第556話 思いがけない連絡

 この世界の有名な占い師であり、そしてウイルバート・チュトラリーの部下でもあるリードは、アグニエアベ国の王城にある離宮の中の自室で寛いでいた。


 今、周りには誰もいない。


 いや、チェーニ一族の見張りの者が姿を隠し、リードを静かに見張っているだろう気配は少しだけ感じている。


 そう、リードは今、ディープウッズ家の者達との戦いでボロボロになった体を癒す為、休みが与えられていた。


 ウイルバート・チュトラリーの優しさとも思われる休暇だが、実はそれは言わば軟禁とも言えるものだった。


 今現在リードの体の傷は既に治っていて何の問題もない。


 だがプリンス……いや、ウイルバート・チュトラリーには分かるのだ。


 そう、あの戦いの影響でリードの自分への忠誠心が薄らいでいる事が……


 そしてリード自身も、自分の体の……いや、心の変化を如実に感じていた。


(ウイルバート様との血の契約があの戦いから薄らいでいる……)


 今のリードはウイルバート・チュトラリーに恐れてはいるが、以前のように盲目的な忠誠心は消えたとも思える。


 あの時……


 ウイルバート・チュトラリーの腹心の部下であり、絶対的な味方でもあるリードが、死を迎えそうになった時。


 仲間の誰も、そして勿論ウイルバート・チュトラリーも、リードを助けようとはしなかった。



 これまでリードは、(ウイルバート様の為ならば死ぬ事など何も怖くは無い!) と思っていた。


 だが、あの少女の攻撃を受け、ウイルバート・チュトラリーとの繋がりが薄れた今、リードは自分自身の身が何よりも大切になっていた。


 生きたい。


 自由になりたい。


 幸せになりたい。


 そんな、今まで感じた事の無い感情を持ち始め、リードが心の奥深くで自由を願っている事に、繋がりは薄れたとはいえウイルバートは何かしら気が付いているのだろう。


 いや、ウイルバートはもしかしたら初めからリードの事を信用していなかったのかもしれない。


 チェーニ一族の里外で育った、リードは仲間であって……最初から仲間ではないのだ。


 もし少しでも、この現状から逃げ出したいと思っている事をウイルバートに知られてしまったら……


 ウイルバートはきっと「もういらない」とリードの事を簡単に切り捨てることだろう。


 ウイルバートにとって、長年支えてきたリードでさえ、所詮使い捨ての駒でしかないのだ。


 ウイルバートの ”心からの信頼” を得る事など、リードには一生出来ないだろう。


 だが、しかし、リードにもまだ、使い道がある。


 そうリードには、占いが出来る。


 それに多少なりとも、世間を知っている。


 ウイルバートに切り捨てられない為に、チェーニ一族の里外で育った教育こそ、リードの強みでもあった。




 リードは長い考え事のせいで、すっかり冷え切ってしまったお茶に手を伸ばす。


 リード付きのメイドに声を掛ければ、すぐに新しい物が準備されるだろうが、今は誰とも……いや、ウイルバートに支配されている者たちの人形のような、感情の色が無い顔は見たくなかった。


 そっと自分の胸に手を置いてみる。


 今まで感じた事のない温もりを何故か体の上からでも感じる事が出来る。


 チェーニ一族の血を引きながら、リードには珍しく両親がいた。


 その為あの閉鎖的な村で育つ事は無かった。


 だが実の両親からも感じた事の無い温かな感情が、今心の中に溢れている。


 それがなんなのかはハッキリ分からない。


 あの少女と繋がった事で、きっと少女の魔力を敏感に感じてしまっているのだろう。


 だが、不思議と嫌では無い。


 正直なところ、あの少女にまた会いたいとさえ思ってしまう。


 もう一度あの温もりに直接触れる事が出来たならば……


 この感情がリード本人の物なのか、それとも与えられた紛い物なのかは分からないが……


 ただ、リードは今、今までに無いほどに ”愛情” と言う名の存在しないと思える気持ちを理解出来るような気がしていた。


「ララ・ディープウッズ……」


 それはウイルバートの天敵ともいえる相手。


 リードは知らず知らずのうちに、主の敵ともいえるララの名を、恋する相手を呼ぶかのように、愛着のこもった声色で小さく呟いていた。



『あー……テステス、只今マイクのテスト中、リードさーん? リードさーん? 私の声が聞こえますかー?』


「ブホッ! ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」


『あれー? 繋がってる気がするんだけどなー……えーと、リードさーん? リードさーん? 私の声が聞こえてますかー?』


 リードの頭の中に、突然思い浮かべていた少女の声が響いた。


 驚きのあまり飲んでいたお茶を吹き出し、それに気が付いたリード付きのメイド達が、無表情のまま片付けに来る。


 今現在リードは見張られている状態だ。


 下手に声を出し、あの少女に返事をする訳にはいかない。


 そう、念話で話しかけて来た人物は、あのディープウッズ家の娘、ララ・ディープウッズだとリードには直ぐに分かった。


 会いたい。


 声を聞くと尚更その思いが強くなる。


 繋がりによる紛い物の想いだと分かっていても、あの少女の姿がまた見たいと……側に行きたいと願ってしまうのだ。


 見張りに怪しまれず、返事を返す為にはどうすればいいか……


 リードが少しでも怪しい動きをすれば、見張り達からウイルバートにすぐ報告が行くだろう。


 リードはお茶を吹き出した事を理由に、メイドたちに「体調が悪い」と言い訳をし、寝室へと向かった。


 その間も早く少女に返事をしたいと、逸る気持が募ってしまう。


 勿論、見張りたちも、リードに合わせ寝室の屋根裏に移動しているのをリードは感じていた。


 だが彼らには布団の中までは覗かれはしない。


 リードは早く返事がしたいと焦る気持ちをどうにか抑えながら、占い師として培った演技力を使い、体調が悪いふりをし、上手く布団へと潜り込んだ。



 そして、ずっと会いたくて仕方なかった少女に、念話で返事を返す。


 それが主であるウイルバートを裏切る行為だと分かっていても、リードのララ・ディープウッズへと向ける想いは、もう抑える事が出来ないでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る