もう一人
少しゆっくりしていると、葵と翼からメッセージ。
『今日も素晴しかったよ! やっぱり光輝君は思考が深いね! 聞いてて感心しちゃった! カナカナさんへのメッセージも、すごく良かったと思う!』
『世間では避けられるような話題にも恐れず切り込んで話ができるというのは、とても貴重な才能だと思います。その後のやり取りも、正直あたしとしても感動ものでした。好きです。付き合ってください。ダメだといわれても一生離れません』
この二人が僕の話を聞いてくれていて、何かのメッセージを寄越してくれるというのは、視聴者何千人という数字よりも感慨深いものがあった。顔の見えない誰かより、顔を知る人の意見の方がずっと心に届くものがあるようだ。
二人にそれぞれ返信をして、それからもやり取りを少々。二十三時くらいになったら、あとはゆっくり過ごした。
そして、翌日。
昼休みにトイレに行った帰りの廊下で、僕は一人の女の子から話しかけられた。
「ヤマト君の、お兄さん」
「……うん?」
その呼び名から、配信を見ているということは瞬時にわかった。そして、声をかけてきた女子が誰であるかを認識して、少々驚いた。
雪村怜。この学年では有名な美少女で、葵と同程度に人気がある。
身長は、平均よりやや低いくらい。可愛いより美人顔で、涼しげな目元と静かな雰囲気が特徴的。長めのショートカットがよく似合い、スッと伸びた首が美しい。漏れ聞こえてくる噂では、特定の友達以外と話すことはほとんどないらしく、ややミステリアスな美少女として認知されている。
「えっと……僕に何か?」
「昨日の配信、視てた」
「ああ、ありがとう。未熟な配信で悪いね」
「そんなことはない。私は楽しかった」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「少し、個人的に話をしたい。いいかな?」
「ああ、いいけど、今から?」
「放課後に。……これ、私の連絡先。連絡してくれると嬉しい」
雪村が僕に連絡先の書かれた紙切れを手渡してくる。何故かその手が震えているようだった。
「急に呼び止めてごめん。それじゃ」
「ああ、わかった。連絡する」
雪村がくるりと背を向けて、つかつかと毅然とした雰囲気で歩き去っていく。と、何故か何もないところで躓いた。一度背後を振り返り、涼しげだった顔をさっと赤くしてから、足早に去っていった。
「……なんなんだ?」
よくわからないが、とにかく教室に帰還。
僕が紙片を持っていることに葵が気づき、指摘してくる。
「あれ? それは?」
「ん……さっき、雪村さんから貰った」
「……連絡先?」
「うん。放課後、個人的に少し話がしたいって。なんだろうな?」
僕がのんびりと疑問を口にすると、葵はまた生温い視線を向けてきた。
「……まだそんなこと言ってるんだね」
「え? 何が?」
「はぁ。まだまだ重症だね。で、行くの?」
「別に話をするくらいはいいさ。そんなに時間はかからないと思う。少しだけ待っててくれ」
一緒に帰ることが前提の会話だな、と思うと少し気恥ずかしいような、感慨深いような。
「……すぐ終わるといいけどねー」
「……なんだよ。なんの話かわかるのか?」
「予想はつくよ」
「なんだと思う?」
「……知らない」
「それ、矛盾してない?」
「してないよ?」
葵がにっこりと微笑む。これ以上の追求は許さない、という雰囲気だったので、ここはもう引いておく。
「まあ、いいけどさ……」
僕はひとまず、連絡先を登録し、雪村にメッセージを送る。
『僕の名前は秋月光輝。宜しく』
すると、ほどなくして返信が来て、放課後に図書室前に来てほしい、とのこと。それを了承した。
「……はぁ。やっぱりあのとき、一気に押しきっておけば良かったのかな」
葵がぼやく。別に雪村から話しかけられただけでそんなことを考えることはないと思うのだが……。男女が話していればなんでもかんでも恋愛絡みというのは偏見すぎると思う。
放課後になり、僕は図書室へと向かった。放課後になると図書室周辺は人がおらず、雪村がいるのはすぐにわかった。
「ごめん、待たせた」
「大丈夫。今来たところだから」
「そう。なら良かった。それで、話って?」
尋ねると、雪村はやや顔を赤くする。
え、この反応って?
「秋月君は、彼女いるの?」
「……え」
「え、って? 変なこと訊いた?」
「いや……。彼女は今のところいないけど、気になっている人がいる」
僕としては、一番に思い浮かぶのは葵の顔。しかし、翼のことも意識してしまう。
「……そう。でも、まだ彼女じゃないんだね?」
「まあ、そうだね」
「でも、もうすぐ付き合いそう?」
「んー、可能性はあると思ってる」
「……わかった。迷うけど、まだ彼女じゃないなら、いいよね。ねえ、秋月君」
「うん……」
雪村の普段の様子は知らない。噂では、表情もあまり変えない、感情の起伏の少ない静かな人だと言う。
しかし、今の雪村は、頬を赤く染め、目は泳ぎ、手が震えている。言葉が発せられる前から、内容は予想がついてしまうくらいだ。
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