待ち、と決意
「やっぱりさ、その場凌ぎじゃダメだと思うんだよね。目の前のトラブルだけ回避できても意味がない。間違ったことをしたら、ちゃんとわからせないと」
葵は、何かを思い出すようにそう言った。
うろうろしよう、ということだったが、九月の日差しは強く、僕達は近所にあったハンバーガー屋に入った。涼しい店内で、冷たい飲み物を片手に話し合う。
「それ、妹さんの面倒を見てきた経験則?」
怜が尋ねて、葵が頷く。
「まぁ、花梨だけかもしれないけどね。ただ、小さい子は特に、自分は悪くない、って言いがち。まだ自分が悪いってことを認められてないのに、一方的に手を差し伸べるのは違うかなって思う。悪いことをしたら、ちゃんと反省しないといけないんだよ。じゃないと、また同じことを繰り返す」
「そうだね。あの子達は特に、自分の間違いを認められてない風だった」
「もしかしたら……今後、配信とかはもうできなくなるのかもしれない。それは可哀想な気もするけど、今のうちにやめておくのも手かな、とは思う。きっと、次何かやらかすときは、もっと大きなことだよ」
葵は優しい。そして、優しさと甘やかしを、混同しない。大切なことだと思う。
「……僕の出番はなかったかな」
「言葉を尽くすばかりが、相手の心を動かす手段じゃないからね。ただ黙って見つめるとか、考える時間を与えるとか、相手の言葉待つとかも、有効なときはあるよ」
「だな。うちの親も、たまにそういうことしてた気がする」
僕から大和にそういうことをした覚えはないな。大和は基本的にそんなに手のかかる弟ではなかった。間違えることも、あまりなかった気がする。もしくは、僕が見えていなかっただけかもしれないが。
「しかし、向こうがちゃんと反省できたとして、僕達はどう動くかな。とりあえず、配信でどういうことが起きてたのかを説明して、それから、花村さん達から、嘘をついたことの謝罪? それと、翼から軽く挨拶かな」
ざっくりと流れを思い浮かべる。奇策のようなものを取り入れることではないし、他にないように思う。
僕の考えに、翼も頷く。
「そんな感じになると思います。それで視聴者が納得するかはわかりませんし、正直に話すことでかえって視聴者が反感を持つ可能性はあります。
ただ、こういうのって、あんまりスマートにやるものでも、これなら許してもらえると綿密に作戦を考えるものでもないと思います。姿勢としては、許してもらえないかもしれないけれど、ありのままきちんと話す、という具合でしょうか。これだけやったんだから許してくれるよね? という媚や甘えが見えるとよくないです。
まあ、かといって、なんの考えもなしにとりあえず謝罪とかはダメですね。ある程度道筋を考えた方がいいです」
「この流れに、あの子達が乗ってくれればいいけど……」
「どうしても自分達のミスを認められないなら、もうダメなんじゃないですか? 葵さんも言いましたけれど、このまま配信を続けてもいずれはもっと大きな失敗をします。今ならまだ、友達間のトラブル程度の話。視聴者もそんなに多くはないので、トラブった配信グループが一つ消えるだけです。大事には至りません」
「うん……」
それだけと言えば、それだけの話。ネットニュースになる話でもなく、広く非難されることでもなく。
ただ、それでも不安はあるか。
僕がそれを言う前に、灯が口を開く。
「配信グループが消えるとしても、映像は世に出ているのですから、完全に何もなかったことにはできませんね。視聴者で、意地悪く動画を録画したりしている人がいなければいいですが……。アカウントを削除しても、動画を無断でアップして晒す人も、ゼロではないかもしれません。
それに、学校での知り合いも視ていたようですし、これがきっかけで、翼さんや花村さんの周囲がざわつく可能性はあります。翼さんは被害者っぽい立ち位置だからさほどないかもですけど、花村さんは加害者側になりそうですから、特に学校でトラブルになるかもしれません。
そして、今回の件で逆恨みされて、翼さんを不必要に貶める行動をとる可能性があります。学校で変な噂を流すとか、偶然撮れた変顔写真や撮影の失敗映像をネットにあげるとか」
「美佳達がどうなっても構いませんけど、あたしはとばっちりですね。「人質」を取られるって困ったものです。んー、かと言って、お願いだから火消しを手伝わせてください、とか頭下げるのも業腹です」
「どういう経緯になるかはわかりませんが、きちんとトラブルを解決しないといけないということですね」
はぁー、と翼が深く溜息。
「っていうか、今の時点であたしの変な画像とか出してないか心配になってきました」
翼がスマホを取りだし、一通りチャンネルやSNSをチェック。今のところはそういうのはないようで、ひとまずホッと一息。
「……次行ったとき、そういう画像と動画は全部削除したいですね」
「それがお互いのためかもしれませんね」
「なんだか、元カレのリベンジポルノに怯えている気分です」
「似たようなものです。ちなみに、翼さんは、花村さん達の、そういう画像とかないんですか?」
「探せばあると思います。まあ、そっちがその気ならこっちもー、というのも多少は抑止になるでしょうか。でも、泥沼化しそうで気は乗りません」
こうしてトラブルになった後の配信グループを見ていると、やはりこういう活動はリスクも高いなと思う。翼達も、始めるときにはこんなことになるとは思っていなかっただろう。僕達も、将来こんなことが起きるとは予想していない。こういう事態になったときの対策も考えていない。
「……僕達だって、この先どうなるかわからないよな」
ポツリと呟く。四人も少し神妙な顔になって、数秒の沈黙。
それから、翼が最初に言った。
「先のことなんてわかりませんよ。でも、光輝さんとの活動なら大丈夫だと思っていますし、不安だけ見て何もしなければ、結局何も得られません。失敗もトラブルも込みで人生ってやつです」
「ま、それもそうか。僕達は、幸せになれる確証のある人生なんてどうしたって選べない。できることしか、できない」
うん、と四人も頷いて、灯が続ける。
「……『幸せになれると決まっている人生なんてつまらないし、堕落するだけ。目の前に少し不安がある方が、人は努力するし力を尽くす』と、私の元仲間は言ってましたね。不安を脇において、進むしかないこともあります。
……まあ、結果として、トラブルを起こしてアイドル辞めてる私が言うのもなんですが」
灯が肩をすくめる。僕達も少々反応に困るが、気持ちは伝わった。
そして、葵と怜も微笑む。
「こうして色々考えてると、今までのわたしはなんとなく過ごしてただけかなー、って思うよ。楽しかったけれど、これでいいのかな? って思うところはあった。今は、すごく楽しいよ」
「うん。私は一人で頑張ってきたけど、皆と同じ目標に向けて頑張るのも、いいなと思う。楽しいし、心強いし。今のこの気持ちがあるだけでも、私は十分だと思う。……一部の人だけが持っていると思っていた翼が、自分にもあるんだと気づいた。そんな気分だよ」
皆の決意も聞けて、僕も胸が熱くなる。
「……僕は、初めて、自分の全部をかけて頑張りたいと思う場所を見つけた気分だよ」
気恥ずかしくもそう言うと、四人がにやにやしながら僕を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます