第496話 選択科目試験⑨
裁縫学の学科試験が始まった。
筆記試験はそれ程難しくはないものだった。なみ縫い、グシ縫いなど、縫い方の名前や、夏に向いている生地名や、冬場の雪山に向いている生地は? など、裁縫好きならばそれ程困らない問題ばかりだった。
私は自分で魔獣を倒し、それを生地にしたりもするので、市販の生地の名だけではなく、魔獣で作った生地の使い道なども一緒に記入しておいた。
スター商会の会頭として、そして王都でも人気店となったスター・ブティック・ペコラの代表として、絶対に恥をかくわけにはいかない。テストで良いところを見せて、やっぱりスター商会って他とは違うわよねーっと、先生方に認めて貰わなければならないだろう。
多くの貴族の子供が通うユルデンブルク魔法学校。そこは未来のスター商会の顧客が集まる場所である。つまり宣伝は大事だという事だ。これから先まだまだ店を大きくする予定でいる私としては試験で失敗などできる訳が無かったのだ。
(フッフッフ……これで高得点は間違いなしだね。きっとノアも頑張っているよねー。ダブルアターーーック!)
テストの見直しをしながら、ノアの事を考える。思わず顔がにやけそうになるが、そこはグッと我慢する。テスト中に笑いだすわけにはいかない。だってこれ以上目立つわけにはいかないのもね。そう目立つなら良いことで! ここに来てやっと自分なりに学校での過ごし方を学んだ気がした。まあ、今更かもしれないけどね……
「はーい、じゃあ学科の試験は終わりでーす」
チャイムが鳴ると、少し間の抜けた様な先生の 「止め」 の合図が入り、試験用紙が後ろから集められて行く。筆記試験を終えて満足した私は、その勢いのままにやる気満々だ。このまま実技も精一杯の力を出し切ってやる! そう気合が入った。
そして休憩時間になり、受験生は皆少しホッとしながらトイレへ行ったり、少し外の空気を吸いに出たりと、動き出した。
そう、つまりこの休み時間はお友達を作るチャンス! 私は試験が始まる前に私に声を掛けてくれた女の子に話しかけ様として、そこで邪魔が入った。
「5056番さん、ちょっと良いかしら?」
私に声を掛けて来たのは試験官の先生だ。教室にいる受験生達の視線が私と先生に集まる。何だか試験中にカンニングでもして、それがバレて呼び出された子の様だ。ドキドキしながら先生の側まで行くと、手を引かれ教室の端へと連れて行かれ、そして先生のヒソヒソ話が始まった。
(うえー、カンニングはしてませんよーーー!)
「実は……今集めた解答用紙をチラッと見たのだけど……貴女……もしかしてスター商会の会頭様なの?」
「えっ? ええ……そ、そうですけど……?」
あれ? 先生たちって全員が、私がディープウッズ家の子で、スター商会の会頭って知っているんじゃ無かったっけ? 校長先生と教頭先生が食堂の事を先生全員に話したんじゃないの? あれ? もしや秘密のままなの?
「うっ、ううう……」
「えっ? せ、先生?!」
私が頭の中で色々と考えていると、試験官の先生は急に泣き出してしまった。教室の生徒たちからの視線が痛い。滅茶苦茶痛い。とっても痛い。だってどう見たって、私が先生を泣かしている様に見えるよね? 違うのよ、違うの! 先生が急に泣き出したのよ、私のせいじゃ無いんだからねー!
「私、スター商会の……ううう……あの生地を見てから……ぐすっ、人生が変わったのですわ!」
「へっ? あ、あの生地?」
「ええ! スター商会のドレスに使われているあの生地です! 私のドレス制作はあの生地の出現で幅が広がりました! ううう……もう、私はスター商会の会頭様には感謝しかございませんわ!」
「えっ、ええ、あ、あの先生、分かりました。分かりましたから、落ち着いて下さい」
先生は泣きながら私の手を握り、ブンブンと振っている。興奮しているのは分かる。あの生地ってきっと蚕達で作った絹の様な生地の事だよね? 喜んでくれているのはとっても嬉しいんだけど、今は試験中の休み時間、頼むから泣きやんで欲しい。これじゃあ私が先生をいじめてるみたいじゃ無いか!
「あ、あの、先生、宜しければ後でその生地をプレゼントしますので、ですから、その、お、落ち着いて下さい」
「えっ? えええっ? あ、あの生地を? わ、私に?!」
「は、はい、私が作った物なので気を使って頂かなくても大丈夫です、ですから今は落ち着いて……せ、先生?」
先生はガタンッと大きな音を立てて壁に寄りかかった。嬉しいんだと思うんだけど顔色が悪い。これは癒しを掛けるべき? そう思っていると先生が泣いたまま私に抱きついて来た。
「ああ! 貴女は私の恩人ですわ! この御恩は一生忘れませーん!」
先生はその後休み時間が終わるまでずっと泣き続けた。予鈴のチャイムが鳴り、皆が席に着く時にはもう私と目を合わせてくれる子はどこにもいなかった……
一体私と先生の関係はこの教室の受験生にどう映ったのか……もう怖くて誰にも聞けない私なのだった。
そして本鈴が鳴り、実技の試験が始まった。先生から最初に指示があった通り、皆先生の机へと材料を取りに行く。実技の時間が二時間しかないと言う事で、教室内を見る感じでは、小物を作ろうとしている子が多いようだった。それと刺繍に自信がある子達は、ハンカチを選び刺繍を刺すようだった。
私は沢山ある生地の中から、お母様に似合いそうな水色の生地を選んだ。試験で作るのは勿論大好きなお母様のドレス! 二時間あれば余裕で出来るだろう。なんてたって魔法が使える。なので誰もが納得出来るドレスを作り上げて見せましょう! 腕まくりをして気合いを入れた私だった。
(よーし! スター商会会頭の実力をお見せしますよー!)
