ラジオ配信、練習

「ラジオ配信、聞いたことないですか? スマホのアプリでそういうのがありますよ。個人でチャンネル持って、音声だけで配信するやつです。どちらかというと動画の配信の方が主流なところはありますし、視聴者も一桁とか二桁前半とかですが、ラジオの方が好みという人もいます。聞いてみます?」

「あ、今聞けるの? 聞いてみたいな」


 葵は特に興味があるようで、若干前のめりになる。


「じゃあ、聞いてみましょう。あたしはたまに聞きますけど、ラジオ配信はおしゃべり好きが多いようで、比較的話がしっかりしています。

 光輝さんの配信もラジオ配信で事足りる面はあるかもしれませんが、顔が見えるのは動画のアドバンテージの一つです。固定の視聴者もいますし、そのままでいいと思います」


 翼がスマホを操作し、音量をかなり控えめにして、ラジオ配信を流し始める。スマホはテーブルの中央付近に置き、皆に画面が見えるようにした。覗いてみると、配信者の名前はruruとなっていて、女性のイラストが一緒に表示されている。そこに視聴者メッセージも順次流れてきていて、雰囲気は僕の配信に似ている様子。


『……『彼氏いますか?』という質問が来てますね。彼氏はいません。ちなみに、年齢は非公表ですが、大学生をしています。好きな人はいるんですけど、友達の彼氏で……あ、ちょっとこの話はやめましょう。誰が聞いているかわかりません。

 レンさん、『声が素敵ですね』って、ありがとうございます。大学生のしがない雑談ですが、ゆっくりしていってください。できればフォローもお願いします。

 ナナさん、『サークルに入っていますか?』という質問ですね。バドミントンサークルに入ってます。でも、サークル活動にはほとんど行っていません。大学生ならわかると思いますけど、大学のサークルって、高校の部活みたいに熱心に活動はしていません。バドのサークルもそうで、主な活動は飲み会です。入学当初は交遊関係を広げる意味もあったんですけど、今となってはもうあんまり意味がないです。バドミントンをもう少しちゃんとやれたらよかったんですけどね。そろそろ抜けるかも……』


「こんな感じですね。ラジオ配信って言っても、本当のラジオみたいな本格的なものじゃありません。雑談なら、しょうもないことをだらだら話す感じです。視聴者も十人程度。ただ、視聴者が少ない分、距離は近く感じられるかもしれません」

「へぇ、こんなのもあるんだね」

「皆で配信するに当たって、こういうので練習してもいいと思います。とりあえず女性が配信していればぼちぼち視聴者が来ますよ。こういうのを聞きに来る人は、話の中身とかどうでもいいので、質問に答えたり、適当に話していれば十分です」

「なるほどなぁ。練習にはいいのかも。でも、ラジオでも配信なんてできるかな……?」


 うーん、と悩む葵。そこで、怜が言う。


「……気になるなら、私達を視聴者と思って配信練習してみる? このメッセージが流れてくるのも、スマホがあれば再現できるし」

「え? 今? ここで?」

「そう」

「え、ええっと……」


 葵が僕を見る。いや、こっちを見られても……。


「光輝、お手本見せてくれない?」

「お手本と言われるとプレッシャーだな……」


 やってくれと言われればやるしかないか。そう思ったが、翼が割って入る。


「何言ってるんですか。いつも視てるじゃないですか。立派なお手本ですよ」

「そ、そうだけど……」

「さ、やってみましょ。ほらほら、葵さん初のラジオ配信です。視聴者は四人。スマホを構えてください。グループのところに、それっぽくメッセージ流します。あ、沖島さんはちょっと眺めててくださいね」

「はい」


 ほらほらほら、と翼が葵を促す。だいぶ面白がっている風だが、ここで試してみるのも悪くないだろう。四人でスマホを構え、葵の「配信」を待つ。

 が、葵は固まったまま動かない。待つほどに、顔が赤くなっていく。

 なかなか話し始めないので、翼がボソリと呟く。


「案外度胸がないですね。ただの身内だけの配信でそれじゃあ、他人向けになんてできませんよ?」

「……うぅ。何も言い返せない」

「雑談なんて、本当に適当でいいんですよ。しっかり中身を作らなきゃとか、上手くやらなきゃとか思ってるとダメですね。失言以外はなんでもオッケーと思ってやればいいんです」


