第484話 魔法試験

 一日のお休みをはさみ、今日はユルデンブルク魔法学校の魔法試験の日を迎えた。学科試験の後、アダルヘルムからのたっぷりと愛情のこもったお小言を頂いた私としては、一日間を開けてくれたお休みはとてもありがたかった。


 もしあの夜の精神状態で魔法試験に挑んでいたならば……下手したら学校を壊していた可能性もある。それぐらいアダルヘルムのお怒りは、私のミジンコのように小さなハートにダメージを与えた。氷の大王様降臨! まさにそんな状態だった。


 そしてそんな私を護衛のはずのセオと、世話係のはずのクルトは、同情することもなく、どちらかと言うと呆れた様子で見ていた。試験中に学校を抜け出すなんて……と口には出さないが、いや言葉に出来ない殆ど呆れているようだった。


 そしてリアムは早速やと、ユルデンブルク魔法学校の食堂改善に向けての話し合いを、スター商会の料理人たちとしてくれたようだった。ユルデンブルク魔法学校の食堂の料理人を学校が冬休みの間に預かり、キッチリと指導をしてくれる様だ。

 ただ余りにも人数が多いと、王都のスター・リュミエール・リストランテだけでは受け切れない為、人数に寄ってはスターベアー・ベーカリーに回したり、寮の食堂にも回したいと言っていた。


 そしてその時はドワーフ人形達や、ブルージェ領にいる小熊達も呼び寄せ指導係に回すようだ。だったら私もと思ったが、何となくリアムに怒られそうで言い出すのは控えた。


 前日のアダルヘルムからのお小言が意外と次の日までダメージを与えているのだと、この時初めて気が付いた。


 アダルヘルム……お小言と笑顔で人を殺める事の出来る男。


 これからはスマイルアサシンと呼ぼう……そんな気持ちになった。


 


 そして魔法試験日を迎え、私はのんびりと準備をしていた。何故のんびりかと言うと、今日は受験番号で受験時間が決まっているからだ。

 その為、受験番号が早いノアは午前中、五千番台の私は午後からとなっていた。ノアは「早い方がいいやー」とルイとマトヴィルと一緒に、かなり早めに屋敷を出発していた。ノアはサッサと試験を終わらせ、スター商会へと戻りたいらしい。


 ノアにとって裁縫室で皆と過ごす時間は、至福の時の様らしい。それに今は冬のバーゲンに向けて大忙しの時期でもある。マイラやブリアンナと一緒に裁縫チームをまとめているノアは、今や居なくてはならない存在だった。





「ノア、お帰りなさい。魔法試験どうだった?」


 ノアは朝早く学校に着き、ほぼ一番で魔法試験を終えたらしい。ニコニコ顔で屋敷に戻って来たのは午前のオヤツぐらいの時間だった。

 何か試験中に楽しい事が有ったのか、凄く機嫌が良さそうだ。試験に出かけるために早めのお昼を摂る私の席の目の前に座ると、試験中の話を始めてくれた。


「スッゴイスッキリしたー。久しぶりに名一杯魔法を使ったよー」


 ノアはそう言うと、人形なのにお腹が空いたとオルガに食事の準備を頼んでいた。ノアがスッキリ出来るほど魔法を使えたなんて……学校大丈夫だったかしら? と心配になったが、そう言えばアダルヘルムが校長先生に結界魔道具を渡していた事を思い出した。スター商会の魔道具ならばノアの魔法を受けても何の問題も無かっただろうと心の中でホッとしていた。


 そしてそれはつまり、私も思いっきり魔法を使って良いと言う事だろう。普段魔力を抑えてばかりいる私としては、思いっきり魔法を使える事は有り難くて仕方がない。それもアダルヘルムには試験は全力でと言われている。この事で益々魔法試験が楽しみになった私だった。




 そして出発の時間となり、かぼちゃの馬車に私、セオ、クルト、アダルヘルムの四人で乗り込んだ。「今日は抜け出しては駄目ですよ」と馬車の中でまたアダルヘルムから注意を受ける。

