をどついてくる。


「いてぇよ! なにすんだよ!」


「人になんてこと言わせようとしてんのよ! 私までそっちの変態時空に誘導しないでくれる!?」


「してねぇし! ていうか何だよ変態時空って! 俺そんな異空間の住人だと思われてんの!?」


「とにかく……少なくともロリコンじゃないなら、むしろ何なのよあんたは」


「な、何って?」


「つまりどういうのが好……ってだからっ!」


「痛いってばなにするだよ!」


「仮にも女子にこれ以上しゃべらせるんじゃないっ! やっぱあんた本当は」


「わかった俺が悪かったから! ちゃんと言うから!」


 拳どころか箸を突き刺しかねない勢いだったので慌ててなだめた。端正な顔つきがむすっとした形を作って俺を睨む。

 黙ってればかなり美人だと思うのに、こういう気の強さだったり世話焼きが行き過ぎて小うるさいところだったりがそれを相殺しまくっている。つくづく損な奴である。


「で、それで……何、俺の好きなタイプってこと?」


「幼女趣味じゃないんでしょ?」


「もちろん。ってか、別にどんなのが好きとかそんなこだわりなんて……普通だよ、ほんとに」


「その『普通』っていうのが抽象的すぎるのよ。とっさの言い訳っぽく聞こえないようにするには、もっと具体的な話をしないと」


「具体的っていうと……」


「ねえ、さっきからわかってて私に先をしゃべらせようとしてる? ひょっとしてそういう性癖なんじゃないの?」


「違うから! ほんとにそんなじゃないから箸の先をこっちに向けないで! 目を狙わないで!」


 ところが今度はなだめようとしても振り上げた拳を下ろしてくれない。これはもう天城の促す通りの内容を話さなければ回避できないらしい。慌てて自分の中の趣味趣向を見つめなおす。

 ……ほんとに変な趣味とかプレイに興味があるつもりはないんだけど。


「で、でもほんとに『普通』っていうしかないというか……歳とかスタイルとか、そんな気にしないし……。なんていうかこう、言葉じゃ表せない感覚的なとこでビビっとくるのはあると思うけど……」


「ふーん……」


 何とか天城は拳を下ろしてくれた。と思ったが、彼女が真剣そのものな表情で頷いていたので、俺は自分がいかに恥ずかしい告白をしているのかに気づかされた。


「ばっ、お前この話誰かに言うなよ! てかそんなクソ真面目に聞いてんじゃねえよ!」


「別に言いふらしはしないけど……でも、そっか。うん、そうだよね。ロリコンじゃないんだもんね、うん」


 うっすら笑みを浮かべ、何かを確認するように頷いている天城。勝手に自己完結されてるようで不安しかない。


 ……結局、相談したところでこっちが余計な傷を負うことになっただけかもしれない。諦めた俺はそそくさ退散しようと弁当の中身を乱雑に口へかき込む。味わう余裕などあるはずもない。


 ところがごちゃごちゃした咀嚼音に紛れて、隣の天城がぽつりと呟くのが聞こえた。


「じゃあ、彼女でも作れば?」


 聞こえて、咀嚼途中の卵焼きとかミートボールとかをまとめて吹き出しそうになった。慌てて飲み込み天城に向き直る。


「か、かかか彼女? いやいやいやそんな」


「いないんだっけ?」


「いるわけねーだろいたらこんなとこでお前なんかと飯食ってねえよ」


 脳天に拳骨が飛んできた。声も出せないくらい痛かった。思考とか感情がぐでんぐでんに捻転する。


「な、なにをするだぁ……」


「ごめん、すごくムカついたから」


「おまえさ、そうやってすぐてをあげるのよくないよ……」


「今のとこあんた以外にはしてないから、ご心配なく」


 まず俺の心配をしてほしい。

 少しして痛みが引くと、直前まで何の話をしてたんだっけと思考が戻ってきて、それからこいつが素っ頓狂なことを言い出したんだと思い出した。


「それで……なんだって彼女? それと俺にかかった疑惑とどう関係あんだよ」


「だから、彼女がいるならまともってわけで、つまりロリコンじゃないことの証明にならない?」


「あー……」


 なるほど。

 なるほど?


「えっそうかな……」


「でもほかに方法なんてある?」 


「そうかもけど……」


 さっきの殴られた影響もあってか輪をかけて思うような言葉が出てこない。まとまらない思考が洋画のヘンテコな字幕みたいな台詞で出力されてしまう。


 というか、いろいろ言いたいことはあるけど最大の問題はだよ。


「いや、だから俺に彼女とかいねえし。作れる気もしないし。どうしろってんだ」


「じゃあ作ればいいじゃない」


「あのな、だから……」


 この顔でまともに男とみなしてくれる奴がそういたものか。いやそれだけが問題じゃないけど。

 こいつは自分が美人だからってものの尺度を自分基準で測りすぎるんじゃないか。だからこんなことを言えたのだ。モテない野郎の身にもなってみろ。


 ところが次に天城の口から出た言葉に、俺はかつてないくらい間抜けな面をしていたと思う。


「……何のために私がいると思ってんのよ」

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