第538話 どうなってるの?!
「あのー……、受験番号5056番のララ・ディープウッズと申しますが……」
「ヒェッ?! ラ、ラ、ラ、ラ、ララ・ディープウッズ様?! えっ? えええっ?! 今日の今日でもうお越しに?」
「えっ? えーと……あの、それはどういう……?」
「す、すーぐに校長と教頭を呼んで参りますわっ! ディープウッズ様、少々、しょーしょうお待ちくださいませ!」
「えっ? あの、ちょっ……と……」
事務員のお姉さんは意味深な言葉を私に残すと、凄い速さで事務室の出口へと飛んで行った。
その間にも「誰かディープウッズ様のご案内をーーー!」と、事務室全体に私が来たことを大々的に伝えながら駆けて行った。
もしかしたら事務員のお姉さんは何かの魔法を使ったのかもしれないが、命を懸けた真剣勝負の時のような足捌きの速さには、思わず感心してしまった。
もしかしたら普段から鍛えているのかもしれないけど、中々の足の速さだ。
その辺の騎士にも負けないかもしれない。
それにしても……
事務員さんの言った 「もうお越しに?」 というのはどういう事だろうか?
それに 「今日の今日で?」 とも言っていた。
まるで事務員のお姉さんは、私が事務室に顔を出す事を前もって知っていたかのような口ぶりだった。
それも校長先生と教頭先生を呼びに行くことも、当然といった様子だ。
まさか……
試験に落ちた私が怒りを覚え、この学校に攻め込んでくるとでも思われていたのだろうか?
それとも私が、問答無用でユルデンブルク魔法学校を崩壊させる、とでも思っていたのだろうか?
事務員のお姉さんの表情には、そんな心配が湧いてしまうほど、鬼気迫るものがあった気がした。
私は可愛い女の子だよー。
恐ろしくなんてないんだよー……
と、そんな言い訳をしたかったけれど、逃げるように事務室を出ていったお姉さんには、残念ながらそんな話をする暇はなかった。
「ディ、ディープウッズのお嬢……いえ、姫様……あの、私が応接室へとご案内させて頂きますです……はい……あの、こちらへどうぞ……」
かなり怯えながらだが、勇気をもって私達に声をかけてくれたのは、事務室の中央の席に座っていた、少し神経質そうなやせ型の男性だった。
この事務員のおじ様は、眼鏡を掛け、腕にはアームカバーにバンドも付けている。
それに指には指サックもバッチリ装着している。
魔道具や魔法がある世界ではとても珍しい装いだ。
もしかしてこの方は魔法が苦手なのかしら? それとも今つけているものすべてが魔道具だったりして?
と、事務員のおじ様を興味津々で見つめていると、何故か「ひっ……」と小さく悲鳴を上げられ、怯えられてしまった。
それを見てセオとクルトの口元が微妙に緩む。
二人共面白がっているでしょう? 酷いよね。
救いだったのはディックがその事務員のおじ様の挙動不審な様子を、不思議そうに見ていた事だろうか。
はてさてこの事務員のおじ様はディープウッズ家の名に怯えているのか……
それとも学校を壊したことになっている私に怯えているのか……
とにかく受験の合否がハッキリと分かるまでは、学校側の人とは目を合わせない方がいい事を、この場にいる事務室の皆様の様子を見て悟った私だった。
「こ、こ、こ-っこっこっこ、こちらへどうぞ……」
事務員のおじ様の鶏の挨拶のような言葉に頷きながら、通された応接室へと入っていく。
どう見ても校長室に負けず劣らずの立派な応接室だ。
多少趣味の悪い装飾品があるけれど、値段は高そうなものばかりだ。
リアムの実家である、ウエルス家の王都の屋敷の、あのけばけばしい装飾品と肩を並べるような凄さだ。
もしかしてこれが最近のユルデンブルクの流行りなのだろうか?
