第551話 親友の訪問⑧

 ドッビューン!! と良い音を立てて、ボール飛び出し魔道具からハンドボールぐらいのボールが飛び出す。


 先程よりも勢いが増したボールは、校長先生を獲物と判断し、狙いを定めブレることなく突き進んでいく。


 校長先生は「ヒィッ」と悲鳴なのか、気合いの声なのか、どちらとも取れるような小さな声をだした。


 アダルヘルムの手前だからか、他の先生達の前だからか、いや、元魔法騎士としての意地からか


 引きつった表情を浮かべながらも、勇気ある校長先生は魔道具から逃げようとはしなかった……


 うん、逃げられなかったのかもしれないけどね……




 それにしても……


 第二段階のスピードにしてはボールに勢いがあるような?


 実験の時って第二段階はもう少しゆっくりなボールだったよね?


 私がそんな疑問を浮かべていると、校長先生がどうにかボールを弾いた。


 魔法騎士なのに何故か魔法を使わないでボールを受ける校長先生。


 いや、身体強化だけは掛けている状態だね。


 もしかしてボールが早すぎて呪文を唱える時間が無かったのかな?


 いや、試験用の魔道具だから、生徒として受けている?


 そんな事を考えていると、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。


 アダルヘルムだ!


「校長先生、素晴らしいですね。流石元魔法騎士、現役時代の実力は今も変わらぬままのようですね」

「い、いやー、そんな事は……あはは、ちょっと有りますかねー。えへへ」


 まさか第二段階の段階でアダルヘルムが校長先生を褒めるだなんて! 


 それも最終段階でもないのに拍手付き?


 その上、キラキラ笑顔だよ?!


 私がアダルヘルムのそんな様子にゾクリと体を震わせていると、ちょっと得意気な様子でお腹(胸かな?)を突き出している校長先生にアダルヘルムがまた声を掛けた。


「校長先生、では、今度こそ本番と参りましょうか……」

「えっ? ほ、本番?」


 アダルヘルムはチクチクする様なキラキラ笑顔を振りまきながら、そんな言葉を校長先生に告げる。


 もう全て力を出し切った感がある校長先生は、まさかまさかのこれからが本当の本番だと言われ顔色が悪い。


 ただ周りにいるエリー先生や魔法学科のバンナヴィン先生とライリー先生、それにディックは、益々興奮し、興味津々な様子で魔道具を見つめている。


 早く自分達もボール飛び出し魔道具を体験して見たい! と四人からはそんな感情がダダ漏れだ。


 そしてモルドン先生は、アダルヘルムの素敵笑顔にやられたのか赤い顔のままボーっとして大人しい。


 そして教頭先生は……もしかして次は自分の番ではないかと、青い顔になっていた。


 そんな皆の様子に絶対に気が付いているはずのアダルヘルムは、わざとなのか、楽しんでいるのか……街の女性が見たら気を失いそうな程の魅力的な笑みを浮かべたまま震える校長先生に近づくと、今頃になってボール飛び出し魔道具の説明を始めた。


「今校長先生にお披露目しているこのボール飛び出し魔道具は、実は騎士の訓練用の物で10段階までございます。どうでしょう? 元魔法騎士の校長先生……次は最後の10段階に挑戦してみませんか?」

「いや……あ、あの……」

「ああ、やはり校長先生の実力ですと、この騎士用の魔道具でも物足りないですか? フフフ……流石この国を代表する元魔法騎士でいらっしゃる! 素晴らしいですね。大丈夫ですよ、ご安心ください。勿論校長先生に満足していただけるよう、炎の球や、氷の球、それに雷を纏った球が飛び出す魔道具もこちらに準備してございます。それに……もしもっと早いボールが良いのであれば、我がディープウッズ家の護衛用に作った特別なボール飛び出し魔道具もございます。どうでしょう? どちらが宜しいですか?」

「ヒッ……いや、あの……」

「校長先生は……我が姫の優しさに付け込み、なんの約束もせずにディープウッズ家にやってくる強者ですからね……この魔道具の体験をまさかこんな中途半端な状態で、途中で止めたいなどとは校長先生は仰られたりしないですよね?」

「ああああ……アダルヘルム様……」

「その上一生徒になりたいと希望していた我が姫が、どうにか妥協し、学園の教授として身を置く事に決め、学園側に心を砕いた……なのにその学園生活が始まる前から学園の教師を姫の弟子としろなどと……有名なユルデンブルク魔法学校の学校長が許可するはずは無いですよね……?」

「ウッヒィィィ……」


 アダルヘルムは美しい笑顔のまま、校長先生の肩に手を置いた。


 ポンッと軽く置いた様に見えているが、校長先生はその力に少しよろめく。


 そんな様子を空気が読めないモルドンだけは「はわぁあん」声にならない声を出し、羨ましそうに見ているが、他の人達はいい加減気がついていた。


 そう、アダルヘルムがディープウッズ家の家令として、ユルデンブルク魔法学校のやり方に、代表の校長先生に怒っている事に!