魔法は使い放題という事で、私は遠慮なく有り余る魔力を使い生地を裁断していく。空中に生地が浮き、鋏が勝手に動く様は面白かったのか、先生も受験生達もポカンとして見ていた。
しめしめ注目の的だねーと、目立ちたくなかった最初の頃の気持ちも忘れ、スター商会の宣伝だと、私はどんどん作業を進めていく。仮縫いだって勿論魔法だ。目立つように出来るだけ高い位置で作業をする。その間にレース部分の準備などをし、いざ本縫いへと入る。
体に身体強化を掛けると、一気に生地を縫い始める。もう周りの事などは気にしていられない。この身体強化は、集中していなければ針を折ったり、ドレス生地を破いてしまう。
お母様やアダルヘルムにたっぷり習った繊細な魔法。その事だけに集中し、私は時間内にドレスを作り上げた。
「出来た!」
試験中だと言うのに思わず声が漏れてしまい慌てて口を塞ぐ。だけど心配は要らなかった様だ。試験官の先生はいつのまにか私の作業机に来ていて、ジッと私の作業に見入っていた。
受験生の子達も、自分の試験作品を作りながらも私のドレスを気にしてくれている。どうやら掴みはオッケーだったらしい。これはこのままパフォーマンスを続けるべきだなと、私はこれ迄の経験上、そう判断をした。
「先生、お好きな色はありますか? 時間が余ったので先生のドレスも作りましょうか?」
「えっ?! ええっ?! い、良いの?!」
「はい。あ、でも試験結果で先生のドレスを作ったから特別扱いされている、と思われるとちょっと……」
そう、試験の点数を上げて欲しくて先生のドレスを作ったと思われると嫌だなぁと思い、やっぱり止めますと言おうとしたら、先生にガシッと肩を掴まれた。怖っ!
「大丈夫!」
「えっ?」
「貴女の作品を見て、試験をズルしているだなんて思う受験生は、ここにはいません!」
「えっ? そ、そうですか?」
いや、そんなこと無いでしょう? と同じ教室の受験生達を見てみれば、先生の言葉にうんうんと頷いていた。
これはつまり、スター商会の会頭としてその実力が認められたと言う事だろうか? それともドレスを作ったんだから文句なしの合格だよー、と言う事だろうか?
それなら遠慮なく、このままスター商会の宣伝をさせて頂きましょう。そう、私の中で何かが吹っ切れた瞬間だった。
「ね、ねえ、5056番さん、先程私に話して下さった生地でドレスを作って頂くことは可能かしら?」
「えっ? 良いんですか?」
「ええ、もう貴女の試験作品は出来ていますでしょう、後はその技術をここにいる皆に披露して下さいませ」
えっ? 良いの? それってつまり、スター商会の宣伝をドーンとやっちゃってって事だよね?
私はニヤリと笑うと、遠慮なくスター商会らしいドレスを作らせて貰うことにした。先ずは先生の採寸をする。そして先生はオレンジ色が好きだと言うので、リアムの髪色の様な明るいオレンジ色を選びドレスを作って行く。
サクサク、ちゃっちゃか、魔法を使えば作業はあっという間だ。本当にパフォーマンスの様になってしまい、ところどころで拍手があがる。皆試験大丈夫? と思ったけれど、試験官の先生が私に夢中なのだ、もうそこは仕方がないだろう。
そして先生用の可愛らしいドレスが無事に出来上がると、教室内で拍手が上がった。
「出来ましたー!」
素敵! 私も欲しい! 可愛い!
などなど、受験生の皆から上がる声援がとても嬉しい。そして喜んだ先生が鏡の前で私が作り上げたドレスを合わせていると、ガラッと教室の扉が開いた。
「何を騒いでいるのですか! 今は試験中ですよ!」
そう声を出しながら入って来たのは別のクラスの先生ではなく、見回りの先生の様だった。
確かに今この教室では拍手があがり、試験官の先生でさえ大喜びしている状態だ。他の試験教室が静かに試験を行う中、これだけ大騒ぎをしていれば注意されるのも当然で、ドレスを合わせていた試験官の先生もバツが悪い顔をしていた。
だけど、角が生えて鬼の様な顔をしていた先生の表情が、ある物を見てガラリと変わる。そう、試験用に作った私のドレスを見て「へっ?」と言って目を見開く。そしてこの部屋の試験官の先生が、オレンジ色のドレスを鏡の前で合わせている姿を見て、もう気持ちを止められなくなったようだった。
「こ、このドレスは? どなたが?」
「フフフ……素敵でしょう? 5056番さんが作ってくれたのよー」
試験官の先生はまるで自慢するかのように、ヒラヒラとドレスを自分の前で動かし、注意しに来た先生に見せている。注意に来た先生は二つのドレスを見て呆然だ。何が何だか分からないと言ったところだろう。
それも当然だ。この教室でドレスを作ったのは私だけ、それも二着も作り上げている。その上試験だというのに、皆和気藹々と私のドレスについて語り合っていた。信じられない! 注意に来た先生はそんな心境のようだった。
「5056番さん……」
「は、はい?」
「試験の後、少しお話しができるかしら?」
「えっ? ええ、あの……大丈夫ですけど……」
「そう、では試験の後、職員室に来て頂戴……」
先生はそう言い残すと、もう一度 「静かに」 と皆に声を掛け、教室を出て行った。
もしかして、私やらかした? 騒ぎ過ぎで不合格?
と、不安でもやもやした私なのだった。
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