 それに元気一杯に「任せてください!」と返事をすれば、アダルヘルムは何故か額に手を置いていた。これはもしかしてしおらしく返事をした方が良かったのかな? とも思ったが、ウキウキした気持ちが収まらない状態の今の私にはそれは無理だった。


 ごめんね、アダルヘルム。

 でも試験頑張るから大丈夫だよ。

 

 そして馬車は進み、あっという間にユルデンブルク魔法学校に着いた。午後の早い時間に出たので、受験生徒はまだ疎らだった。けれど馬車降り場には見覚えのある一人の先生が待ち構えていた。そう、それは勿論モルドン先生だ。アダルヘルムが降りて来るのを見ると、アイドルの出待ちのファンみたいに興奮した様子だった。


「ア、ア、アダルヘルム様、おは、こんにちはでございます!」


 自分に興奮する人間に慣れているアダルヘルムは、普段通りの笑顔で返事をする。それが嬉しかったのか、モルドン先生は雷に撃たれたかの様に「ひー」と言いながらビリビリと震えていた。


 モルドン先生……気持ちは分かるけど、ちょっと怖いよ……


 受験生の生徒たちがまだ少なくて良かった……先生を痺れさせてるだなんて、また変な噂が立ちそうだよ……


「それでは、姫様をお預かり致します!」


 特別扱いはやめて欲しいとお願いをしているはずなのに、モルドン先生はアダルヘルムに会いたいが為か、試験中この出迎えを止めるつもりは無いようだった。きっとノアの事もお出迎えしてマトヴィルに会ったのだろう。マトヴィルが笑いながらモルドン先生の背中を叩く姿が想像が

ついた。きっとその痛みさえ先生には宝物になった事だろう。


 モルドン先生は私を受付まで案内してくれた。

 そして私に一礼をすると去って行った。去り際の先生の顔はご機嫌で、可愛い彼女でも出来たばかりで浮かれている人の様だった。だってスキップしてたからね……試験に無事合格したらアダルヘルムとマトヴィルの姿絵でもプレゼントしてあげようかなー。それぐらいモルドン先生の恋心? は応援したくなる物だった。


 そして受付では先日の女性の先生二人が、椅子に座り生徒たちの受付をしていた。

 私もモルドン先生にぐしゃぐしゃにされた受験票を鞄から取出して見せる。番号と名前が見え辛くなっているため、先生は目を細めて私の受験票を見ていた。


「ラーラ?・ディプズさん? 5056ね」


 先生はハッキリとは受験票の文字が読めなかったのだろう。少し名前が違ったが、番号が合っていれば大丈夫だろうと私はそれに頷いた。そして矢印がある方向を指示されて、列に並ぶようにと促された。

 早い時間に来たため、列にはまだそれ程人は並んではいなかった。皆出来るだけ力を温存してから来るのだろう。もしかしたら魔力をためるためにお昼寝をしているのかもしれないと、ちょっとだけそんな想像をしてしまった。


 列に並んだ私の前には三人の女の子達が緊張気味な表情で待っていた。そしてその先にある試験場は五つに分かれていて、一人一人呼ばれると、その部屋へと通され試験を受ける様だった。並んでいる子達は緊張からか皆青い顔をしていて、中には少し手が震えている子もいた。私はきょろきょろっとして周りに人が余りいないのを確認すると、女の子達にそっと癒しを掛けた。


 急に自分の体がキラキラ光ったので返って女の子達を驚かせてしまったようだった。三人ともさっきの私のようにキョロキョロっとすると、自分の体をまじまじと見て確認していた。けれど元気になったのか、頬には赤みが差し、笑顔も戻って居る様だった。

 袖すり合うも他生の縁。少しの励ましだけど彼女たちにも実力が出せるように頑張って欲しい。勿論私も手加減せず頑張るからねっ!