だとしたら、スター商会の商品とは全く趣向が違うと思ってしまった。
「あの、すみません……あちらの壺は校長先生のご趣味なのですか?」
数ある装飾品の中でも、一番下品で金ぴかな壺がとても気になり、事務員のおじ様に目を合わせないで聞いてみた。
事務員のおじ様はどうやら私達にお茶を入れてくれていたのだろう。
私が声を掛けると「ひっ……」と小さく呟き、手に持っているポットを器用に使い、カタカタカタカタとリズムよく音を立てだした。
クルトが見かねて事務員のおじ様のお手伝いする。
だけど、クルトもディープウッズ家の者。
事務員のおじ様の緊張は、クルトに傍に寄られたことでマックスになってしまった様だ。
いや、もしかしたら 「毒でも盛られるのでは?」 と、私達が事務員のおじ様を警戒しているとでも思ったのかもしれない。
だって事務員のおじ様……
真っ青通り越してどす黒い顔色になっちゃったものね……
これにはクルトも苦笑いだ。
そこまで怯えなくても良いのにねー……
「そ、そりゃは……ゴホンッ、そ、それは第36代校長のき、寄付……じゃない……贈呈品でごじゃいます」
「そうなのですかー。あ、本当ですね、下の方に第36代学校長贈呈って小さな案内版がありますねー」
この部屋には歴代の校長が学園に贈呈した品が飾られているのだろう。
他にも第何代校長と書かれた品がこの応接室には沢山飾られていた。
そう言えば校長室にも同じように装飾品が飾られていた気がする。
校長が辞める時は何か品物を贈るのが通例なのだろうか。
ただ趣味は人それぞれなので、部屋に合っているかどうかはあまり関係ない様だ。
先日ユルデンブルク魔法学校の食堂の打ち合わせに、スター商会からリアムとランスがこの学園にきている。
もしこの部屋に通されていたとしたら……
きっと商人として、趣味がバラバラなこの部屋の装飾が気になった事だろう。
闇ギルド長のジュンシーが来たらもっと面白そうだ。
そんな事を考えながら、震える事務員のおじ様に視線を向けないようにしていると、狸顔の校長先生と、狐顔の教頭先生が慌てた様子で応接室へと飛び込んできた。
それを見て事務員のおじ様は少しホッとした表情を浮かべると、これまた逃げるように応接室から出て行った。
この学園の事務員さん達は逃げ足が早いらしい。
もしかして事務課では足を鍛えているのだろうか?
それとも、そんなに私と一緒にいるのが嫌だったのだろうか? と地味にショックを受けていると、校長先生と教頭先生が何故か期待のこもったような瞳で私を見つめて来た。
えっ? もしかして爆発とか期待されちゃってる?
この応接室の装飾品、やっぱり校長先生たちも嫌いだった?
もしかして受験を失敗させたことで怒らせて、この部屋を私に壊して欲しかった?
と、そんな事を考えていると、校長先生がご機嫌な様子で口を開いた。
「いやー、まさか、まさか、こーんなに早くララ様に来ていただけるとは、我々も思っておりませんでしたー」
「えっ?」
「最近の飛脚郵便は優秀なのですねー。てっきり手紙の到着はお昼前ぐらいになるかと思っておりましたのに……」
「はあ?」
「それに、もしかしたら今回の事はアダルヘルム様に反対されるのではないかと……ちょっとだけそんな風に我々は思っていたのですよ……えへへ」
「……アダルヘルムに……?」
「でもまさかララ様がこんなに早く来てくださるだなんて! これはこちらのお願いをお受けして頂けるのだと思っても宜しいのでしょうか?」
手もみをしながらニコニコとしている校長先生の言葉の意味が分からず、クルトに視線を送ってみる。
勿論学校からの郵便物など見ていないクルトは「俺は何も分かりません」と私に目で合図をする。
そしてセオも「知らない」と首を振り、何のことか分からないと目で伝えて来た。
最後にお茶菓子に手を付けているディックに視線を向ける。
何となーく私達とここまで一緒に来てしまったディックが、学園側の事情を知る訳もない。
困った私は、校長先生と教頭先生に向けて、とりあえず良い笑顔を向けたのだった。
☆☆☆
おはようございます。白猫なおです。(=^・^=)
腰が痛い……腰の右側が……取りあえずシップを張った白猫です。明日のには治っていると良いなー(;'∀')
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