 呆れる翼に、怜が言う。


「……翼の配信、聞いてみたい」

「あたしですか? いいですよ?」


 ふふん? と挑戦的に笑う翼。皆がスマホを構えると、即座に「配信」が始まる。


「こんにちは。今日から配信を始めました、クイールです。

 皆さんはどうお過ごしですか? 学生さんなら学校が終わって、ゆったりしている時間帯でしょうか? まだまだ部活に励んでいる方もいるでしょうか? かく言うあたしは、この通り、ハンバーガーショップでラジオ配信をしています。

 暇な高校生といえばそうですが、こんな時間を過ごせるのも今だけだと思うと、とても貴重な時間に感じられますね。きっと、高校を卒業した後には、この時間がキラキラと輝いて見えるんだと思います。

 さて、こんな雑談配信を聞いていらっしゃるそこのあなた。何か質問などありましたら、遠慮なく送ってください。可能な限り答えていきます。話の流れに関係ない質問でもいいですよ。

 質問が来るまでは、ちょっとあたしの話でもしましょうか?

 最近、大好きな人ができて、あたしからもかなりアピールしているんですけど、なかなかなびいてくれないんですよ。こっちからはちゃんと告白しているのに、拒絶もせず、受け入れもせずです。

 向こうもあたしのことは憎からず思ってくれていると思うんですけど、あと一歩踏み込ませてもらえないんですよね。アオズケばっかりで、こっちも色々爆発してしまいそうです。隣にいるだけで下着がやばいくらいなこの気持ち、早く受け止めてほしいものです。シャイな男の子の手っ取り早い落とし方について、誰かアドバイスくれませんかね?

 あ、先に質問が来てますね。怜さん、ありがとうございます。『配信の経験はどれくらい?』ですか。高校生になってから、学校の友達とダンス動画をメインに配信してました。その中で、他にも雑談生配信とかもしてます。期間で言うなら、一年ちょっとくらいですね。

 次は、光輝さん。構ってくれてありがとうございます。大好きです。はーと。『趣味はなんですか?』という質問ですが、基本はダンスと読書です。ダンス好きでかつ読書好きってかなり希少生物みたいで、元ダンス仲間とはなかなか話が合わなかったんですよねー。本なんかより面白いものはたくさんあるじゃない、だって。本の面白さを知らずに生きるなんて人生の損失だよ、くらいにこっちは思いますけどね? わからない人にはわからないみたいです。他にも、動画鑑賞とか、SNSパトロールとかもしてますよ。

 さて、次を今日の最後にしましょうか。葵さんからで、『ダンスを始めたきっかけは?』という質問。あたし、小さい頃から体を動かすのは好きなんですよ。ダンスっていう概念を知る前から、音楽に合わせて自分の気持ちを体で表現していましたね。親からは、落ち着きのない子、ってよく叱られました。

 これが、明確にダンスをするようになったのは、幼稚園の頃ですね。お遊戯としてのダンスはあんまり好きじゃなかったですけど、テレビで見るアーティストのダンスに憧れて、それを真似してダンスを学びました。ダンスは、小さい頃からずっとあたしの生活の中にあって、楽しんでいます。

 それでは、今日の配信はここまでにしましょう。また明日もするので、聞いてくれると嬉しいです。ばいばーい」


 翼が顔をあげ、葵に向かってにっこりと微笑む。


「こんなもんです。簡単でしょう? 中身なんてどうでもいいんですから、思い付くことを話せばいいだけです」

「……お手本にはなったけど、よくそんなに流暢に言葉が出てくるね。すごいと思う。っていうか、光輝も、経験ゼロなのに最初の配信でよくあんなに話せたね」

「……僕は、大和のことを話しただけだから」

「他にもいっぱいしゃべってたよ? まあ、光輝は案外天然で才能があったのかな? わたしに本当にできるかな……」

「ではでは、悩んでないで再チャレンジです。どうしても難しいなら、怜さんと一緒にやってるのでもいいと思いますよ?」

「ん? 私と二人で?」

「はい。独り言みたいに一方的にやるより、会話形式にした方がやり易いでしょう。ラジオでもそういう形式多いですし」


 葵と怜が顔を見合わせる。


「やってみる?」

「いいよ。私も自信はないけど」

「さ、話がついたならやってみましょう。目指せラジオ配信者デビューです」

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