この恋に気づいて 前編


―――


 あの日から早1ヶ月。


 俺の恋は特に何の進展もなく、日々は過ぎて行った。

 たった一つ変わった事。仲本とよく目が合うようになった。今までは俺からの一方通行だった想いが、少しだけ交わったような、そんな気がした。


 だって仲本のその瞳が、とても柔らかく優しい色をしていたから……


「……辻村君ってば!」

「おわっ!」

 急に耳許で叫ばれ、俺は文字通り飛び上がった。

「……何だ、晋太か。」

「何だとは何よ。どうしたの?ボーっとして。」

 晋太は俺の隣に腰をおろすと、怪訝な顔でそう言った。


「べ、別に。」

 仲本の事を考えていたなんて、特に晋太には口が裂けても言えない……


「ふ~ん、まぁどーでもいいや。あのさ、聞いてよ。明日仲本君とデートするんだ!」

「……え?」

 驚いて顔を上げる。その時見た晋太の顔は、今まで見た事のないような表情をしていた。

 とても幸せそうで、キラキラと輝いていて……


 俺はそれ以上見ていられなくて顔を逸らした。


「……何でそんな事言うの?」

「え?」

「何でそんな事、俺に言うわけ?」

 つっけんどんな物言いになってしまった。しまったと後悔するが、もう遅い。

「だって言ったじゃん。正々堂々と勝負しようって。僕は仲本君の事に関しては、辻村君に嘘つきたくないから。」

 晋太の言葉に胸をつかれる。俺は少し顔を上げて、そっと彼の方を伺った。


「……ごめん。」

 短く謝ると、晋太はいつもの笑顔を見せた。

 俺も晋太には嘘ついちゃいけないと思い、この間の仲本とのやり取りを打ち明けた。


「へぇ~、そんな事があったの。」

「うん……」

 そっと横目で晋太を見る。晋太は少し考える素振りを見せると、不意に立ち上がった。


「まぁ、いいや。僕は僕で、仲本君に振り向いてもらえるように頑張るから。」

 そう言うと、くるりと踵を返して、ドアへと向かった。


「あ、そうだ。」

 急に立ち止まると、振り返る。その特徴的な大きな口が、綺麗に弧を描いた。


「僕、そのデートで告白するから。」

 バタンと閉じたドア。俺はいつまでも、呆然と見つめていた……




―――


 その日は雑誌の取材だったのだが、俺は気持ちが沈んだままだった。こんな事じゃダメだ、仕事中だろ!と自分を叱咤するが、仲本や晋太の顔を見ると、ますます落ち込んでしまうのだった。


「はい、これで終わりです。『STAR』の皆さん、ありがとうございました。」


 記者の人の声にハッと顔を上げる。周りを見渡すと皆が立ち上がるところだった。

「あれ?辻村君、どうしたの?」

「取材終わったよ。帰ろうよ。」

 裕と浩輔に言われて慌てて立ち上がる。仲本はと探すともう既にドアの前にいた。

「あ、あぁ……」

 ふらりと立つと裕達の後ろをついて控え室へと戻った。




―――


「辻村君、今日ご飯行かない?」

「え?」

 帰り仕度をしていたら裕が側に来てそう言った。

「何で?」

「辻村君が、悲しそうだから。僕が元気付けてあげないとって思ってね。」

 裕が冗談っぽく言ってくる。

 俺は『何言ってんだよ。』と笑おうとしたが、力ない笑みを浮かべただけだった。


「ほら、そんな顔しないで。僕が話聞いてあげるから。」

「うん……」

 半ば強引に裕に引きずられ、俺は控え室を後にした。




―――


「そう、晋太がね……」

 カウンター席に座ってワインを傾けながら裕は呟いた。


 裕には、晋太からライバル宣言された次の日に全てを打ち明けていた。最初は驚いていたが、『やっぱり、自然とそうなったんだね~。』とか何とか言って、納得したようだった。


「俺……仲本を想ってていいのかな。」

 グラスをテーブルに置いて頬杖をつく。

「え?」

「晋太の方が俺なんかより、仲本に似合ってんじゃないかって……もちろん、俺だってこの気持ちは誰にも負けないって思ってたよ!でも……晋太は素直で可愛いし、仲本だって晋太の事弟みたいにずっと可愛がってきたし。それにひきかえ俺は……いつも自分の事ばっかり!仲本の側にいる人、皆にヤキモチ妬いて、仕事なのに自分の気持ち抑えきれなくて……」

「………」

「こんな俺、あいつにつり合わない。こんなんで振り向いてなんかもらえない。少しでも気持ちが交わってるなんて思ってた自分が、バカみたいだ……」

「辻村君……」

 裕のあったかい手が俺の背中を撫でる。堪えきれなくて、俺の目から涙が一滴落ちた。


「……大丈夫だよ。辻村君、自分の気持ちに自信持って。」

 ポンポンと背中を叩かれ、我慢しきれずボロボロと涙が溢れた。


「うぅ…ぐすっ……」

「大丈夫。辻村君は誰よりも優しいから。だからそんな風に思うんだ。でも、皆そうだよ。好きな人が誰かと話してるだけで気になっちゃうし、例え仕事中だとしても気持ちを抑えられなくなっちゃう。それが、人を好きになるという事だよ。」

 思わず裕を見つめた。優しい目がじっと見返してくる。俺はそっと涙を拭った。


「いいの?仲本を好きでいて。」

「いいんだよ。辻村君は、そのままの辻村君で仲本君の事想っていて。でないと、僕の役目がなくなるでしょ。」

「え?」

「辻村君の恋の応援団長だからね。」

「ぶはっ!似合わねー!」

「ちょっと!笑わないでよ!」

「ははは!」

 今度は笑い過ぎて出てきた涙を拭いながら、俺は裕に心の中で感謝した。



 ありがとな、裕。自信つけさせてくれて。


 俺、頑張るから……



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