ネネ姉じゃんにコーフンするわけネーちゃん!

城駄磨人

第1話 家族会議の議題「弟が幼女ものAVを持っていた件」

 五月の、ある水曜日の十七時過ぎ。

 下校ついでスーパーで買い物してから帰宅すると、玄関にはすでに靴が三足。


「あれ、姉ちゃんと姫夏もう帰ってたのか」


「お帰りオトアキ~!」


 ドアの音で気付いてか、リビングからとてとて小走りに駆け寄ってくる姉の姫夏ひめか。今週一番ってくらい満面の笑みを振りまきながら。


 ライトブラウンの艶やかなツインテール、くりくりとした目に長いまつ毛。すらっとしているけど、出るとこは十分すぎるほど出たスタイル。

 見た目だけは贔屓目に見てもずば抜けてるので健全青少年ならコロッと騙されてしまいそうなものだが、弟である俺はこいつの本質をよく知っているので真っ先にそこへ違和感を覚えてしまう。


 なにせ俺の帰宅を向こうから出迎えることなどあった試しがないからだ。


「あ、買い物してたんだ。お疲れ」


「お、おう」


「オカねぇー! ユキねぇー! オトアキ帰ってきたよー!」


 振り返って家中に響くような大声で呼び掛ける姫夏。姉妹三人そろって何か示し合わせたことでもあるのか。

 間もなく二階からぼさぼさ頭とジャージ姿の雪音ゆきね姉貴が階段を降りてきた。


「おっす」


 と短く発してリビングへ消えていく。

 それと入れ替わりで桜花おうか姉ちゃんが顔を出した。


「オトくん、お帰りなさい。それ持つわね」


 黒のミディアムボブ、厚縁の黒眼鏡の向こうにいつも通りの柔らかな微笑をたたえてやってくると、俺の手に提げられていたスーパーの買い物袋を受け取ってくれる。


「今日の晩ごはん、これから支度よね?」


「うん」


「ほんとにごめんなさい、その前にお話したいことがあるの。とても大事なお話なの。私たち揃って話さなければならないくらいにね」


 やはりそういうことか。半ひきこもりの雪音姉貴はともかく、仕事で家を空けがちなもう二人までこの時間にいるのは奇妙なところしかなかった。


「なんだよ改まって」


「とにかくこっち。このために仕事早退けしてきたんだから」


「そんなに!?」


「ええ、私たちの今後のためにも、今日絶対はっきりさせなければならないこと」


 桜花姉ちゃんは口調こそ穏やかだったが、その言葉の節々には有無を言わさぬ気迫が滲み出ていた。

 ああ、そういえば一度思い込んだらめちゃくちゃ頑固なんだよなこの人、と思い出す。何であれ拒否権などあるはずもないので、俺は二人の姉に従ってリビングへと向かった。



   *



 さて、我が豊四季とよしき家は四人姉弟から構成されている。


 長女・豊四季桜花とよしきおうか。二十六歳。職業・声優。主な出演作はアダルトアニメ、PCゲームなどのいわゆる十八禁作品。


 次女・豊四季雪音とよしきゆきね。二十三歳。職業・漫画家、イラストレーター。主に成人向け雑誌で活動している。


 三女・豊四季姫夏とよしきひめか。十七才。高校三年生の傍らグラビアアイドルとして活動中。出演作はいわゆる「着エロ」とか呼ばれる際どいもの多め。


 長男・豊四季乙秋とよしきおとあき。十五歳。とりたてて書くこともない高校一年生。強いて言うなら両親が仕事で不在のなか、壊滅的に生活力のない姉たちに代わり家事を担っているくらい。 


 何の偶然か、姉三人はいずれもそのスジ……率直に言ってエロ方面の仕事を生業としている。

 別に俺はそこに思うところがあるわけじゃないし、仕事は仕事なのだから本人がよければそれでいいと考えている。もっというと姉たちの職業柄、俺が性癖的にこじらせてるのではないかとたまに疑われたりもするのだが、そんなつもりは全くない。


 全くないはずなのに。


「単刀直入に聞くけどねオトくん。話っていうのはこれのことなんだけど」


 リビングのテーブルに向かうなり、対面に座った桜花姉ちゃんがナップサックの中身を一面にぶちまけた。


 それは見覚えのあるナップサック。中にはクラスメイトの須田純夫すだすみおから預かった「そのスジ」のブツたちが詰め込まれていたはず。

 この瞬間リビングというごく普遍的空間に似つかわしくないDVDたちが、テーブルの上に山となって積み上げられていた。


「そりゃオトくんだって男の子だし、こういうものに興味を示すのはわかるわ。節度を守れば目をつむってあげてもよかった……けどね? けどねぇぇぇ?」


 引きつった笑いに細めた目をうっすらと開ける桜花姉ちゃん。その瞳は気のせいでなく血走って見える。怒ってるというか、絶望してるというか。


「何か申し開きがある? このロリコン」


 俺から見て左手に座っていた姫夏が、山の中から一本のDVDを無造作に掴んで放ってきた。同時に発せられる侮蔑に満ちた声。

 DVDのパッケージはランドセルを背負った小さい女性(出演者は成人済みと隅に小さく書かれてはいたが)が数十本のリコーダーに囲まれている写真。タイトルなど読み上げる気もしない。