 そして順番は進み、私は指定された部屋の前で待つことになった。

 扉の前の椅子に座っていると、中の声が少しだけ聞こえてきた。それは呪文なのか何なのか? 可愛い女の子の声で、長ったらしい何かを唱えている声が聞こえた。


(えっ? 普通あんなに長い呪文唱える物なの? 試験ってもしかして呪文を唱えないとダメなのかしら? 私の魔法、呪文を唱えると尚更威力が増すんだけど……結界大丈夫かなー……?)


 少し不安になっていると、遂に私の試験の順番が回って来た。

 そして受験部屋に入ると、50M先辺りに、丸い的があるのが見えた。まさかあの動かない的を狙うだけじゃ無いよね? と試験の簡単さに不安になりながら、担当の先生の所へと向かう。先生に受験票を見せると「受験番号は?」と聞かれた。


 そして「5056です」と答えれば、先生は受験票の番号を確認しながら、自分の持っているボードに何かを書いていた。もし手書きで番号を書いているのだとしたら、どこかで間違いが起こりそうだ。これは新しい受験システムをスター商会で開発すれば、色んな学校に売れるのではないかと、商人魂がくすぐられた。試験が終わったらリアムに即相談だね。と思っていると、先生に声を掛けられた。


「えーと……5056君、君の属性は何かな?」

「はい、全属性です」

「はいはい、そうね、うん、全属性ね……えっ? 全属性?!」


 先生は手に持っていたボードと私を何度も見比べた後、耳をほじくったり、メガネを服の裾で拭いたりしてから、もう一度私に同じ質問をしてきた。


「えーと……もう一度聞くね、それで……その、君の属性は……」

「はい、全属性です」

「ああ、そう……うん。そうか……うん……本当にそうなんだね……うん……あー……じゃ、じゃあ、えーと……先ずは一番得意な属性の魔法を見せて貰おうかな?」

「得意? ですか? 先生、私魔法に得意も不得意も無いのですが……」


 先生は今度は耳に水が入った人のように、片足でピョンピョンと跳びながら耳を傾けていた。勿論耳から水など出てくることは無く、先生は諦めたようにため息をつくと「えー、では、火属性からやってみようか……」と引きつった笑顔を浮かべそう答えた。


 私は先生のその言葉に頷き魔法を使おうと思ったが、どう見てもこの部屋にはスター商会の結界魔道具が無かった。なのに私が魔法を使えば、下手したらこの教室が壊れてしまう可能性もある。私は手を止めると先生に声を掛けた。


「あの、先生」

「ん? 何だね? 火属性は使った事がないのかね?」

「あ、いえ、そうではなくって、この部屋に結界は――」

「ああ、大丈夫だよ。この試験会場はね結界が土の中に埋め込まれているんだよ。だから遠慮なくドーンと行きなさい」

「はい、分かりました。ドーン! とですね!」


 先生に確認をとって安心した私は、遠慮なく魔法を的へ打ち込むことにした。

 手のひらに魔力を集め、集中する。

 先生が「えっ? まさか……無詠唱?」と呟く声が聞こえたので、無言のままうんと頷いておいた。

 そして力一杯、炎を手のひらから発射させると、ロケットが空へと飛びあがる時の、ロケットエンジンの炎程の威力が飛び出た。やっぱり試験という事で知らず知らずの内に気を使っていたのか、思ったよりも魔法の威力は弱かった。けれど先生には気に入って貰えたのか「ひいいいっ!」と喜んでいるような声が聞こえてきた。


 そして炎は回転しながら的を捉え、その勢いのまま部屋の壁にぶち当たり、そしてその壁も壊して行き、外の草花を焼き尽くし、外壁へとぶち当たった。


 外壁にも結界は張ってあったのか、そこは壊すことは無かったけれど、真っ黒に焦げ目がつき、壁には大きなひびが入っていた。

 結界があるはずでは? と余りの惨状に驚き先生の方へと振り向けば、先生は腰を抜かししゃがみ込んでいた。


 えっ? まさか……これって……学校崩壊? やばいよね?


 取りあえず壁を直させて許して貰おうと、先生にニッコリと誤魔化しの笑顔を向けた私なのだった。

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