配信者と遭遇

 皆を待つため、その辺をぶらぶらと歩く。いつもなら空き時間で本でも読むところだが、今日は少し、駅周辺のお店を見て回りたくなった。将来的に、葵達に何かプレゼントを渡すこともあるはずだから、その下見をしたくなったのだ。

 僕はこういうのは全く詳しくないし、あえて僕一人でやるとかえってとんでもないものを選んでしまいそう。誰かに相談した方がいいのはわかっている。

 それでも、自分で一切何も考えないのは申し訳ない気がする。自分なりに色々考えた上で相談し、考えを修正していく方がいいはずだ。


「とはいえ、全く何がいいかわからないし……そもそも、女の子が好きなものを置いてるお店って、男一人じゃ入りづらいよな……」


 駅周辺には様々なお店の並ぶ地下街があり、女性向けの雑貨を売っている場所も多数。が、そこはほぼ女性客のみで、男が入るのはためらわれる。下着売場などよりはもちろんマシなのだが、気安く入れる場所ではない。


「うーん……。僕なりのものを探せばいいのかな……」


 単純に僕が選ぶとすれば、栞とかブックカバーとかになる。それはそれでいいと思うが、なんとなく物足りない。

 色んなお店を遠巻きに見ながら歩いていると。


「おや? おや? おやー? もしかして、ヤマト君のお兄さんではありませんか?」


 見知らぬ女の子が接近してきて、僕に話しかけてくる。呼び方からして、僕の配信を視ている子だ。

 グレーのロングヘアーをサイドテールにして、目には青色のカラコンを入れている。少しフリル多めなピンクのワンピースは、可愛らしいけれども場違いな印象も少々。おしゃれ……なのか、コスプレかなにかなのか。判断に迷うところ。愛嬌のある顔立ちで、笑顔が溌剌としているのは好印象だ。


「……えっと、確かにヤマトの兄だけど、君は?」

「ああ、不躾に申し訳ありません! ワタクシ、よきおみと言う名前で配信活動している者です! 現役高校一年生の十六歳! おそらくご存知ないかと思いますが……」

「うん……。ごめん。知らない」

「仕方ありません。ワタクシはまだまだひよっこですから。しかし、しかしですよ! つい先日、ついにフォロワーが百人を突破したのです! 三ヶ月目にしてようやくです! 素晴らしいことです!」


 よきおみが感無量という風にガッツポーズ。僕は配信をゼロから始めたことがないから、そのすごさははっきりとはわからない。しかし、配信者なんて無数にいる中で、百人に認められるのは大変なことだろう。


「そっかぁ。それはすごいな」


 感心すると、よきおみは疑わしそうに僕を見る。


「本当に思ってます? 本当は、弟は一万人なのにこいつはたった百人かぁ、とか思ってるんじゃないですか?」

「そんなことないよ。大和は特に才能があると思うけど、代理で僕が配信を始めてから増えたフォロワーなんてそんなに多くない。百人は増えてないはず。ゼロから始めて、百人に認めてもらえたなんて立派なことじゃないか」


 褒めると、よきおみは何か眩しいものを見るように目を細める。


「……配信でも思ってましたが、やはりヤマト君のお兄さんはとても良い人です……。ワタクシのこのささやかすぎる実績を褒めてくださるなんて……。一般人からしたら、三ヶ月で百人なら撤退を考えるレベルですよ……。逆にそれも才能だよねぇ、とか皮肉られちゃいます。それなのに褒めていただけて、ああ、嬉しくて涙が出ちゃう」


 よきおみが大袈裟な身振りでヨヨヨと泣き真似をする。何かと芝居がかっているが、これは配信のためにあえてそうしているのだろうか。


「でもでも、やはりヤマト君お兄さんはすごいのです。ただ話をするだけで、あれだけ多くの人を楽しませています。生配信で、今は千人くらいの視聴者ですよね。

 ワタクシなど、生配信したところで十人も視ているくれないのです。配信では顔を出さないようにしているのも原因かもしれませんが、ワタクシには、誰かに聞いてもらえる価値のある話などできないのです……」

「そうなのか……。やっぱりこういうのって厳しいんだな」

「そうなのです。そうなのですよ。ヤマト君の配信を引き継いでいるとはいえ、視聴者がついてきているのは素晴らしいことなのです。爪の垢を煎じて飲ませて欲しいのです。……あ、でも想像したら気持ち悪いのでやっぱりいらないのです」


 うへぇ、という表情がおかしくて、思わず笑ってしまう。


「あ、笑いましたね! ひどいです! 嬉しいのです!」

「嫌なの? 嬉しいの? どっち?」

「嬉しいのです!」

「そっか。なんだろう、話してる感じ、すごく面白くて、もっと人気が出そうだけどな」

「そうですか? そうですか? よきおみ、面白いですか? 逆に鬱陶しくないですか? ファンになってくださいましたか?」

「うん。面白いな。僕としては鬱陶しくないし、ファンにもなった、かな?」

「やったー! やりました! 人気配信者様からファンになっていただきました! これは、拡散されて一気にフォロワー確保できる流れですね! ありがとうございます!」


 よきおみが無邪気に喜ぶからか、人気配信者などと発言しているからか、少々視線が集まっている。僕は世間的には全く人気がないので、後者だとしたら申し訳ない……。

 ともあれ。


「あ、ごめん。僕、今のところSNSとかしてないから、拡散はできないかも……」

「配信中に一度でもいいのでワタクシの名前を呼んで欲しいのです! それだけでよきおみは天に召される気分なのです!」

「天に召されたらダメだよ」


 言い回しが妙におかしくて、またクツクツと笑ってしまう。


「ウケました! 本日二度目のウケです! 素晴らしい日なのです!」

「……面白いけど、少し落ち着こうか。変に注目されてるし」

「あっと、申し訳ありません! 喜び過ぎましたね。TPOをわきまえないとまた出禁になってしまうのです。気を付けます」

「出禁って……。何かやらかしたの?」

「いやー、まだ配信始めの頃、喫茶店でテンション高めに撮影してたら激怒されちゃいました。撮影の許可はとっていたんですけど、やり過ぎてしまった模様です」

「なるほど……」

「ああ、ところで、こんなところで出会ったのも何かのご縁です! 少しでいいので、落ち着ける場所でお話しませんか? 配信の極意を伝授してください!」

「いや、極意とか僕は全然知らないけどね。正直、ただ普通に話してるだけだし……」

「あれで、ただ普通に話してるだけ……。やはり、ワタクシとは器が違うのですね……。ワタクシは五百パーセントくらい盛り盛りのテンションでようやく少しは見られるくらいですよ……」


 気分の上がり下がりが激しい子だ。喜ぶときは思いきり喜んで、落ち込む時は思いきり落ち込んで。僕はあまりそういうのがないので、こうやって感情を豊かに表現できるのには憧れる面がある。


「でもでも、とにかく少しお話をしましょう! お願いします!」


 ペコリと深く頭を下げられて、断るわけにもいかないかなと思ってしまう。


「このあと予定があるから、あまり長くは無理だよ」

「構いません! 十分でもいいのでお話ししましょう!」


 顔を上げたよきおみは、満面の笑みを浮かべている。見ているだけでも楽しくなれて、どうしてもっと人気が出ないのか不思議だった。

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