 もっというと、いま机の上に積まれているDVDのほとんどがいわゆる「幼女もの」のAVである。


 とりあえず。


「……なんでこれ見つけたの?」


 俺のじゃないとはいえさすがに見つかるのもなんなので、押し入れの奥に隠しておいたはずなのだが。

 つまりは三人のうちの誰か……十中八九姫夏だろうが……が俺の留守の間に家捜ししやがったということになる。さすがにそんなことをされれば俺も黙っているわけにはいかない。


「そんなこと今は関係ありませんッ! 重要なのはオトくんがこれを持っていたということですッ!」


 ばん、と両手のひらで机を叩いて凄む桜花姉ちゃん。反論する間もなくまくし立てられる。


「そりゃお姉ちゃんだってこういうゲームとかアニメの仕事してるからそのテの趣味の人も世の中にはいるって知ってたわよ? でもまさか自分の弟がそうだなんて夢にも思わなかったいや思うわけないじゃない! でもねぇもし見つけたのが一本だけとかならまあお姉ちゃんとオトくんだけの話し合いで内密に済ませてあげてもよかったのよ? なのにこんな量見せつけられたらそうはいかないでしょ⁉ いつの間にこんなっ、こんなロリコンなんかに育って……!」


「ち、違う! 俺はロリコンじゃない!」


「どの口がんなこと言うのかなァー!」


 ばしばしとテーブルを叩きながら凄んでくる姫夏。何が二人を駆り立てているというのか。


 いやでも考えてみれば、俺も純夫のやつからこんなおびただしい数のAVを預かってくれと頼まれた時は正直引いた。あいつが幼女趣味ではなく「幼女もいける」と知ってなければトモダチやめていたかもしれない。いややっぱりやめてもいいのかもしれない。

 とまあ同じ男の俺でさえそう感じるわけだから、桜花姉ちゃんたちが勝手に覚えた衝撃の計り知れなさたるや相当なものに違いない。


 けど問題なのは本当に俺はロリコンなんかじゃないということであって。


「いやこれはクラスメイトが親に家捜しされるからそれまで預かっててほしいって言われたからで!」


「んなこと信じられると思うー? 仮にオマエのじゃないにしても使ってないってホショーはどこにあんだよロリコン」


「よく聞いてオトくん……小児性愛は異常性癖なのよ? 社会的にも犯罪者予備軍みたいなレッテルを貼られちゃうのに……それがわかってればこんなものに手を出すことなんてないはずなのに……どうして……」


 桜花姉ちゃんはこっちが引くぐらい落ち込んでいる。このぶんだと何を言っても二人には潔白を信じてもらえなさそうだ。すがる思いで右手に座る雪音姉貴を見た。


「まーあたしとしては別にいいんじゃないかなって思うけどさロリでもペドでも」


「よくありませんッ!」


「けどほんとに違うとしてもこの状況じゃ信じてもらえそーにないね弟くん。こうなりゃ証拠のひとつでも持ってこないと」


 にやにやしながら俺を見つめ返してくる雪音姉貴。わかってて楽しんでるというのか。ある意味この中で一番タチが悪い。


 と。


「え、証拠?」


「お前がロリコンじゃないって証明できる証拠さ」


「そんなのどうやって……」


「要するにロリじゃない普通のナニガシかでコーフンできりゃいいってことでしょ」


「「「なぁッ⁉」」」


俺と桜花姉ちゃんと姫夏と揃って同じ声を上げた。


「つーかお前も自分の分のDVDなり本なり持ってんじゃないの? それ持ってくれば?」


「嫌に決まってんだろ!」


「ロリコンでなけりゃ大体の性癖はまだ許容できそうじゃねーかな」


「そ、そうね。ロリコンでないならまあ……少しくらい変態っぽくても、お姉ちゃんは受け入れてもいいわ」


「うわー見てみたい気もするけど見たくない気もするなァー」


 それぞれ勝手にその気になっている姉三人。俺の本当の性癖が暴露されてしまうとなればさすがに引き下がるわけにはいかない。ていうか家捜しされた時に見つからなくてよかった。


「待て待て待てよそんなこと言ってロリコン以上のキツいのが来たらどうすんだよ!」


「えっオマエまさか……」


「いや例えばだよ例えばでだよ!」


「まあスカト■とか●たなりとか来られてもねぇ」


「お姉ちゃんはいい思うけど……」


「「「えっ」」」


 今まで俺に向けられてたような白い目が一斉に桜花姉ちゃんに注がれた。一瞬きょとんとしていた姉ちゃんだったがすぐに気付いて信号機のように顔が赤と青に点滅し出す。


「え……あああ違う違うの! あくまでロリコンに比べたらというだけで別にそんな性癖があるわけじゃないの! ただ職業柄そういうのもあるって知ってただけでっ!」


「なあもうやめようぜ……何で姉弟でこんな地獄みたいな話しなきゃならねえんだ」


「オマエがロリコンかもしれないってことだろーがうやむやにできると思ってんのかーッ! とにかくユキ姉の言う通りオマエがノーマルだってこと証明するまで許さないかんね!」


「許さないって何だよ何すんだよ!」


「こ、このDVDは没収します! これがオトくんのじゃないって証明できたなら返してあげます! というか返したらすぐそのトモダチに返しなさい! わかったわねッ⁉」


 再び目を血走らせ、乱雑にDVDの山をナップサックにかき込みながら姉ちゃんに叫ばれる。

 別にDVDは俺のじゃないから没収されたままでも困らないのだが、しかし誤解されたままでいるのは困る気もする。困ったからこの先どうなるというのもわからないけど。

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