 入学試験中、学園の食堂の事を相談して来た校長先生。


 その時アダルヘルムは「次は無いですよ」と警告していた。


 普通に学園生活を送りたく、何度も特別扱いしないで欲しいとお願いしながらも、結局私は生徒としては学園生活を送れなくなってしまった。


 セオとルイが通った、ユルデンブルク騎士学校の校長先生は、ディープウッズ家の子が入学するからと、ジェルモリッツオの英雄であるカエサル・フェルッチョことカールに、前以って教師の打診をし、受け入れて貰え準備をしていた。


 だが、ユルデンブルク魔法学校には何も無かった。


 普通に考えて、ディープウッズ家の子が入学してくるならば、何かしらのアプローチが有っても良いはず。


 教師陣が心配ならば、前触れ的な手紙を送ったアダルヘルムに相談だって出来たはずだ。


 ユルデンブルク魔法学校で一年間しっかりと学ぶはずだった私は、学園側の準備の無さで教える側に変わってしまった。


 その上、今日の連絡無しの訪問。


 そして弟子になりたいと申し出ている魔法学科の先生二人を止める様子のない校長の姿。


 アダルヘルムは怒っているのだ。


 ディープウッズ家の名と、私の為に。


 家令として、お父様やお母様から私を頼まれているアダルヘルム。


 その恐ろしさの中にある優しさが、よく分かった気がした。



「あああ、アダルヘルム様! 申し訳ございません!!」


 言葉を失い青くなるだけの校長先生の代わりに最初に謝ったのはやはり教頭先生……ではなくエリー先生だった。


 エリー先生は美し過ぎて恐ろしいアダルヘルムの前に勇気をもって飛び出し頭を下げる。


「アダルヘルム様、申し訳ございません! 我々ユルデンブルク魔法学校の教師陣全員が、まだ幼いララ様に甘えすぎておりました! どうかお許しください!」


 エリー先生は土下座と取れる姿をして、アダルヘルムに頭を下げる。


 普通は情けなく映る土下座なのかもしれないが、エリー先生がやると土下座姿も様になっていてカッコイイ! 武士のようだ。


 そして問題児である校長先生も、その場に崩れる様に膝をつき、アダルヘルムに頭を下げる。


 教頭先生や大騒ぎしていた魔法学科の先生二人もだ。


 ただし、モルドン先生だけはアダルヘルムにしかられて喜んでいる表情だったけどね。



「ふむ……どうやら分かって頂けたようですね……皆様頭を上げて下さい……」


 土下座姿のままエリー先生は顔だけを上げ、アダルヘルムを見る。


 もう怖い程のキラキラ笑顔ではない、普段の優しいアダルヘルムらしい笑顔だ。


 一生徒に甘え過ぎるな。


 指導者でもあるアダルヘルムは、それを先生たちに教えたかったのかもしれない。


「ララ様」

「はい」

「ララ様もご自分の行いの不味さがこれで分かりましたね?」

「はい……私もいけませんでした……アダルヘルム、ごめんなさい……」

「ええ、今回は何の悪意もない相手だったから良かったですが、中にはララ様の優しさに付け込み悪用しようとする者もおります。今後はその事に十分に注意して下さい」

「はい……気を付けます」


 ウイルバート・チュトラリーとの戦いがあった。


 王都には必ず敵がいる。


 それが誰か分からない以上、気軽に屋敷に招き入れる事はいけないことだろう。


 スター商会の会頭と言う立場、そしてディープウッズ家の姫としての立場。


 学園に入学すれば今以上に、この国の貴族と接する機会が増えるだろう。


 アダルヘルムは私にそれを教えてくれた。


 校長先生には悪いけれど、今回はとても勉強になった気がした。


 気を許しすぎるな。


 ウイルバート・チュトラリーに狙われている……そんな危険な状態は今も変わってはいないのだから。




☆☆☆




こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

お休み頂きありがとうございました。ひじの痛みはまあまあ……といったところでしょうか。こればかりは誤魔化しながら使っていくしか無いですよね。白猫は右手が利き手、使わない日は有りません。そう、上手く使うしかないのです。(;'∀')


ララちゃん、そろそろ入学させたいです。今年で最終話迄持っていけるか……うーん……難しそうですよね。(;'∀')

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