牽制
「その子は誰なのかな?」
「えっと……家の前で会ったばかりなんだけど……」
電車を待ちながら、手早く先ほどまでの経緯を説明し、清水に風見を紹介する。また、逆に、風見には清水を紹介。清水はふんふんと頷いて、最後に深く溜息を吐いた。
「やっぱりそういうのが出てきたか……。思ったより早かった。油断したなぁ。これからどんどん増えていきそう…」
「今回はたまたま、だよ。僕の配信なんかで、何か特別な気持ちになる人なんてそうそういない」
僕は否定するが、風見がさらにそれを否定する。
「あたしは、そうは思いません。光輝さんは大変魅力的な方だと思います。視る人全部を魅了する特殊なカリスマ性を持つとは言いませんが、一部の方からは特別に好かれる魅力を持っています。あたしもその「一部」です。世の中の人全部が、アイドルみたいなキラキラした人達に恋い焦がれるわけじゃありません」
「そ、そうか……?」
「風見さんの言うことはわかるんだけど、いつの間に名前で呼ぶような関係になったのかな?」
清水が不満を滲ませながら指摘する。風見は、ほんの僅かにニタリとした笑みを浮かべた。
「ヤマト君と区別するために、光輝さんと呼んでいます。いけませんか? 光輝先輩と呼ぶのも捨てがたいですが、光輝さんの方が身近な感じがしていいと思っています。気になるなら、清水さんも光輝さんと呼んではどうでしょう? ただのお友達ではないんでしょう?」
「……そ、そう、だね。うん。ヤマト君との区別は必要だよね。これからは、光輝君だね?」
清水が若干頬を赤くしている。ある程度男と接することには慣れているだろうし、昨日はだいぶ踏み込んで来た。それなのにこの反応……。恥じらいの基準がよくわからない。
「僕はどっちでも構わないよ」
「なら、そうする。せっかくだし、わたしのことは葵って呼んでよ。いいでしょ?」
「あ、ああ。わかった……。あ、葵さんがそう言うなら……」
女の子を名前で呼ぶのは初めてのこと。これだけのことに緊張してしまう。いずれは慣れるのだろうか。
僕も照れ臭いが、葵も何やら唇をムニムニしながら赤面している。率直に言って可愛い。
「そういうことなら、あたしのことは翼って呼んでください。いいですよね?」
有無を言わせぬ圧力で、翼が僕を見つめてくる。断ると大変なことになりそうな予感……。
「ああ……わかった」
次の瞬間、葵から随分と冷ややかな視線を向けられる。僕と翼が距離を縮めることが気に入らない……ということだろう。それくらいはわかる。
「……あー、やっぱり、風見さんは風見さんがいい、かな」
「何でですか? 何がいけないんですか? 名前で呼ぶと何か不都合ありますか? 清水さんを怒らせてしまうから? それなら、あたしを名前で呼ぶくらい全然なんでもないんだ、ということを態度で示してみたらどうでしょう? むしろ、この程度のことで揺れる関係であれば、ほんの気の迷いと思って、早々に見切りをつけてもいいのではありませんか?」
「えっと……」
第一印象は控えめな子かと思っていたけれど、案外押しが強い。口調が激しいわけじゃないが、淡々と相手を追い詰めてくる。
もしかしたら……仲間から追い出されたのは、この子が「強すぎる」からかもしれない。四人いて、一人が反論しにくい言葉を使って強固に意思を通そうとし、周りがそれに対抗できなければ、一緒に活動はできないかもしれない。
まあ、見てもいないことを勝手に想像するのは止めておこう。
果たして僕はどう返すべきか。数秒考えている間に、葵が口を挟む。
「……もう名前でいいんじゃない? 別に名前の呼び方なんて些細なことだし。ね?」
「わかった……」
葵は不満顔で、一方の翼はしたり顔。この間を取り持つ術を僕は知らないのだが、どうするべきだろうか。
迷っているうちに電車が到着。混んでいたので、気軽におしゃべりをする雰囲気でもなくなった。それが救いだったのか、どうなのか。
ぼそぼそと少しだけ世間話をして、半ば強引に促されて翼と連絡先の交換。そうしているうち、高校の最寄り駅に到着。
三人で並んでの登校。女の子二人に挟まれて歩くのは想像していたほど居心地の良いものではなく、妙な緊張感があった。
徒歩十分の距離の間、翼は積極的に話しかけてくる。何かの拍子にスイッチが入ってしまうと扱いが難しいが、普通にしていればただのちょっとおとなしめな女の子だった。
そして、やや迷いを見せながら、翼が提案してきた。
「あたしが活動してたチャンネルのURL、後で送ります。あたしはもう視る気ないですけど、もっとあたしのこと、ちゃんと視てほしいです」
「……ああ、わかった。視てみるよ」
「今と印象違うと思いますけど、視たらわかるはずです」
「うん? わかった」
学校にたどり着いたら、昇降口で別れる。翼は控えめな笑顔を見せつつ、手を振って去っていった。
油断ならない子ではあるが、ともあれ、僕の配信であんな風に笑えるようになった子が一人でもいたというのなら、本当に嬉しいことだと思う。単なる成り行きの代理でしかなかったはずだけれど、ほんの少しだけ、自分の居場所を見つけたような感覚があった。
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